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学校
自分の席にすわり欠席になってる内田の席を見ながらぼーとしていたら、七瀬がやってきた。
「内田どうだった」
そういえば内田の妹と一緒に見舞いに病院に行ったことになってたんだった。
「特に言うほどの事は」
「そう」
というか実際は行ってないのでなにも下手なことはいえない。
「今日で3日目だね。教室の雰囲気は見事に何一つ変わらない」
「みんな淡泊だな」
「それをいうなら、黒場が一番淡泊じゃん」
「いやだな。そう思われてるのかな」
それにしても、ほんとにみんな関心がないみたいだった。なにか実は凄いことが達成されたかのようなそんな気さえした。
「内田って、不思議な奴で居てもいなくてもいいような透明な奴なんだよ」
「ひどい」
「いやいや、それはあいつの技術なんだよ。貶される意味でいてもいなくてもいいって言われる奴以上につまりそんなことすら言われないようなレベルで教室に居てもいなくてもいいようにふるまってたんだな、今思えば」
「なんのために」
「さあ。でも簡単なことじゃないな」
「それじゃあ、黒場はさあなにか心境の変化とかないの?」
「あるよ」
「ほー」
「もう回心体験って言ってもいい」
「それが、ほんとなら分かりにくい奴だね」
「七瀬は?」
「見た通り」
七瀬優というクラスメイトについて、実は知ってることはすくなかった。
自分からあれこれを聞くのは主義でなかったし、相手もなにも言わなかったので、お互いの基本的な情報がすっぽり抜けた状態で仲良くしていた。
たいしたことだからあえて聞かなかったのか、たいしたことじゃないからあえて聞かなかったのか。
校舎裏
昨日と同じ校舎裏の普段は使われてない理科室の窓際付近でユレさんをまっていた。相変わらずここは向かいの車通りが多い道路のせいで、走行音がゴーゴー轟いていて、校外にいる気分になる。
ぼーっと通りにあるコンビニの駐車スペースで二人の女性がお互いのベビーカーの向かい合わせながら長々と談笑してる景色をながめていた。
「黒場さん」
いきなり理科室の窓から呼びかけられて、僕はわっと驚いた
それをみてユレさんは意外そうな顔で言った
「そんな驚かなくても、昨日もここから私現れたでしょう」
「そうですね、ぼーっとしてました」
そうですか、とユレさんは無関心そうに流す。
「それで、なにか変りありましたか」
「なにも」
「黒場さんの教室の様子は?」
こんなことをきかれるのは予想外だった。僕は答える前にユレさんの意図をひそかに詮索していた。
「そういえば、朝教室の様子がなんの変化もないように見えて、ちょっと驚きました」
「まぁそうでしょうね」
「なんでです」
素朴な疑問をぶつけてみた
「私たちはそんなふうにふるまうのです」
「ふーん。それはともかくなんで教室の様子のことを聞くんですか。なにかあるんでしょうか」
「ああ、学校も教室も安全ですから、黒場さん安心していいですよ」
これは誰が聞いても何かごまかしたようにしか思えない。
「いや、そうじゃなくて、なにか教室に悪霊の手がかりがあるんですか?」
「いや」
ユレさんは口をつぐんだ。何かを思案しているようだった。僕はすかさずを説明を求めた。
「なにかあるんなら教えてくださいよ」
「わかりました。わかりました。教えたら黒場さんによけいな負担をかける可能性があったんで、黙っておこうかと思ったんですが、OKもうやめます」
「えっ、僕に負担?」
悪魔に命狙われる以上にまだなにか、厄介なことがこの身に起きているのか…
「もう観念してますから、ユレさんすっかりいってください」
「いや、そんな消沈するほどのことでも…」
「というと」
僕は上目づかいでおずおずと問いただす。
「黒場さんに兄さんが倒れた日にE公園にいたと教えた人がいましたよね」
「ああ、矢橋さん」
