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在る 覚める 死ぬ  作者: 水都
第二章
19/24

8

ユレさんをベッドに運び寝かせてから部屋を出る。廊下から見えるリビングは電気が戻っていた。僕はリビングのドアを開けると、そこにはあいつがテレビの前に2席あるリクライニングチェアーに背をもたれて、快適そうにしている姿がみえた。あいつが僕に目を向ける、僕はとなりのチェアーにすわる。あいつは僕らが残したピザをガツガツ食べていた。


「そのピザもう冷えて、硬くなってて、おいしくないんじゃないか?」

「いやぜんぜんいけるけど、私そういうの気にならないから」

「そう」

「つらそうだね。あなたにとってそんなに大事な人だったとは、私も残念」

「よく考えると。君が原因で親しくなったんだよ」

「知っていると思うけど。私を殺すと彼女助かるよ」

「……」

「君が死ぬと、ユレさんが助かるとしても、君が死ぬと僕はどうなるんだろう?なんの根拠もないけど、僕にとって決定的なことになると思う。それは逆でもそうなんだよ、たぶん。君どう思う」

「私たちには特別な繋がりがあるから、その場合お互いになにが起きてもおかしくないよ。驚天動地なことが起こるかもね。それが起きても他人にはまったく感知できないような、そういう変化になるだろうね」

「そうか……」

「ちょっと聞くね。他人が死ぬって大したこと?」

「さあね、でもユレさんが死ぬのは嫌だね」

「ユレさんも他人でしょ?ならどうでもよくない?わたしなにもクヨクヨすることじゃないと思うんだけど」

「人が死ぬのは仕方ないけど、悲しいことだからね」

「それって本当に悲しいこと?嘘なんじゃないの、作り話とかさ。ユレさんは私が人を殺すのを許されないって、言ってたけど、それって本当なの?本当に悪いことなの?」

「思い出した。僕昔子供のころ同じこと考えてたな」

「そうそう」

「子供だったからな……」

「私はこれからあなたをゆっくりと子供のころみたいに戻していこうと、企んでるんだよ。最近生活にゆとりが生まれたしね」

「悪魔の仲間にするつもり?僕を悪いやつにしたてるつもり?」

「ちがうよ。良い奴になってもらいたいからだよ。あなたはたくさんの良さや美を忘れてしまっているからね。昼間の世界だけが、世界じゃないんだ。誰もが分かっていて口にしない夜の世界がある、その世界をともに生きるのは本当の友達じゃないとできないんだ。そこで私たちはいろいろな善や美を見つけて味わって一緒に生きていこう」

「何を言われても、いまは全てに興味がない」

「まあ、落ち着く時間が必要だよね。私もまだ全部終わらせたわけじゃないし」

「まだ何かするきか」

「実は、矢橋さんをまだ始末してないんだよ」


矢橋がまだ生きている。僕は沈んでいた感情が一気にあふれだし、今すぐに彼女に会いたくて、それで胸がいっぱいになる。僕は椅子から立ち上がり、廊下をかけに玄関の扉を開け、夜の街に飛び出した。


 

「早かったわね」


僕は夜の街を3キロほど疾走して、W公園の一角にある芝生のエリアの屋根付き休憩スペースで矢橋をみつけた。その芝生エリアは休憩スペースを頂点になぜか地面が盛り上がっているため、休憩スペースから公園の端までの芝生は結構な傾斜があり、キャッチボールにも、座敷を広げて食事するにも適さず、休日の昼までもその芝生のあたりには誰もいなかった。


「ああ、よかった。無事みたいで」


そういって、小銭をとりだし、自販機の前に立つ。お茶に決める。大きく一口に流し込んだ。

矢橋はいつも通りに、あんまり関心がなさそうに、まったく別の事を考えているかのように、こっちを見ていた。僕はその静けさに惹かれた。矢橋はいつもそうなのだが。


「どうかした?」

「いや、矢橋に何もきかれないのが不思議で……」

「できれば、知りたいわね。あなたに起きていること」


そういって、矢橋は夜空に目を放った。


「ユレさんは悪魔にやられてしまった。それから、悪魔は僕に危害を加える気はないってのが分かった。これはほんと数時間前に思い出したんだけど、あの悪魔は僕の知り合いだったんだよ」


