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在る 覚める 死ぬ  作者: 水都
第一章
5/24

5

学校

ユレさんに脅かされていたのもあって、朝から学校にいくのが億劫でたまらなかった。

ユレさん曰くいつもと違うらしいが、今のところなにも変わらない。

教室をもっとよく見てみる。

意識の覚醒度が上がった気がするが、そもそもどんなことに注目すればいいのか分からないので、どうしようもなかった。

ふぅ、と息をつき、矢橋さんの席を見る。彼女はまだ来てなかった。


朝の挨拶が始まる少し前になっても、教室の席はスカスカだった。なにやら廊下でたくさんの人がしゃっべている。

なにかあったのかな?そう思い立ち上がって廊下に見にいこうとすると、ちょうど廊下からぞろぞろ席を空けてたクラスメイトが入ってきた。彼らはそのまま話を切り上げ各自の席につき、教室は静かになる。そこで、遅刻ギリギリのタイミングで矢橋さんが入ってくる、そのすぐ後ろに先生も。朝の挨拶が始まった。


最初の休憩時間。すぐに何事か起こったことを察した。教室のみながなにやら、ざわついていた。僕は話にまぜてもらいにいく。

「おい、どうした教えてくれ」

「B組でマジ喧嘩」

一人が簡潔に答えた。別のやつがもうすこし展開してくれた。

「周りがビビって、大事のように語られてるだけっぽいなこの喧嘩は」

「鬼の形相でマジで殺すんじゃないかと思ったって証言がある」

「もう済んだのか?」

「いやどうだろう。まだ本人同士の間では、ぶっ殺してやるとか思ってるじゃない」

「とりあえず、周りがとめに入っただけってことか」

「そうだな。いまのところどうなってるのやら」

「俺、見に行きたいんだが」

と僕は素直に言った。すると周りがすかさず反応した。

「B組のやつらが怒るよ。本人たちを刺激するからやめろって、まじで怒る」

「えっ、怒るようなことか?」

「まあ、おなじクラスメイトだからな自分のクラスの問題だっておもってるんだよ」

「それにまた喧嘩が再発したら、迷惑こうむるのも自分たちだっていう理由からじゃん」

「なるほど」

僕は喧嘩して迷惑かけてる当人たちには怒らないのかなって思った。なにか喧嘩するのも無理もないと思わせる理由があるのかもしれない。

「それでも見に来るなって、言われる筋合いあるか?関係ないだろ」

非常に不満そうに、うちのクラス一喧嘩っ早い奴がいった。

「あいつら、いつもそうでもないのに、今すごい団結してクラス封鎖してるよ」

「ばっかじゃねえの」

と喧嘩っ早い彼がイラただしいそうに言った。僕は理由が気になった。

「それで、喧嘩の理由は?」

「それがさぁ」

ニヤニヤとしながら、教えてくれた。

「女らしいよ」

「B組は俺たちよりアダルトなようだね」

「いえてる」

とりあえず、霊と関係はなさそうだなと思って僕は席に戻った。彼らはまだ喧嘩についてしゃべり続けた。

その女のことをあれやこれや、噂と憶測を発表し合った。当事者の名前、喧嘩になった背景ストーリー、喧嘩の実力、等々。

錯綜した情報の渦のなかで、アリスという名前をたしかに聞いた。

気づいたら教室に矢橋さんはいなかった。

「黒場」

話しかけてきたのは弓削だった。

「喧嘩の話はきいたよな」

「ああ、心霊的なものとのかかわりは一切なさそうだと思った」

「いや、人心が荒むのも、悪霊が活発な徴候だよ。今この学校は相当悪い霊の流れになってしまった」

「相当ってどれくらい」

「学校というのはそもそも平均以上に不浄な場所だが、これはよっぽどだよ」

「内田が倒れたからそうなった?」

「そうかも。でもまえも言ったけど、この辺の土地はこんなもんだよ」

それから、弓削は矢橋さんの席をみた。

「矢橋動いたか」


二回目の休憩時間。始まるや否や矢橋さんは席を立った。僕は一瞬驚いたが、彼女は急いで教室からでていった。さらに弓削もなにやらいそいでこちらに向かってきた。

「黒場、黒場」

「どうした」

「これはやばい、今この学校は邪悪な気がうずまいている。これはたぶん大事になる」

そんなことを言われて、何と答えてよいのやら、おどおどしてると、携帯が震えた。

「今ユレさんから十分気を付けて、ってメールが…」

「ああ、本当にな」


次の授業は第一体育館での冬季合宿の説明会であった。同学年の全クラスは休憩時間中にまず教室の外の廊下で整列をすませ合図がうけてから、足並みそろえて、第一体育館まで行進し、体育館内で整列し直し、着席。その後授業時間の開始に合わせて説明会が開始される、そういう段取りだった。