「って、ああっ!まさか!!!」
とそこから、今の文脈で考えると、びっくりする可能性が浮かび上がり、思わず大きな声が出たが、向かいの道路からの走行音がそれを打ち消した。
ユレさんはうなずいた。
僕は小さな声で確かめた。
「彼女も霊能力者?」
「はい」
ユレの教室
昼休みになりユレは教室内のの自分に向かう気の流れについて、思案していた。
これはまた別の要因によるものかな?自分から動いてみるか
そう思い狙いをつけたクラスメートに話しかけに行く。
「ユレちゃん。聞いたよ」
とてもニヤニヤしていた。ユレにはどの種類の話題かすぐに分かった。
「何を?」
「昨日上級生のなにがしさんと一緒にいたって」
「その人兄さんのお友達」
「あ、そうなんだ」
「一緒に兄さんのお見舞いに行ってきた」
「そうなんだ」
ユレと話していたクラスメートは一気にニヤついた軽薄な雰囲気を消して、なにか申し訳なさそうな表情になった。それを見たユレも気の毒な思いがして、自分から話題を提供した。
「良い人だなって思うね」
「ん?いまなんて」
「いやだからいい人だって思った」
「ほへー」
ユレのクラスメイトはすぐもとの態度にもどり、すごく大げさなリアクションをしてみせた。周りにいたほかのクラスメイトも付和雷同に似たようなリアクションをとった。
「何?」
「嫌ぜんぜん。いいことじゃん」
彼女たちはそっかそっかといい話はそこで終わった。ユレはもう半分くらいイラついた態度をのぞかせていた。ユレが怒りっぽいことはクラス中がしっていたので、彼女をからかうのは今ぐらいのが、ほどよい程度だった。
それを聞いてたらしい別の子が不思議そうに言った。
「あれ、内田さんは昨日はアリスとかいう女と一緒にいたって聞いたけど」
「えー何それ」
さっきまで話してた彼女たちは振り返っておもしろそうな話にくいついた。
アリス…
「私そんな人知らない」
ユレは何かを考えるようにそう答えた。
教室
僕は教室に帰ってから休憩時間、授業中とずっと矢橋さんに注目していた。都合のいいことに、僕の席から40度ぐらい斜め前に彼女の席があったので、僕は常にチラチラ見ていた。
彼女のまた内田のように教室では空気的存在だった。ただ、容姿の凛々しさから内田ほどにはどうしても空気になれてなかった。彼女は誰が見てもそうとうの美質を具えてるのだが不思議と、目を奪われたり、引き寄せられたりはしなかった。これもまた内田とは別の技術だろうか。
授業が終了時間まじかになると、気が緩んできた気づけば僕はぼーっと彼女に視線を固定していた。
そのまま担任が授業が授業を終わらせる、挨拶がされて、教室中が一斉に緊張から解放される。
その瞬間。彼女が僕に向き直って視線が真正面から向けてきた。それは束の間の映像だった。彼女が立ち上がって教室から出て行った後、僕はようやく恐ろしいと、緊張がこみ上げてきた。
落ち着いてきた後、クラスメイトの弓削がこっちになぜかやってくる。いつもの愛想よさそうとも、何も考えていなさそうとも思える笑顔が近づいてきた。なんだろうか?
「黒場」
「何?」
「話がある」
やたら力を込めて弓削は言った。
さてどうしてものかと思った。他のクラスメートの珍しそうにひそかに注視しているようだった。
僕は弓削の目をみた。弓削は軽く人差し指で上をさした。僕は了承して席を立ち、注目されながら弓削と教室をでた。
廊下
弓削の後にだまってついていく途中、矢橋さんの姿が見えた。窓際で外をみていた。そのまま通り過ぎると思いきや、弓削は矢橋さんに話しかけにいった。
矢橋さんは僕と弓削を不審そうに眺めていた。その表情はかなり不満げだった。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだって。ちょっと聞くだけ」
「…」
弓削はなにか矢橋さんに弁解してるみたいだった。もしくは説得?