反応を伺う、矢橋はゆっくりとこっちに顔を向けてから、一言だけ聞き返す。


「どういう知り合いなの?」

「あいつとは、双子の兄妹みたいなものだと思っている」

「そうなると、あなたはその悪魔に消えてもらいたくないわけだ」

「そうだ。でも僕はユレさんを助けたいと思っている。弓削や内田も」

「じゃあどうするの?」

「わからない」


わからない、本当にわからなかった。僕は息を漏らす。振り返ってだれもいない芝生の方に目を向けて、矢橋から顔を隠した。


「あなたの苦悩は深いね。黒場君」

「矢橋はどうするつもり、あいつと戦うのか?」

「町をでることも考慮にいれて考えたけど、私はあいつと決着をつけようと思う」

「なんで、そんなに自信があるのか?」

「そうでもないけどね。6割ぐらいでやれると考えている」

「なんだって!そんな分の悪いことやるべきじゃないだろう。矢橋には何の義務もないし、仇でもない」

「いや、やろうと思う」

「それはなぜ」

「わからない。これは趣味。前に金にならなくとも、汚いものや邪魔なものは除霊すると言ったけど、それだよ。ショッピングモールの悪霊のときは今とは別に本当にどうでもいいと思ったけど」


きっとこれ以上詳しくは教えてくれないだろう。その趣味と言っている中に、義や悪を憎む心とかが、しっかりと趣味に還元されずに保存されているという疑惑もあったが、僕が立ち行っていいような話じゃない、しかし一言どうしても聞きたくなった。


「公民館での話覚えているか、ショッピングモールにみんなで除霊しに行くべきかって話。そのとき、ショッピングモールでの死人は、何一つ特別な死人でないと矢橋は言っていたと思う。それって、他人の死にたいして、なにも悲しむことないってことかな?」

「悲しむことがない?それは、すこし近い気がするけど、私のあの時の心は、いつでも他人の死と一緒に生きているってこと、むしろ他人に死んでもらって生きていける。そういう在り方を見まいとして、現実をねつ造する態度を拒否したかった」


僕の方をじっとみたあと、彼女は言う。


「誰もが知っているような事件の被害者に、狙いをつけて助けに行くやつら、また有名な被害者であることを利用して恩を返すよなやつら、そういう交渉事に夢中になっている人間が大勢いる。この世界には、だれにもしらないで、ひとしれず、死んでいく奴らが毎日いる。彼らを無視して、通り過ぎて私たちは生きている。それなのに、無視していることすら忘れて生きている奴らがいる。私が一番嫌いなのはそういう奴らだ」


矢橋もやっぱり僕とはちがう、ただ僕らは少しだけ心が共振した。


「悲しむことない、って。面白いわね。どういう意味なの。貴方の考え?」

「昔子供のころそう思っていた。皆本当は同じように思っていると、本気で考えてた」

「へぇー」


矢橋は突然、身構え、鋭く傾斜のある芝生の奥に目を向けた。芝生の坂をぐんぐんと、黒い怨霊が駆けあがってくる。


「ひょろろおろろおろろろお」


この意味不明なことを言うやつは、ユレさんの部屋に入ってきたあいつだった。公園の電灯のおかげでこんどはよく見える。黒い塊にみえたやつの姿は、灰色のガスみたいな塊で表面に人の顔の形に煙が漂っている。煙の顔は形を崩しながら、無数の小さな顔に化けた。


「気をつけろ矢橋、そいつは悪魔の飼い犬で、ユレさんの部屋の結界を突き破ってきたやつだ」

「それじゃあ、悪魔はもうちかくに来ているのか……」


僕は邪魔にならないように全力でその場から離れる、50メートルぐらい走ったところで、一度振り向いた。悪霊のまえに矢橋が立ちふさがっている。悪霊は暗いガスの、残り火のようなものを撒き散らしながら、矢橋につっこんでいった。矢橋はしっていたかのように横跳びして避けてつつ、右手に持っている何かを空を切るように腕を振り、放った。悪霊の顔にがっちし硬く重いものが的中し、悪霊はくらくらとその場で揺れた。そこにもう一発叩きこまれ、悪霊は今度は力なく地面に落ちた。矢橋は右手首ををちょいと上にあげる動作をすると、悪霊に叩きこまれた何かが巻尺のように勢いよく矢橋の手に戻って行った。矢橋は僕にむかって大きく手を振った。僕も手を振り返しながら、全速力で矢橋のものに戻った。