僕らは廊下で整列した後、合図をまっていたのだが、いつまでたっても、このとき合図がなかった。そして、当然のように私語が始まって、廊下中に話し声が響いた。

もうとっくに授業時間が始まっていた。さすがにおかしいぞ、と誰もが思い始めていた。また教員間にトラブルがあったなんて噂が、生徒の列全体にいきわたりはじめた。


唐突に列が動き出した。

ようやくかと僕は思ったが、なにかおかしかった。なぜかみんな私語をやめなかった。

もしかして、先頭が勝手すすんでるだけで、引率の教員は不在なのかもしれないな、僕はそう思った。

みんなおしゃべりに夢中になりながら、体育館まで進む、列は乱れ放題だった。

僕は用心深くあたりを見渡した。

「黒場どうしたの?」

隣の列の七瀬が話しかけてきた。

「これってさ、勝手に進んでいいのかな?たぶん合図まだだよね」

とりあえず、うんうんと返した。

「?」

「一応授業時間だしさ」

僕は小声でいった。すると彼女も感心したようにうんうん、と頷いた。

突然、列が止まった。僕はとっさに反応できたが、多くの人が軽く前の人にぶつかっていた。どうやら話に夢中だった、うちのクラスの先頭組が、前のクラスの列が一階に降りたのを見逃してしまい、結果階段を通りすぎて渡り廊下の角を曲がったところで前のクラスがいないことに気づき、急速反転したらしい。後続4クラス分が影響をこうむった。そんなことがあってこの行進の列はさらに乱れて、皆がしゃべりたい奴同士かたまって、注意も散漫になった。僕は逆に危険な予兆を感じて身の回りに注意した。

「七瀬気を付けて」

「ん、ああ」

僕は汗をかいていた。なにか起こるとほとんど確信していた。軽く悪心とめまいがした。感覚がいつもより鋭くなっていた、雑多な声があふれていた、声が重さをもって自分になげつけれてるかのようだ。階段降りる振動に頭が痛くなる。あまりにも気分が悪かった。


僕は身を守るために自然と感覚を遮断してしまった。あとは流れに身を任せた。


ふと、アリスという言葉が聞こえ、はっとまた感覚をよみがえらせた。

「黒場君」

えっ、誰の声だっけ。僕は声の方に顔を向けると、それは矢橋さんだった。

「矢橋さん」

僕はもう警戒するような気力もなかった。

「黒場君、あなた相当気分悪そうだけど、ちょっと列から抜けて、トイレにでも入って落ち着いたら?」

「大丈夫だよ」

僕はとっさに強がった。すると七瀬の声も聞こえた。

「黒場言われた通りにしたほうがいいよ、どうみてもグロッキーになってるよ」

「矢橋さんはどうするの?」

矢橋さんは何も答えない。代わりにに七瀬が返した。

「は?黒場何言ってんの?」

ごまかすように僕はぼやいた。

「はぁ、どうしようかな」

「顔でも洗ってきなよ、人ごみに酔ったんでしょ。もしここで吐いたら恨むから」

「先生には私と七瀬さんがちゃんと説明しておくから大丈夫よ。ほら黒場君」

一階渡り廊下の角の手前のトイレの近くにきた。僕は不本意な気がしたが提案に従うことにした。

「わかった。ありがとう」

そういって、僕は列から離れた。

トイレで冷たい水で顔を洗った。鏡にはたしかに今にも吐き出しそうという、疑念をかけられてもしかたない、形相の自分がいた。

4クラス分の行列は自分のいるトイレをまだまだ通り過ぎることはなかった。どこかに腰を下ろしたかったが、自分は学校のトイレの個室に入るのに抵抗があったので、せめて壁に背をつけて目をつむった。

狂乱じみた行進が自分の横を流れて往く。大勢のおしゃべりが轟々と響く、それを基調音の上に時折怒声や奇声もアクセントに加わって、まるでゲームセンターにいるかのようだった。


奇声が響く、一瞬声がパタッと消えた。その後にドタドタドタドタと激しく衝撃音が乱打する。いきなりの変調に僕はとまどい、入り口のつづら折りに設置された壁の、正面からじゃ見つからない位置の、ななめ直線から外の様子を覗く。

逆走している?

