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在る 覚める 死ぬ  作者: 水都
第三章
23/24

4

自宅の前で内田と別れ、エレベーターに、部屋の階まで上がる。僕には電車に乗っているときから、ある直感があった。

自室について、ベッドに身を預け、眠るときのように心を落ち着つかせる。静けさのなかまどろみ始めると、あの感じが心に入ってきた。僕は確信を得た。


やはり、そうだ。あいつはまだ生きている! 僕には分かる。


E公園

夜の闇がすっぽりと公園を包んでいた。園内には電灯はなく、木々がこの世から隔離するかのごとく、暗く、暗く、この公園を閉じこめていた。

歩きながら、この辺には木でできたぼろぼろの鳥の糞でよごれきったイスと机があるはずだと、思い、暗闇の中あたりを手で探る。すこしたって、木の机をみつける、おおまかな園内の位置をつかみ、目当ての方へ、移動する。椅子から右手に直進し園内の端につく、ささやかにある低く簡単にまたげる柵を足でたしかめた。


僕は前方に広がる上り坂になっている繁みを見やる。ここで、持ってきたライトを取り出した。いままでは、すこし自分を試してみたくて使わないでみただけだ。光がついた。手元から、自分の体の何倍もの面積が照らされた。不法なほど暗かった公園の闇は警戒するようにその光に注目したように思えた。なぜだか僕はライトをつけた瞬間から誰かから見られているように感じた。この闇の中ではライトの光は闇に対する敵意であって、それに向かってまた敵意が返され、それが僕に向けられていた。


ライトを公園の柵の向こうの繁みにあてる。びっしりと、草が生い茂り、しかも丈は自分の腰以上にありそうだった。風に吹かれると、草木は揺れて、奥のほうがすこしみえた、しかし見えたのは同じように繁みがさらに奥まで続いている、光景だった。


僕は柵を跨ぎ、繁みの中に入って行った。しっかりとライトで前方を照らし、繁みをかき分け一歩一歩進みはじめた。抵抗するように草葉が僕の体にまとわりつく、不快な感覚を無視し、繁みを押しとおる。黙って前方のライトだけを見続けて進んだ。前に。前に。心を置き去りに、前に進むだけの機械のように。


だいぶ進んだと思う。僕は振り返ってみた。視界はほとんどが草木で支配されて、わずかに上側に見下ろした公園のらしきスペースが、ただ黒く、そこだけ塗りつぶされたかのように存在した。


草が奥に進むほど、高くまで生い茂っていた。そのうち顔にまで草の不快な接触にさらされた。さらに奥にライトをあてると、斜面が途切れ、平坦なスペースが見え、繁みもそこで、途切れていた。僕はそこまで一気に駆け上がった。


平坦な地面を確かめ、一息つき、あたりをライトで照らす。どうやら奥は竹林になっていた。ふと、小さく泣き叫ぶ声が聞こようなきがした。すすり泣く人が近くにいるのだろうか。


僕は進んだ。竹林の中に入り、今度はまっすぐ進むのではなく、探し物を求めて、辺りをライトで照らし注意深く観察しながら歩き回る。竹林に嗚咽がひびく、風がふくと、竹林は大きな音量でざわめき、それは僕の体の奥まで貫き響きわたった。僕は無軌道に歩く。さっきから嗚咽だと思っていた声は、笑い声に思えたきた。そう思っていると、ますますそう聞こえ、ついには狂ったような笑い声が響き渡った。僕の全身は震えた。


突然ライトが明滅しだし、僕はあせって、ふってみたり、たたいたりするが、ライトは息絶えたように消えた。暗闇のなか、僕一人其処に突っ立ていた。空を見上げると笹の葉が空間を包み込み、それは月の光をも閉ざした。あざ笑う声が響き渡った。そして、竹林の中人が駆け寄ってくるような、走り音が聞こえた。僕の心はついに限界をむかえた。全力で公園にもどろうと、反転し駆け出す。ずいぶんな距離を走ったのに、竹林を抜けることはできなかった。すっかり迷い込んでいた。走り音がついに、近くまで迫った。怒声が響く、憎しみをみなぎらせた、声と、鳴き声、嘆き声もいろいろな声と情念が笹の葉のざわめきと響き合う。全身を恐怖で震わせながら、ほんのすこしだけのこった平静な心の部分で僕は思った。どうして、こんな仕打ちができたのだろう。どしてこんなにも人を呪わせるような仕打ちができるのだろう。人がこうなってしまうほど、虐げることができるだなんて。


僕はほとんど諦めかかった。しかし、恐怖の絶頂のさなか彼らへの同情が僕をぎりぎりのとこで、立ち直らせた。僕は使えなくなったライトを放り捨てた。この世のあらゆる苦悩の声に向かって、背筋伸ばし大股で踏み出した。恐ろしげな声、脅かす声を退けただ前に進んだ。そのうち、竹の間隔が広くなってき、なにか地面から出っ張っているものがおぼろげに見えた。そこに向かってさらに勢いをつけ進む。僕はなにかの範疇に入った気がした、さらに一歩足を踏み入れると女の金切声が響いた。ここにあると僕は確信する。