矢橋さんは結局何も言わず去って行った。
弓削はやれやれといった大げさなジェスチャーを僕にして見せた。
屋上
弓削はもったいぶった。まずにこやかな表情でこっちをみて、さあ何をはなせばいいか、といった。さらに屋上の中心まで歩いていって両手を組んで空に突き上げてから、ふぅ、としたあと、また困ったような察してもらいたがったような笑顔でこっちを見た。
僕はじれてきて、表情も険しくなった。
「わかってるよ。ちゃんと言うよ何からいえばいいかなぁ」
「内田に関係あるんだろ」
「そうだよ。あっそうだ。おまえ噂になってるぞ。内田の妹さんと町を歩いていたってな」
「それは知らなかった」
「内田の妹さんとは仲良いのか?」
「一昨日はじめて内田に妹がいるの知ったんだよ」
「そうか」
「誰がその噂してるんだ?」
「下級生の女子だな」
「弓削はほんとに事情通だな」
そう思うことはこれまで何度もあった。
「ははっ。まあたいしたことないよ」
弓削はなんだかうれしそうだった。
それからまた、話が途切れた。
「弓削は矢橋さんと仲良いのかな?」
「おっ、気になるか?」
「気になるね」
何度か話してるところを見たことがあった。そういうシーンでもやはり弓削は事情通な様子だった。つまり、なにか公ではない事情について囁き合ってるような、そんな感じがした。
ちなみに僕は弓削と矢橋さんがお付き合いしていて欲しくない、と思っていた。この場合弓削が例えどれだけ伊達男であっても、普通そう思うものじゃないのだろうか。
「黒場が思ってるような関係じゃないよ」
ぽつりとつまらなそうに弓削はいった。
「いや、まさに僕が考えてるような関係なんじゃないのかなと思っている」
弓削ははじめて表情を消して僕を見た。僕は黙った。弓削は地面に顔を向けなにか考えだしたようだった。
すこしたって、はーっと大きく息を吐いて、顔をあげ、僕に真剣な目を向けて言った。
「よし、もうはっきりきくぞ。黒場お前ここ最近困ったことなってるんじゃないか?」
「なってる。弓削はどう思うかわからないけど、僕は悪霊に命を狙われているんだ」
「やはりか」
おおよそ、察しがついていたが、僕は興奮して早口で聞いた。
「弓削も霊能力者なのか?」
「YES」
「矢橋さんとは弓削は霊能力仲間って感じか?」
「そこははっきりと言っておかなければならない。俺の家と矢橋も内田の兄妹も別に協力したことなんてないし、これからも基本的にない、いうならばそういう関係だ」
「?うーん。もっと詳しく」
「詳しく言いたくとも、相手の事をどこまでいってもいいものかわからないからな…。ともかく今はそれだけ覚えておいてくれ」
「仲悪いの?」
「そう思うのも無理はないな。でもそんな簡単な話じゃない」
「確認するが、矢橋のことは内田の妹さんから聞いたんだな」
「そうだよ」
「OK。黒場もし矢橋と話す機会があったなら、その点相手に誤解がないように頼む。俺が教えただなんて勘違いされないようにな」
「そういえばユレさんも言うの渋ってたな」
「ユレさん?そうだ、内田の妹さんは俺の事は言わなかったのか」
「なにも聞いてない。そういえばおかしいな、なんで?」
「いやー。俺のこと知らないはずないんだけどな」
弓削はなんか、きょどった態度をとった。
その後弓削に僕が悪霊に襲われたときの話をした。
「それは、おかしいな。いつも何事もない部屋に悪霊がやってくるなんて。霊ってのは生まれ持った情念の虜なんだよ、常におなじようにしか動かないはずなんだ。今日は余所いってみようとか、霊はそんなことししない」
「例外的なやつってことか?」
「というか相当高度な霊ってことだな。高度な奴ほど自由にふるまう。けれどやっぱりそいつがもってる情念からしか動けないから、よく見極めればどんなやつでも始末できる。その霊はたぶん内田が長く受け持ってたやつだろうな」
「なぁ。どうしてそんな危ないやつみんなでやっつけないんだ。弓削も矢橋も悪霊退治を生業にしてるんじゃないのか?」
「だから、内田の受け持ちみたいになってたから、でもあいつがやられたわけだから今どう対処しようかって考えてるんだよ。それと常人にはわからないだろうけど、この土地はとんでもない悪霊パラダイスなんだよ。悪霊なんて程度の差はあるけど腐るほどいる。ときどき余所にいって戻ってくると、びっくりするね。しかも、最近さらに悪くなってるしな。いつまで呪いが効いているだよ。ほんと」
呪い…、僕はこの土地で生まれ育った。違和感なんて当然感じたことがない、僕がいつもいる場所…。
「その悪霊は最重要案件だな。矢橋は狩る準備しているとおもうぜ。でも内田がやられたとなると、よっぽどの奴だからな。あいつがどうでるか予想がつかないな。勝敗も…」
「弓削は?」
「えっ?」
「闘わないのか?」
「もちろんやるよ。矢橋と内田の妹さんがどうでるかなぁってちょっと何もしないで様子をみてわけだけど」
「いつから?」
「まぁそうだな、今日からかな」
「弓削は頼もしいな」
「ははっ、まあそんな心配するなよ。イチコロだよ、悪霊なんざ」




