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ユレの教室
放課後。ユレの席にクラスメイトの一人が近づいてきた。
「内田さん。上級生の弓削さんからの伝言。内田さんの兄さんのことで相談事があるから、校門で待っています、だって。」
「ありがとう。たぶん荷物とか伝達のプリントととかのことだ」
ユレはそうは思わなかったけど、いつもしているように用心深くそう言い足した。それを聞いたまた別のクラスメイトが耳ざとく反応した。
「ちょっと待って」
「ん」
「それなら、わざわざ校門でまたなくてもいいじゃん」
「それはそうか」
「もしかして、ユレと昨日いた上級生って弓削さんじゃないの」
「ちがうよ」
まーた始まった、とユレは面倒そうに答えた。
「弓削さんなら知ってる人多いから、それはないと思う」
別の利発そうなクラスメイトが、冷静な意見を述べた。
「あと、それと弓削さんと別になんとかって人も一緒に待ってるってさ、ごめん名前はなんかうまく聞こえなかった。誰って言ってたっけ」
弓削から伝言を頼まれた女生徒は一緒にいた友達に聞いた。
「なんか女の人の名前じゃなかった」
「もしかしてアリス?」
「…そんな気がする。たぶんそう」
神妙な顔で彼女は答えた。すると別の女生徒が言い出した。
「クロダとか言ってなかった」
「黒場じゃない」
「あれ、そっちな気がしてきた」
「…どっちよ」
「その伝言って、弓削さんから直接たのまれたの?」
「弓削さんから直接たのまれたんだよ。一緒にいるって言った人の名前はごめん忘れちゃった」
ユレはまた考え始めて、席を立つ様子はなかった。それをみたクラスメイトは、色々と想像をめぐらせたあげく、今回は見逃そうと判断した。
「じゃあ、私たちもう帰るよ」
ユレはアリスという名前に不吉さを感じた。たしか昔この学校関係の悲惨な事故の犠牲者の名前で覚えがあった。そして、今日学校の霊場はいつもとはちがった動きをかんじた。
といってもユレの兄が倒れた日から、この町はどんどん流れが、それもある秩序を保っていた全体としての流れが歪んできていた。この学校にもその影響がじょじょに現れているのをユレは憂慮していた。
まず、自分の足場から固めるべきだろうか?しかしほかの二人だって毎日通っている学校に対してなにか処置を施す可能性がある。そうなるとあの二人との衝突を覚悟しないといけないだろう。
それからユレは黒場のことを考えた。弓削についてなにも言わなかったことをすこし後悔した。弓削と矢橋は黒場に対して、ただのクラスメイト以上に思っておらず、今回の悪霊事件との関わりも知らないはずだと考えたが、おそらくユレが町で黒場と出歩いていた、という情報から黒場と事件との関係を推測して、黒場にたいしてなにかアクションをとった公算が高いとユレは考えた。
弓削と会う前に黒場さんになにか予め言っておこうかな?
そう思っていたら、当の黒場から連絡が来た。
弓削の伝言聞きましたか?会って話すつもりなら僕もいきます。僕は弓削にいろいろ事情を話しました。
ユレは文面を読むと、席から立ち上がった。
校門
「今から行きますだって」
「ああ、というかもうそこにいるじゃん」
たしかにユレさんは校舎の正面玄関をでたところにいた。手にしたスマホをコートのポケットにしまうところだった。あっちも僕ら二人を視線でとらえながら、無表情にテクテクと迫ってくる、僕らは黙って待ち受けた。
僕はなんだか緊張してきた。勝手にカミングアウトしてはまずかったかな。弓削をチラッと見ると、なんだか弓削も緊張しているように見えた。
お互いの顔がはっきりと見えるあたりまで近づくと、弓削はばっと飛び出した。
「やあ内田さん」
僕もつられて前に出た。
「どうも弓削さん黒場さん」
「ああ。これからちょっとだけ時間取れないかな、どうしても確認したいこととかあるんだ」
「いいですよ。それじゃ、駅近くの喫茶店に入りましょう。しってます?駅東口の通りにある、不動産屋の角を曲がった先にある店。話はそこで」
「ああ、俺はどこでもいいよ」
弓削は相手のペースに完全に合わす気でいるようだった。揉め事にはならなそうで、僕は少しほっとして、ついでに聞いた。
「そこって不動産屋曲がると塾があるよね」
「そうです、その先にRマンションと隣にRマンションⅡがあって、Ⅱの正面にある店です」
そこは、数年前出来た個人でやってるらしい喫茶店だった。外観は綺麗なのだが、あの通りはマンション住民ぐらいしか通らないし、どうも入りづらい雰囲気があった。すぐ潰れそうだなっと思ってたら、意外にも長く続いている。
まさか入る機会が訪れるとはな。コーヒー一杯いくらだろう?
