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「あの悪魔は、そういった陰惨な歴史からから生まれた。今に至ってもまだこの世を呪い続けている。邪悪の化身だよ。だけど歴史においてあいつが生まれたことには必然性はあるだろう」
そういって内田は二つ目ゼリー飲料を呑みほし、立ち上がってゴミ箱に容器をすてた。
内田は僕の横に立って言う。
「ただ、今に至るまでの時間の経過で、だいぶ呪いも薄まっているけどね」
僕はすこしひっかかった点があった。
「内田はE公園にある”もの”をどうにかできなかったのか?無害なものにするとかできないのか」
「さあ、できただろうか……、”もの”から悪霊を解き放つことなら、できたかもしれない。それには大した意味はないな。いや、むしろ悪いことになる。いまE公園を中心に邪気が広がる、ということを前提にして、霊の秩序をつくって、それを強化してきた。”もの”から悪霊を解き放ってしまえば、そうした秩序が一気に崩れてしまう。だからもうE公園に悪霊がいてもらわなければ困る、ということになっている」
誰が困るだって?
「内田も結局”ものうつし”をした霊能力者や政治家と一緒だな」
「それは、そのとおりだ」
内田ははっきりと認めた。僕は生まれてからほぼ毎日あの公園と一緒にだった、うす気味悪いとは思っていたさ、でもそれは、なじみ深いうす気味悪さなんだ。不吉だけど、どこか僕の体質と親密さがある不吉さなのだ。もう僕はそういうふうにできてしまったじゃないか。僕はあいつのことを心の底から良いやつだって思うような人間なんだ。
「黒場、あいつは、」
「何も言わないでくれ!」
僕は興奮して熱くなる、頭の奥でゴーっと砂嵐が舞っているようだった。ジンジンと頭が痛んできた。それでも内田がはっきりと僕に告げる。
「僕はあいつをこの世から消すつもりだ」
当たり前だ。そうしなくちゃいけないだろう。
「黒場、僕はあいつのことを恨んでない、悪霊がする事も僕が悪霊を消す事も、仕方なかったんだって、そう思っている。ユレが聞いたら怒りそうだが、僕はそう思う」
そんなことは、どうでもよかった。当たり前で馬鹿馬鹿しいとすら思った。
お互い無言で立ち尽くしていたが、しばらくしてとうとう内田が声をかけてきた。
「ユレは家か?」
「そうだ。昨日の夜襲われて、今も眠ったまま、つまり内田と同じだ。さっさと家に帰るべきじゃないのか、帰るのなら僕も行くぞ」
「帰っても、ユレを目覚めさせることは難しいな」
「難しい、ってことはユレさんを目覚めさせれる可能性あるってことか」
「まあ、解呪には時間がかかる。だけど、さっきも言った通り解呪するよりも、悪魔を倒すつもりだ」
「……そうか」
それから、内田は上をむいて、考え直したように言いだした。
「でもやっぱりいったん帰るか。財布と携帯がないとどこにいても不安だし、ユレの顔が見たい」
僕も賛成だった。ユレさんに無性に会いたくなった。どうしていままで、彼女の事を放っていられたのか、不思議に思った。
「ああ、それがいい。僕も一緒に行く」
「ちょっと待っててくれ、トイレ借りてくる」
内田はそういって、店内に入って姿を消した。僕はユレさんや矢橋や弓削のことを、忘れてゲームに夢中になっていた自分を不思議に思った。
弓削や矢橋やユレさんが倒れているのに、自分はなんでそうなに無関心で冷淡なのだろう?
自分が分からなかった。ユレさんの顔を見れば、自分を取り戻せるようなそんな気がした。
ユレさんのことを思い出す。昨日の夜、悪魔が入ってくるまでの楽しかった夕食。甘えてくる彼女のことを。
ふと、コンビニに駐車された黒いワゴン車に影から、なにかがぼんやり見えた。じっと目を凝らすとそれは、徐々に形を整え、あいつがいた。
「アリス、こんなとこにいたのか。夕食まだでしょ、わたし其処の蕎麦屋で南蛮そば食べるんだけど、一緒にどうだ?其処の店は相当おすすめできるね、入ったことないならもったいないよ。いこう。」
僕は驚いて、あわてふためき、開いた口から何を言えばいいのか、訳が分からなくなり、大声で名前を呼んでいた。
「七瀬!だめだ!」
「え、何?」
七瀬が怪訝な表情で僕を見る。そのとき、内田が姿を現した。内田の視線は七瀬をしっかりとらえていた。コンビニの自動ドアが開き、七瀬がそっちに顔を向ける。内田に気付くと、その表情は一変した。
「な、う、内田!なんで!」
七瀬は一瞬硬直した後、すばやく飛んで逃げようとしたが、そのまえに内田が力が七瀬の体を完全に制圧していた。内田はまるで持っているライトを当てるように、片手を軽く上げ、七瀬の前に向けているだけだったが、それだけでこの場を制していた。
「ぐぎぎぎ、動けない」
歯を食いしばり、懸命に身を動かそうとしていた。
「無駄だ。これには絶対に逃れらない」
「どうして、あなたは普通に動き回っているんだ!」
「お前にやられる直前に、呪術で致命的な危機を回避した」
「ぐ、相変わらず憎たらしいほどの強さだ」
「不用心だったな。我が物顔でのびのびと空を飛びまわっているとは。思った通り黒場のもとに降りてきた」
「ちぃ」
「おもえば不思議な縁だ、おまえとは5年以上おいかけっこを演じてきたのだから。たいした我慢強さだったよおまえは。そして、ここぞというタイミングではうってかわって大胆な攻勢をしかけて、チャンスをしっかりものにした。敵ながら天晴れだよ。でもここまでだ。終わりだ全部」
内田の目が細められる。辺りに殺気が張りつめた。
「せっかく、ここまでうまくやれたのに。ようやく何にも怯えずに生きていけるようになったと思ったところで……、そんな……」
内田が相手に向けてた手をグッと握りしめた。そして、握ったこぶしを水平に空を切るように、力強く引いた。
「ああっ!」
彼女は最後に恐怖でひきつった顔で叫び声をもらし、身体は崩れて消え、黒い砂のようながあたりにばらまかれ、それもすぐに散って消えた。
僕は恐ろしさと、悲しさとで混乱の絶頂にいた。最後にあいつは僕の方を見た。何を期待したのか、何を思ったのだろうか、恐れおののいた顔でたしかに僕のほうを見たんだ。
「黒場恐ろしい思いをさせてしまって済まない」
「いや……」
僕は頭を抱え、目をつむり、じっとショックと混乱に堪える。僕は長い間そうして、黙っていた。
どのくらいそうしてただろうか。内田は優しく、落ち着かせるよな調子で僕に声をかける。
「今度家に遊びにきてくれよ。ユレとはもう知り合いなんだろう?ずっと紹介したいと思ってたんだ。僕に妹がいたなんてぜんぜんしらなかっただろう?驚いたんじゃないか?」
「昔内田自分で言ってた、たしか」
「ああ、そうだっけ。そうか、そうか」
駅前に人がどんどん増えて、混雑してきた。しゃべり声がそかしこから、聞こえる。明るい照明と看板、人の流れ、生活の情念が満たされている。僕らは二人で電車にのり、一駅分だけ、運ばれ、自分たちの街に戻った。
「黒場今日は家に帰ってゆっくりするといい。ユレが目覚めるのはたぶん明日になると思う」
「わかった。じゃあ明日いく。内田、色々わるかった」
こんなこと言うのは自分でも意外だったが、やはり内田も意外そうな顔をしていた。
「なにいってるんだよ」




