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在る 覚める 死ぬ  作者: 水都
第一章
6/24

6

「とりあえず、第二校舎に行く必要があるわ」

第二校舎は第一校舎から1階と2階と3階にある渡り廊下を渡るか、校庭から直接第二校舎に向かうしかなかった。

「一階の渡り廊下は封鎖されている。たぶん二階や三階からいけるけど、第二校舎の一階に降りるところで、見張りがいると思う。流血現場は見られたくないだろうし」

矢橋さんは黙ってうなずく。そこで僕は提案してみた。

「外から回ろう、第二校舎の裏側の窓から使われてない理科室にたぶん入り込めると思う。もし鍵がかかっていたら、第一体育館の入り口手前にある準備室に外から入れる」

「よろしい。時間がないから、五分で済ますわ」

彼女が小走りで動き出す、それを僕が後ろから追う。この学校でなにか新しい力が着実と動き出した。


僕らは理科室の窓から忍び込んだ。内履きのまま、校庭を歩いたため理科室に足跡を汚してしまった。

「掃除の人に悪いわね」

といいつつちゃっかり彼女は痕跡をけすように、足跡の汚れを足で伸ばして広げてた。

「それで、どうする」

「二階の総合室にいく」

「それは、いま使われてるかもしれないけど」

「いや、だれもいない」

第二校舎二階総合室は彼女に言うとおり誰もいなかった。この教室の用途はいまいち僕は分からなかった。この部屋の中は何も置いてなかった。床が全面カーペットになっていて、普通の教室の倍の広さがあり、カーテンがちょっとだけ普通の教室の奴より高級なものだった。

そういえば匂いもこの教室特有のものがした。車の中の匂いと似ている。

「体調はどう」

「大丈夫かな」

彼女は二階から校庭を覗きながら聞いてきた。体育の授業中のクラスが見える、今は授業中だという事を思い出す。

「そういえば、ここ内履きで入ってよかったのかな?」

「さあ」

彼女はまだ外を見ていた。僕は外をみる彼女の顔をみる。彼女は見られていることを気にしたようすもなしに、口を開いた。

「あれ内田ユレね」

どれ、と僕は隣に立って外を見る。彼女は指で示すが、僕にはよくわからなかった。。

「そんな気もする」

ユレさんも授業が終わったら何か動き出すだろうか?

「うちのクラスも人がいるわね。立ち歩いてるやつもいるから、先生はいないようね」

「よく見えるな」

僕には窓はみえてもその内側はすっかりみえなかった。矢橋は教室の端の方の窓に移動した。

「来て、ここからだと一階の渡り廊下がみえる。」

呼ばれてそっちにむかい、窓の端ぎりぎりに二人で顔を並べる。

「あれ誰だろう。まさか刑事とか?」

「全然違う。用務員、それと校長もいるわね」

「喧嘩した本人たちはどこにいるんだろう」

「保健室の窓を見て、人がたくさんいるわよ」

「あ、ほんとだ。これは将棋倒し、の方の奴らだよな」

矢橋はさっきまで時間を気にしていたとは、おもえないような、悠長さで窓の外を眺め続けた。その姿は退屈さすら感じさせた。僕は最初はなにか必要なことをしていると思っていたが、どうもそんな感じじゃなかった。

僕がチラチラ視線を送ると、彼女と目があった。

「黒場君は霊に憑かれることってよくあるの?」

「いや、最近までそういうのとは無縁に暮らしてきたから」

「それじゃあ、なんで自分が今とりつかれているか、身に覚えが全くない?」

「ないな」

「黒場君はその悪霊となにか因縁があると思うんだけど…、もしくは共振しあうような情念をもっているか、ともかく黒場君のもつ性質なにかが悪霊の気を惹いたのはまちがいない」

そんなこと言われても…、僕は黙り込んで考える。

すこし経って矢橋が唐突に口を開いた。

「さて、黒場君そろそろ体調悪くなってきたんじゃない?」

「えっ」

言われてみれば、急激にめまいがしだした。

「ぐがっ」

僕は芝居でもやってるのかと思えるようなへんな声をだして、胸を押さえながらしゃがみこんだいた。一気に体が重たくなり、そして冷えてきた。体調の悪さよりは、急激な変化にたいして不安を感じた。