僕は雑多な音から有用な情報を聞き取ることに努力する。

「血」だの、「殺される」だの物騒なワードが聞こえた。

ああ、ついに起きてしまったんだ。弓削が言っていた大事ってのが…、本当に呪われてるんだこの学校は…


誰かが入ってきた。驚いて顔を上げるとそれは、矢橋さんだった。僕はいろいろとへばってしまって声が出なかった。代わりにここ男子トイレなんだけれど、という表情を送った。

「ここ男子トイレなんだけどって顔してるわね。今は緊急時だからいいでしょうよ。調子はまだ悪そうね」

当然隣接して女子トイレがあるが、何をしゃべるのもしんどかったので、それはスルーした。

「矢橋さん一体なにが」

「聞こえた話では、一階の渡り廊下で取っ組み合いの喧嘩が始まって、結果どっちかが死んだとか」

「嘘だろ!」

僕は不調も忘れ全力で反応していた。

「また別の話では、喧嘩の結果流血沙汰となり、とりあえず渡り廊下が通行止めになったとか」

「そっちだろ。いくらなんでも死ぬだなんて、ありえない」

そう言いつつ、それはなんの根拠もない臆断だとおもった。

「まあ、死んじゃいないな」

矢橋さんはあっさりとそう言い切った。

「霊感でわかるのか?」

彼女はチラッと目線をこちらへむける、無表情なのが少し怖かった。

「まぁそうだよ。それと黒場君あなたは私の事だれから聞いたの」

「内田ユレさん」

「私についてフェアな見解を聞いてればいいんだけどね」

「それは、そこそこかな」


はたっとしずかになった。どうやら逆走して列がようやくトイレの前を通り抜けたようだ。

「とりあえず出ようか、まだ授業中だし教室にもどらないと。いや体育館かな。どっちだと思う」

その時また騒々しい音がした。こんどは上でドタドタなにか落ちた音だった。

「今度はなんだ」

矢橋さんはすばやくトイレを出て行った。僕もならって外の様子を見に行った。

各階のトイレのすぐよこに階段があるので、すぐに階段に向かうと、今度は降りてくる生徒がじゃらじゃらやってきた。

「何があった」

「階段で一人倒れて、それから連続でぶわーってみんな大変なことになったんだよ」

近くにいたクラスがちがう知り合いが、すっかり気を動転させながら答えてくれた。

「将棋倒しか…」

「こっちのほうが大事故ね。誰も死んでなきゃいいけど」

となりにいた矢橋さんがぽつりと言った。

階上から元気な声が聞こえてきた。

「いてー」「イタい」「死ぬかと思った」「おまえらマジ馬鹿じゃねえの」

「大丈夫そうだな」

僕はおもわずほっとした。矢橋さんは冷静な意見を述べた

「いや、あとから効いてくる場合もあるからね、検査にいったほうがいい」

おそらく救急車は既によばれてるだろう。人がすこしづつ散っていく、教員たちがようやく騒ぎ出した。

それにしてもこんな災厄を前にして、僕は一体なにをするべきなのだろうか?いやするべきだったのか?

ともかく僕は助かった、そういう気持ちが湧いて、それに満たされていく。

それを押しのけて、やはり問うべきなんじゃないのか?

シンパシーやチャリティとはまったく別のところから、ただ自分は何をすべきか、を。


隣に立った矢橋さんが毅然と僕に語りだした。

「まだ、悪霊が大きな渦を保っている。いまなら一気に叩いて、根こそぎにできる可能性がある。今をのがすと、邪気が学校全体に霧散して面倒なことになる。私は今すぐに、大きな渦をなしてる邪気の中心を叩くつもり」

「この授業時間中に?」

「どうせもうめちゃくちゃになってんだから、ちょうどいい。なにより、今やらないと間に合わない。でね黒場君が私についてきてくれると、都合がいいんだけど」

「なぜ」

「その悪霊の一部が黒場君に取りついてるからね」

僕は黙って後ろを振り返ってみた。なにもみえない。矢橋さんに向き直って問う。

「払ってくれる?」

「やってあげる」


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