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在る 覚める 死ぬ  作者: 水都
第三章
24/24

5

なにか大きな事が終わたのは間違いないのだが、どうも手ごたえが足りないというか、なんというか……、もちろん思ったり、感じるところはあるよ。だけど、それで全部なのかと言えば、何か足りないような。とり逃しているような。ともかくあれから僕はじっと考えることが多くなった。心に今あるこれだけで、おわり、と片付けたくなかった。そのうちなにか事件が起きないかな、だなんてすこし危険なことを思い始めた。まあ、まだあれから2週間しかたってないのだが。


「矢橋、今日はなんかあるか?」

「何もない」

「それじゃあ、今日はまっすぐ帰るのか」

「そうだけど、何か?」

「何もない」

「ああそう」


僕は矢橋の助手という関係がまだつづいていた。しかしあれから、特に悪霊と遭遇することは無かった。E公園から、飛び去った悪霊は各所に散らばり、まだこの地に残留しているので、悪霊パラダイスは継続中だ。矢橋は本業の悪霊退治の依頼が増えて忙しくなっているらしい。


「でもこの土地での悪霊退治はやっているんだろ?」

「まあね、あれから目立つ霊害が増えてるから、需要を高まっているね。あなたのおかげでもある」


と、挑発じみたこと言って、僕の様子をながめる。なんでか矢橋は日に日に僕に突っかかることが増えた。最近気づいたけどこれが彼女の親しみの示し方らしかった。


「そりゃよかったね」

「ああ、別に皮肉でもなくて、いいことなのよ。あの悪魔のやり方は生かさず殺さずって感じで、呪いの力を全体にまんべんなく負荷をかけることに使うんだけど、ぽつぽつと霊害が散発的に起きるいまのほうが、呪いに対抗しやすいからね」

「でも矢橋はべつに呪いなんてどうでもいいだろう」

「まあそうだけど。あなたの視点から見て、いいことだって教えてあげたのよ」

「それはありがたいけどね。僕も別に呪いがどうとかあまり興味ないな」


彼女は肩をすくめて言う。


「それはよかった。じゃあまた明日」

「いや、途中まで一緒に帰ろう」


そんなこといままでしたことなかったけれど、思いつきで言ってみる。あいつは何も言わず席をたち教室を出てしまう、彼女の後ろについて歩く、彼女は歩調を緩めて、二人並んで歩く。


「私の家族も霊能力者だって話わよね」

「父親がそうだってのは聞いたが」

「あと兄も二人いるんだけど、その二人もね。私と同じような仕事をしている」

「へぇー、でも、この町にはいないんだろ」

「それが親父ともども近いうちにやってくるみたいでね」


そういう彼女の声の調子ははなはだ迷惑という感じだった。


「あんなことがあったから?」

「まあそうかも説明会になるな、そうなるとあなたのことも話さなきゃ」

「言っておくけど、面倒なことにまきこむなよ」


僕は釘を刺すように言うが、彼女はなにも気にしてないかのように自分の話を続ける。


「それと、私ここから離れることになるかもしれないわ」

「そうなんだ。それは哀しいな」


別に素直に思ったことを口にしただけだが、何がウケたのか矢橋は面白そうに笑っていた。




E公園裏の竹林の火事は地方紙に記事になったが、それ以上には人々の関心を惹かなかった。しかし、公園に何にも処置がされないわけもなく、一時立ち入りができなかったが、すぐに解放された。といってもやっぱりあの公園に好き好んで入るやつはいなかったが。

通り過ぎざまにE公園をのぞく、公園内まで延焼したが、汚いトイレがきれいに焼け消えたぐらいのものだった。例の竹林につづく繁みが焼けてたが、おかげで園内が小ざっぱりとして、園内は微かな安らぎを得たように見えた。


自室に戻り、僕はさっさと着替えてまたすぐに出かけた。できるだけ早く来て、との要望をうけたので言われた通り急いだ。目的地は内田の家だ。


「いらっしゃい。黒場さん」


にこにこしてユレさんは僕を出迎えた。僕は挨拶をして部屋の中に入った。


「兄さんは今はいません。外に買い物に出かけてます」

「へー」

「それじゃあ、何しますか?」

「えっ、何って……、じゃあお茶でも」


僕とユレさんはあの日の夜のように一緒に紅茶を飲む。そんなわけだから、当然その日の話題になった。


「黒場さんあのときのシュークリームまた食べたいですか?」

「いいね」

「それはよかった、今度買っておこうっと。そうだ、あの時私黒場さんいろいろ迷惑だったんじゃないかって思っているんでけど」


彼女はじっと視線を下に向け、ときおりこっちを伺うようにして言った。なにか怯えているようにも思えた。


「なにも迷惑なことなんてなかったよ。迷惑なんてとんでもない。僕はユレさんに恩返ししたいぐらいだ。何もなかったようにする気はないよ」

「……そうですか。よかった」


そういって、落ち着きなく、チラチラ視線を送ったり、もぞもぞしだす。何か期待しているかのようだ。


「黒場さんは私の事も助けてくれました」


そういって、立ち上がって僕の方に近づいてきた。僕はとりあえず手をとって、一席分席をずらして、彼女を隣に座らせた。


「あの時は今より親しかったように思うですが」

「そうだったね。なんか恥ずかしいけど」


そしてとうとう、彼女は椅子を寄せて身体を僕に傾け、僕の肩に顔をおく。僕は照れかくしに、紅茶を飲んだ。ユレさんは非常にチャーミングな人だった。しばらくそうしていたのちユレさんは体を起こして言った。