しゃがんだ態勢から、苦悶の表情ですがるように矢橋を見上げる。彼女は僕の苦しみに対して無関心に、冷静に症状を見極めているようで、さながら横柄な医者のようだった。

「おい、そっち言うとおりに、一緒についてきたんだから僕の除霊をさっさとしてくれ」

「まだ。いろいろと手順がある」

そういって、まるで物を扱うかのような目で僕を観察し続けた。

「おまえ、権威的な態度で患者を萎縮させるダメ医者みたいになってるぞ」

「よちよち構ってしてほしいの?まぁだまってなさい」

本当にくらくらしてきた。こいつを信じるんじゃなかった…。なけなしの気力を振り絞って、恨みをこもった目線を彼女に送る。

「もうすこし悪霊があなたに集まってきてね、完全に憑依状態になるまで待ってるのよ。このあたりが集まりやすい場所ってことね」

「一体どんなやつが、僕に取りついてるんだ…」

「不幸な奴でしょ。そりゃ」

意識が遠ざかってきた。最後に彼女に思いを告げようと思った。

「おまえはひどいやつだ…」

「それはひどく悪霊的な見解ね」

微笑しながらそう言った。そっちのほうが悪霊的じゃないかと思った。


「あれ、僕は一体何をしてたんだ」

お決まりのセリフをいいながら僕は気が付いた。総合室で棒立ちで矢橋さんと対峙していた。身体が軽い。すこしジャンプしたり、腕をのばしたりしみる。快適だ。矢橋さんはそんな僕を一瞥してから、背を向けて、壁にかかった時計の方をみた。

授業時間が終わるまであと5分あった。

「矢橋やってくれたんだな」

「あなたに憑いてたものは落とした。帰ってもいいよ」

彼女は時計ではなく総合室の準備室への扉をじっと見つめていた。まだ悪霊との戦いはまだ終わってないようだった。

「できることがあれば手伝うが?」

彼女は振り向く。意外そうな顔をしていた。

「それに、色々と聞いておきたいこともある。なんでそいつが僕に取りついたのか、とか」

「私もそれがいまいち分からなかった。けどさっきはっきりと答えが出た」

「それはどうして?もしかして僕は霊に狙われやすい体質なの?」

「とりあえず、目の前の悪霊退治を済ませよう。あなたに一時集めた悪霊は今準備室に閉じ込めてある」

うん、と僕はうなずく。

「それじゃ、後ろからついてきて」

そういうや否や、彼女はドアノブに手をかけた。

「まった。準備室に入ったら僕は何をすれば!」

彼女はもう部屋の扉を開けていた。総合室の準備室には初めて入った。他の準備室と同じ狭い間取りの部屋に同じ棚や机や椅子があったが、それらには何一つ物が置いてなかった。或るものと言えば、やたらでかくて、武骨な掃除機が隅においてあった。

「臆病な奴だったからね、二人でいったほうが効果的だろうと思ってね」

やはり部屋に幽霊はいた。正直ショックだった。この学校の制服の女生徒の姿をしていた。身体が半分透けてるとか、足がないとか、そういう分かりやすい特徴はなかった。ただ、なにか自分たちの生活の外にあるような感じがした。現実を生きているものがもつ文脈がない、といったような。