「大した奴じゃなかったわね」

「すごいな」

「ぴゅろおろろろろお」


悪霊は最後に一声、高く鳴くと、溶けるように消えた。矢橋にとってはなんの障害にもならない相手だったのは、素人の僕でもわかった。矢橋はユレさんよりもずっと強いのだろう。僕は矢橋の右手を盗み見た。


「ああこれ、ヨーヨーよ。市販品、子供のころ買ってもらったものよ」

「僕は素人だからよくわからないんだけど、ヨーヨーを武器にするのって普通なのか?」

「ふつうじゃない。私とこれには特別なつながりができているから、武器にすることができる」

「特別なつながりって霊的なつながりか?」

「そう。私が8歳のとき父親からヨーヨーを買ってもらった。私は夢中になって、ところかまわす、ヨーヨーをもっていって遊んでいたわ。で、ある日不幸なことが起こった。私はヨーヨーの技の一つの、前方に投げたヨーヨーを腕を引いてもどしてそのままキャッチする技を練習中に……、リビングにあった新品のテレビにヨーヨーを当てて大穴をあけてしまった。私は父親に殺されると、本気で思ったから、そのままヨーヨーと財布と携帯だけをもって家を出た。その夜一人公園で朝を待っていたら、父親からメールが届いた。そのまま死ぬか、家に帰って死ぬ思いをするか、選べという内容だった。私は家に帰った」

「厳しいお父さんだね」

「その後、父親は私に食事中も入浴中もふくめてそのヨーヨーから手を離すことを禁じた。嫌になるまでそれを持たせてやる、という罰だった。たしかその罰はひと月ぐらい続いたと思う。そんな生活をしていたら、いつしか私とこのヨーヨーの間に霊的な交通が可能になった。特殊なつながりが生まれた。それ以来私の武器というわけ」

「お父さんも霊能力者?」

「そうだよ。こんな武器をもっているのは私ぐらいじゃないかな。たとえば内田は古い霊能力者の家系だから、もっと古式ゆかしい、やり方をするんじゃないかな。まあ知らないけどね」


矢橋はヨーヨーをポケットにしまう。右手はポケットに入れっぱなしにしていた。


「黒場君、あなたとその悪魔の間でも今言ったような、つながりがあるんじゃないの」

「そうかもしれない。僕の場合生まれてすぐにあいつがいた。あいつのほうも僕がいた」

「私の場合より深刻なつながりになっているんでしょうね」


あいつがいなくなると僕はどうなるのか?とは、矢橋に聞かないでおいた。


「それじゃあ、黒場君そろそろここからいなくなってくれる?あなたは何をするかわからないのだから、私はあなたがいればうかうか戦闘もできないわ」

「……」

「家に帰ればいいわよ。それで眠ることね。それで起きた頃には全部おわっているから。それにあなたがそうしてくれたら私はすごく助かるわ」


彼女は優しく諭すように僕に言い聞かせた。黒い瞳が労わるようにぼくに向けれた。僕は言葉に詰まる。


「ああ、わかった」

「うん、それじゃあ」


公園をでてしばらく歩くと、悪魔が夜空にうかび、ゆっくりすべるように公園に進んでいるを見つけた。

僕は自宅まで何も考えず走り。家に着くと部屋のベッドに飛び込んだ。

ただ未来がやってくるのが恐ろしかった。必死に何も考えまいと心がけていたら、気づいたら寝ていた。


A病院

真夜中過ぎに、彼は意識を取り戻した。すぐに起き上がろうとしたが、手と足が痺れてうまく動かなかったので、後回しにし、現状に考えを向けた。予定では半日で、復活できるはずだったが、だいぶ雑な術のキャストをしてしまったようなので、今はもっと時間がたっているだろう、と彼は考える。


「今は真夜中のようだし、下手に動いても不利だな。朝が来てから、体を調子よく動かせるように、準備運動でもして、この夜をすごすか」





第二章おわり

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