「そうだ黒場さんそこのチェアーにすわって、テレビでも見ていてください」


僕は言われた通りに、高さそうなリクライニングチェアーに体を預ける。テレビのサイズも十分大きく、ちょっとぜいたくな気分になった。ユレさんもとなりのチェアーに座る。僕はこの場合どれにチャンネルを合わせるのが適切なのか、いろいろ考えて、手こずっていた。結局ニュースに止めた。ユレさんは興味なさそうで、僕の方を惚けたように見ていた。僕は落ち着かず、またリモコンでチャンネルをいじり始めた。


「ユレさんなにか見たいものありますか」

「いえ」


彼女は立ち上がって、ゆっくりと正面にきて、今度は椅子に座った僕の上に覆いかぶさってきた。


「ちょっとまって、ユレさん内田が帰ってきたらどうするんだ」


さすがにあわてて制止するも、ユレさんはバッ顔上げて抗議するように強く言った。


「帰ってくるまでいいじゃないですか!」

「それは……」


僕はもうなんといっていいかわからず、口を開けたまま固まっていた。そのとき玄関の戸が開いた。ユレさんはさっと離れて、台所に消えた。


「やあ、黒場いらっしゃい。悪いな今日はちょっと用事があったから」

「いや、大丈夫だ。お邪魔しているよ」

「それじゃあ、そうだなまずユレを紹介するか」


ユレさんが再び台所から姿を現した。


「大丈夫ですよ。いまさら挨拶なんて。ねぇ黒場さん」

「ああ、そうだな」

「そうなのか、じゃあいいや」


そういって内田はチェアーに座り、隣に僕をすわるように促す。


「まあテレビでもみよう。なにかやってないかな」


内田はすこしリモコンを操作した後、何か見るかといって聞いたが、僕も特に見たいものがなかった。ユレさんは台所の前のテーブルに座って退屈そうにしていた。


「じゃあ映画でも見るか」

「いやあ、今の時間からじゃ」

「じゃあゲームするか?」


それには異存がなかった。僕はユレさんの方を向いて言った。


「ユレさんはなにがしたいですか」

「気にしないでください。私ゲームしないんで」

「えっ」


内田は気にする様子もなく、さっさとゲームの準備を完了させて、僕にコントローラーを持たせた。僕は適当にキャラを動かしながら、内田にこっそり聞いた。


「おまえとユレさんはもしかすると仲悪いのか?」


内田はテレビ画面から目を離さず、手を動かしながら淡々と答えた。


「別にどこもこんなもんだと思うが」


ゲームがちょうど一区切りついたところで、ユレさんが入れ直した紅茶をもって、僕らの前にやってきた。


「どうぞ兄さん、黒場さん。それとチョコクッキーがあったので、これもどうぞ」

「ありがとうユレさん」


ユレさんは僕に満足そうにほほ笑んで、さっと奥に引いていった。


「ユレが僕にお茶を入れるなんて、明日は矢でも降るかな」


チョコクッキーをボリボリ食べながら、内田は無造作に言った。




今回は特に何も用があったわけじゃない訪問だったので、その後もだらだら内田の家でゲームをやって過ごし、ユレさんとはあまりしゃべれずに、お暇することになった。帰る間近、ユレさんは不満げな表情でいらっしゃったので、ちょっと気を使って話しかけた。


「ユレさん今日はなんだかすみません」

「いいえ、別にいいんですよ」


それから、声を潜めて付け加えた。


「でも今度は兄さんのいないときに来てください」

「あ、うん」

「絶対ですよ。もちろん外に出かけるのもいいなぁ」

「それはいいですね。近いうちに」



帰路、ユレさんとのデートについて考えを巡らせていた。考えれば考えるほど、難題に思えて来て、頭を抱える。ふと、目を向けた先にはE公園があった。きっと誰にもわからないかもしれないが、僕は後ろめたい感じがした。あの公園のことあいつのことに、すっかり頭から片付けたように、無関係な日常に夢中になっている。あの驚きが雷雨のように僕を襲った出来事のそれ以前の自分にすっかりもどってしまったようだ。


あいつは最後何言ってただろうか。たしか、よく見ろとか、なんのことだか……


僕は意を決してE公園に入った。といってもあの時の十分の一程度でも真剣さがあるのか疑問だが。


公園は繁みが焼けて、地が見えるだけで、前よりずいぶん温和な印象を感じた。向こう端まで歩いてみたら、ユレさんと初めて会ったとき、僕を閉じ込めて恥をかかせた戸が撤去されていた。そこから公園を出る、目の前には廃屋同然に見える瓦屋根の家が、広い更地の中央に取り残されるように建っていた。この道はどこにつながっているだろうか。そのまま進む。当然だが、そこには住宅や看板、街灯、マンションと普通の街並みが広がっていた。さらに進むと思わずアッと声が出た。


「この通りにでるのかよ!ああ、毎日毎日、ここを通って登校してきたのに……なんでこの道を無視し続けてきたんだろう……」


僕はそのまま道を進み。また公園にぐるっと一周するように歩いた。その際中考える。今一つの驚きがあった。なにか大きな存在の一片が自分にとってたいそう大事なものが、ちらりと現れたようだった。それもすぐに消えて元通りの光景に落ち着いてしまうのだ。僕はそういうものをこれから見逃さないように気を付けよう。なにが自分の疑問なのか、僕はそれすら分からないまま、歩き続ける。いつしか、その疑問が解け、問題が片付く日がくるだろうか?それでやっとふつうの大人になる日がくるのか?


公園の入り口に戻ってきた。ぐるっと道を歩き輪が閉じた。入り口から竹林の方を見つめて僕は思った。

まあ、この問題は優しいものじゃないだろうし、もしかしてたら死んでも片付かないかもしれん。それはそれでいいかもしれない。これはあいつに呪われたかもな。






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