「よくもまあこんなところまで来たなぁ」


地面の上のでっぱりから声が聞こえた、そっちに進んで間近でよく見ると、でっぱりは武骨な飾り気のない古井戸で、ふたがされており、さび色の汲み上げ器がくっついていた。そこにあいつが座っていた。僕は額の汗をぬぐい、髪をかきあげる。


「内田が来る前にと思って、急いできた」

「あいつは、ここに来るかな?このあたりにあるも”もの”にはできるかぎり触れないで置きたいと思っているだろうし」

「来るさ、妹の命がかかっているのだから」

「そういうものか……、ああ、あなたもそうなんだったね。ユレとかいう」

「どうかな……」

「と、いうと?」

「もう疲れ果てた。自分がどうすべきか、とか、どうしたいか、とかね。だから、僕は何でもいいから、とにかく、やってしまいんだよ。それでてっとり早く片付く方を選んだ」

「さてそれはどうかな?」

「どうかなって、なんだよ?」


でも、本当のところどうなんだろう?わからない……、誰だって、僕自身も死ぬまで判らないだろう。


「ものうつしにつかわれた、悪霊がとりついている”もの”ってのはどこにあるんだ?このあたりにあるんだろう?」

「あるよ。見えないだろうが、そのあたりに散らばっている。位牌とかへその緒とか骨とか、愛用していた私物だとかが」

「君はここにあるものから生まれたのだらか、ここにあるものをどうにかするならば消えるはずだ」

「そうだね。内田は勘違いしているみたいだけど、私はここの悪霊とは別の存在なんだよ。だけど、私の身体のほうは、つまり生存を維持する力はここの悪霊に依存している。悪霊が解き放たれれば、私もまた力の源流を失ってきえることになる。そんなことしなくとも今にも消えそうだけどね」

「それじゃあ、どうしようかな」


足に何かが当たる。僕は屈んでそれを持ち上げる、近くで見ると小箱のようなものだった。中には、写真の束と折りたたまれた紙片がはいっていた。写真はどれも腐敗と劣化がひどくかったがかろうじて写っているものが見れた。その箱の中のどの写真も一人だけ顔を黒く塗りつぶされている人がいた。同じ写真に写る人々の笑顔が不気味に思えた。僕は箱を地面に戻した。


「君は抵抗しないのか?僕を殺してしまう事ぐらいできるだろう?」

「いや、そんな力はもうないんだ。貴方が何もしなくとも、私はもう駄目かもしれない」

「そうか」

「思うに、私はAという地で死んでいった敗者たちが見る夢みたいな存在なんだよ。きっと悪霊と言えども、長くこの世に留まるには、呪うことだけではやっていけなくて、慰めを持つ必要もあったんだろう。でもね、どうでもいいさ、苦しんで死んだこいつらのことなんて、こいつらの恨みと、私が存在することとは、何の関係もないね」


周囲で反発するかのようにうめき声が響いた。彼女は井戸から立ち上がって、真面目な態度で僕に言った。


「私が悪霊のみせる夢だろうが、仮に人間の父母がいようが、それどころか小説のなかの登場人物だとしてもだよ、それと、私の存在は無関係なんだよ。この悪魔が、七瀬夕が私であることなんて、親だろうが悪霊だろうが作家だろうが、だれだって知らないんだから」

「それはよくわかるよ」

「そうか、そうだよね。貴方には言うまでもなかったのかもしれない。ただあなたにだけは誤解されたくなかった。これからあなたの人生になにがあろうと、その点だけはわすれないでね。いや忘れてもいいけど、完全に忘れきって生きてしまわないで。そうなると、それは本当に虚しいことだと思うから。最後に言いたいことはそれだけだ」




「君が消えてしまうと、君との絆で僕の方もどうなるか分からないらしい」

「さてね私も知らん。まあ、言えることは、よく見ろってことだよ、色々をね。それじゃあ始めるか……」


彼女はそのあたりに屈んで、竹槍のようなものを拾い上げ、それを僕に渡す。先端が血に塗れているように見える、気のせいかもしれないが。僕は困惑して彼女をみると、近くでみる彼女はいまにも消え入りそうな、幻影のように見えた。彼女は僕に身を差し出す。僕は首を横に振る。とてもそんなことできない、と思った。


「軽く、ゆっくりでもいいんだ。わたしの影をそれで貫けば、それで終わりさ」


彼女の顔を、長く見つめた後。ゆっくりと竹槍を彼女の影に向けた。彼女にはすでに実体がなく、なんの手ごたえもなく、竹槍は彼女を貫いた。


その瞬間。彼女の体がくずれ、黒い砂のようなものにかわり、ぼたぼたと地面に落ちていった。その砂から、ばっと青い焔がともり、あっという間にあたりの草木に伝っていった。あたり一面がいきなり明るくなり、目がくらんだ。僕はおもわず目をおさえる。炎が普通ではない速さで延焼していき、自分もすこしでもふれると危ないことを悟った。煙の臭いがした。僕は全身の力を振り絞りに竹林を脱出し、僕は息を切らしながら公園まで一気にかけぬけた。


公園を出るとき、僕は一度振り向く、煙に混ざって悪霊が町に放たれ、思い思いに空に飛んでゆくのが見えた。

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