「確認したいのですが、あとから誰か来ることはありませんよね?」
「ああ、俺と黒場の内田さんだけだよ」
喫茶店
ユレさんが先頭になって店に入る。僕がきょろきょろする間もなく、ユレさんはすばやく店の奥の席に座った。弓削はユレさんの向かいの席に座る、僕はその隣に座った。
「今日学校で昨日内田さんと黒場が隣町で一緒にいたという噂を聞いたとき俺はおかしいと思った。黒場を連れてお兄さんをお見舞いになんてそんなこと絶対しないと思ったし、内田があんなことになって次の日にデートだなんておかしいし、これは黒場がなにか巻き込まれてるなっておもったね」
「なるほど。それで黒場さんに聞いてみたわけですよね。それなら黒場さんの事情はしってるんですね」
「しってる。その悪霊のやばさもわかった」
「それなら、そういうことです。ほかになにかありますか?」
「いや、直接確認したかっただけ」
そこで、二人の話は終わってしまった。弓削はカップに口をつけ外の様子をうかがっていたし、ユレさんは下向いたままなにも言い出す様子がなかった。僕はがっかりした、なんかもっと話あってほしかった。もっと事件についてお互い理解を深め合って、進展がみられると思っていた。
「もっと意見を交換しましょうよ」
二人がぼけっとこっちを見た。
「矢橋さんについてはどうです、どんな奴なんですか?」
「黒場、この場にいないものの話はできない」
「じゃあ、つれて来ればよかったのに」
「まぁ、そんな機会もあるかもなぁ」
と、いって弓削はちらっとユレさんのほうをうかがった。
「私は今のところ会う気はないです。必要がありませんし」
「なんで協力できないんですか」
「それは、一つは霊能力者同士の霊的な干渉が霊を大きく乱し治霊を困難にすること、もうひとつは同じことをしている者同士にありがちな利害の対立からです」
「そうそう、例えば俺が好ましい霊の流れをがんばってつくって維持していても、霊力が強いやつがその流れの中でただ歩くだけでもうどんな流れに変化するか予想がつかなくなる」
「自然にまかせれば、いいんじゃない?」
「ここはもう自然にまかせておくと、だめになる一方だから俺たちみたいのがいるんだ」
「なんでここはそんなことになってるの。呪われた土地なの?」
「そうだよ」「そうです」
僕は思わず肩を落とした。もしかすると僕には郷土愛的な精神がそこそこあるのかもしれない。
「まぁこの地の霊能力者の最低限の協調を取り仕切るのは、立場上弓削さんの家の役目ですけどね」
これには少し驚いた。というより、立場というなら霊能コミュニティ的なものがあるのか…、なにか軽く衝撃を受けた。
「弓削の家は、なんというか偉い立場の家なのか?」
「ああ、まあね」
「弓削はすごいな」
「いやいや」
「さすがだな」
「たいしたことないって」
3人で喫茶店をでて弓削はさっさと帰った。その後僕とユレさんは二人でE公園に向かって歩いていた。
「あの喫茶店よくいくんですか?」
「よくってほどでは、ときどきいきますね。自家製パンケーキとかあるんですよ」
「ああ。メニューにありましたね」
ユレさんは道に線を引くようにさっと勢いよく歩く。僕はやや駆けて並んで歩く。
「洒落てますよねあの店の内装」
とユレさんが言った。そこで店にあった絵の事を思い出す。
「あの暗い色の絵とか」
「ああ、あれですか。気になりましたか?」
「あれ有名な絵画の複製品ですよね」
「誰の絵だと思います」
実は思い当たる名前があったので、僕はようようと声を弾ませて答えた。
「ホイッスラーじゃありませんか?」
「そうなんですか?」
ユレさんは微かに笑っていた。意地悪な態度に僕は年下相手に拗ねた。
「なんだよ」
「まあまあ」
E公園
ユレさんと一緒とはいえ入り口付近で僕は青ざめていた。そんな僕を見てユレさんは言う。
「大丈夫です。どうせいません」
「いたらどうする?」
「それは結構なことじゃないですか」