幽霊は僕らを睨んだが、僕はあまり怖いとは思わなかった。矢橋が淡々と喋る。

「目に見えると迫力半減でしょ」

「この子話せるのか?」

「話しかけてみたら?こんなことあまりないわよ」

そういうわれて、僕は考えてみた。その幽霊はただこっちを見ていた。もう睨んでもなかった。ただ、諦めたようなそんな表情だった。

打ちのめされてきた人が最後の最後でやる、沈黙で抗う、そういうことをしているのだと僕は気づいた。

「いや、いいや。矢橋もう」

矢橋は幽霊に距離を詰めてスカートのポケットに手を入れて何かをとりだすようだった。たぶんそれで仕留めてしまうのだろう。

恐ろしくなって僕は目をそらした。そのとき僕は心も体も無防備になった。

その一瞬幽霊の狙い澄ました一撃が僕は襲った。全身に不吉な印象が走る、僕の体はガタガタになり、矢橋のほうに傾き、そのまま倒れる。

「ちょっと」

矢橋の上に重なって体が倒れた。僕の脇を通って準備室をでていく幽霊の足が見えた。矢橋はすばやく僕を押しのけて総合室に飛び込んだ。

なにかの鋭い風切り音。それから女のキャーという生々しい金切声が恐ろしげに響いた。

少したって矢橋が戻ってくる。なにかをポケットにしまっていた。僕はまだ立てない。

「終わったのか?」

「あなたねぇ」

さっきのことは当然彼女の不興を招いたようでご立腹だった。

「悪かった」

自分でよちよち立ち上がる。足がちょっとおもしろいくらいに震えていた。

そのとき授業時間の終わりをつげるチャイムが鳴った。


僕ら総合室から抜け出してから、校庭に出て第一校舎正面玄関までこっそりと移動した。休み時間中は人が多いはずなのに、矢橋のリードのもとでは誰とも合わずにすんだ。

「なぁ。さっきの悪霊の攻撃のせいか、体が変だ」

「気を乱されたのね。今度から気を引き締めてかかりなさいよ」

「今度も何も、もうこんなことはごめんだね」

「私も判断を誤った。なかなかにガッツがあるやつだった。黒場ちょっと手をだして」

言われた通りに両手を出す。彼女は左手で一度握手した後グッと力を込めて握った。

「わぁ、すごい。調子がよくなった気がする」

「まだ何もしてないわよバカ」

「……」

「ほら」

彼女は目を閉じて、なにか念仏のようなものをつぶやきながら僕の手を強く握る。不思議と僕は気分が落ち着いてきた。目を閉じて、深呼吸をする。


「とりあえず解決だな」

とくに大したことはしてないが僕は満足していた。

「いやそうでもない」

「えっ」

「学校からは出てったようだけど、完全にはあの女の霊を消せなかった。ほんのすこしだけ一部分が逃げて行った。まさか学校からでていけるタイプのやつとは思わなかった」

「霊って同じところにしか基本いないんだっけ」

「あの学校に対する遺恨があの霊の本能だとしたら、その外に逃げるなんてできない。消滅されようとも逃げれないのだけど、今回のはそうでもなかったみたい」

「霊の本能?」

「私たちの世界には情念が空気のように浮かんでいる、それらが互いに結びついて、ほかの情念に作用する存在になること、それが霊の生成という。霊の行動規定を霊の本能と私はいうけど、霊のプログラムといいかえてもいいわね」

「機械仕掛けの霊か…」

「そう、大部分の霊がそういうやつね、だけどときどき複雑怪奇に情念が組み合わさってできた怪物じみたやつもいる」

「高度な霊だな」

「そういう位階の高い霊を悪魔ともいう。とにかく行動が読みづらく厄介ね。霊というスクリーンに射影された人間的現象の傑作、とか知り合いが表現したことがある、ほんとにいろんな奴がいるみたい、私は相手したくない。ここらでは内田がそういうのを相手してた」


「まあ学校から出て行ったてことはとりあえずこれで終わりでいいんじゃないかな。協力するのもここまででいいよな?」

とりあえず、ユレさんに休み時間中できれば直接会ってこの件の報告をするのが義務だと思った。矢橋は意外そうにこっちを見た。

「へー、あんたはそれでいいの?」

なんだろう。僕は霊能力がないのに、逃げて行った霊を追いかけて仕留めるまでの志を期待されているのだろうか?

「逃げた奴はまた黒場君を狙う可能性が高いよ」

ぞっとした。その可能性をすっかり忘れてた。

「あのさ、聞くの忘れてたけどなんで僕その子に憑けられたんだ」

矢橋は僕の質問に答えず、一人でなにか納得していた。

「やっぱり、いろいろとちょうどいいわね」

「なにが?」

「黒場君私ちょうど助手がほしいと思ってたんだけど…」

矢橋すこし親しげな口調で切り出した。僕は思わずじろりと彼女を見た。感じのいい笑顔をしていた。営業用だなとおもった。

「でも、僕なんかじゃ役に立たないだろう」

「そんなことないわよ。幽霊相手するのも色々な協力が必要になるからね。黒場が協力してくれればかなり助かると思う」

さらに親しげにアタックしてきた。持ち上げられてるのはわかっていた。

「矢橋が学校のみんなのためにすることは立派だと思う」

矢橋さんはそう、と上品に返す。

「でもね、僕は今大変なことに巻き込まれてるんだよ!」

「それは、弓削君から聞いたわ。それは今は置いといてさ」

とびっくりするほど軽く流されてしまった。

「私が学校内の霊に対処するときでいいから協力してくれない?」

彼女はついにクロージングをかけてきた。

「それが学校のみんなのためにもなると思うから」

「あと、逃がした悪霊についてはもう策があるよ、それにも少し協力が必要なんだけど、どうかな?」

「まあ、できることがあれば」

そう答えながら、すっかり乗せられてる気がしなくもなかった。

「ありがとう」

彼女は笑顔でそう答えた。



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