二人で公園内を一通り周り、中央にある大きな木のしたに自然と立ちどまった。
「入り口から右側の端の草むらって奥の方どうなってるか知ってますか?」
「結構斜面になっているみたいですね。その草むらの端は坂の上のほうの道路のほうまでたぶん伸びてますね。ほら小学校の通学路で蕎麦屋がある通りです。あの辺に筍とるなって看板あるのしりませんか?」
「あっ、なるほど筍の看板がある柵までずっとこの草むらが続いてるんですね、斜面になって」
「それじゃあこの公園ぐらいの面積が草むらで埋まってることになりますね」
「そんなに広いかな」
草むらは非常に高くまで生い茂り、しかも斜面に生えてるせいで暗い緑の壁のようだった。
「子供は隠れたものが好きだが、封じられたものには近づかない」
ユレさんがぽつりと言った。
「嘘には遠慮がないが、脅迫には従う」
「黒場さん、矢橋さんには注意してください」
「え」
「あの人は弓削さんとはちがいます」
「どうちがうの」
「もっと合理的な感じです」
「それはいいんじゃないか」
「人がそうでないことを期待する場面でも合理的だということです」
「利己的ってことか?」
「きっと明日にでも学校で黒場さんに接触してきますよ。だからそのつもりで」
「あのさ、僕はユレさんを信じているっていったよね」
こくん、彼女はとうなずく。
「それじゃユレさんが矢橋について考えてること教えてよ。僕は君たち3人の対立に中立というよりは、ユレさんについてるつもりだ」
「それじゃあ私も黒場さんを信じて言いますね」
ふぅ、と息をついてから、僕の方に向き直ってユレさんは険しい顔で話し始めた。
「矢橋さんは私と兄さんに敵意をもってるようです。またあの人は私たちに挑発行為を何度もやってます」
「じゃあ敵だな」
「ええ」
「さらに言えば、あの人にとって霊能力というものを商取引を成立させるための手段のように考えてようです」
「なるほど、完全にビジネスライクな霊能力者か」
「黒場さんはそれのなにが問題かと思うんじゃありません?」
「問題か…、悪霊って土地の環境から生まれるから、おおもとを正さないといけないのに、そういう大局的な観点がビジネスでやるとなくなってしまうとか?」
「その通り!」
ユレさんは分かってもらえて嬉しそうだった。
「あの人はこの土地を平均的な霊場の穏やかさにすることをまったく考えてないみたいです。局地的な霊障を解決するために、全体の霊の流れを乱すのをいとわないので、この地がそこそこ清浄になるのが進まないんです」
「なるほど、よくわかった。不健康な奴に痛み止めを与え続けるだけで、健康な体には決してしてくれない医者みたいな感じだな」
「そうです。そうです。黒場さんさすが年上だけあって、理解がはやいなー」
ユレさんは満足そうだった。なんとか年上であることの敬意を保てたようだ。
「まあ、その痛み止めは抜群に効くんですけどね。実際、矢橋ってひとの除霊の跡をみると手際はすごく的確で早くててそれで、悪霊を根こそぎにしてしまうんです。合理的です。みかたを変えると暴力的ともいえます。」
それを聞いて正直その暴力的な手腕が僕を狙う悪霊に向かってくれないかな、とひそかに期待した。
「まあ矢橋さんについてはわかったよ。話しかけてきたら適当にあしらうかな。なんか明日の学校が楽しみだな」
「はあ」
ユレさんは心底理解できないといった感じだった。
「いや、あまり話したことなかったし、それでかな」
「黒場さんが矢橋さんよりしたたかであればいいですけどね」
ああ、それと、と彼女はまた真剣な顔を向けて話しだした。
「学校の様子が変です。なにか霊的なトラブルが起こるかもしれません」
「えっ、その場合はユレさんがどうにかしてくれますよね」
「もちろん。でも他の二人がどうでるのか…、いままでこんなことありませんでしたから、面倒なことになりそうです」
「そうか…」
おもわずうつむいた僕にユレさんがとぼけて言った。
「学校がますます楽しみになりましたか?」




