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在る 覚める 死ぬ  作者: 水都
第二章
18/24

7

配達ピザを机とユレさんが冷蔵庫にあるもので作ったサラダで2人で遅い夕食を取った。として楽しい食事だった。僕らの会話もいままでのなかで一番愉快なもので、思えば、ユレさんとはいままで悪魔との関係でしか話すことがなかったのだから当たり前か。


「私もうお腹いっぱいです、これ食べてくれませんか?」

「いや、僕もこれ以上は。シュークリームたべたからな。残して明日の朝にでも温め直して食べればいいですよ」


なんでもないことを言ったつもりだったのだが、ユレさんはえ~、と大仰なリアクションを見せた。


「えっ、なんですか。別にいいじゃないですか。家じゃよくやりますよ」

「まあ、そうですね。かたくなってまずそうじゃありません?それに朝からピザってのも」

「別にいいじゃありませんか。ただのパン食べるよりは、むしろ豪華だ。」


こう言うとまたえ~、と言った。まあ、これはそう言われると分かって言ったのだけど。


「やっぱり、硬くなったり、風味が落ちたりしますから。それは分かりますよね?」


当たり前のことを子供に言うみたいに確認してくるので、僕は内心イラッとしたが、笑顔を作って優しく答える。


「それは分かりますよ。出来立てと温め直しを比較して、そんなにピザの価値が下がると感じないんでしょうね。僕は」

「明かに違いますよ!」

「それは、ユレさんがグルメだから。僕は鈍感なんですよ、飲み物でもそうです、気の抜けた炭酸飲料でも平気で飲みますし、冷めたコーヒーも茶もなんでもないですね。そもそも高いものをそんなに食べたいとか思いません」

「へー」


ユレさんは僕を興味深そうに見て、ふむふむとうなずいていた。


「じぶんが、よくわからないから。他人の評価を僕も採用するわけです。代金でみると、ピザってそこそこの値でしょう。じゃあ、食パンより豪華だなって思うわけです」

「でも代金なんかじゃ食べ物のおいしさははかれませんよ。安くておいしいものやその逆もあるのだし、当たり前のことじゃありませんか?」

「だから、僕はグルメじゃないから、わかりませんって。じゃあ、ユレさんはいつもこれは値段にしてはおいしいからもっと値がはってもいいとか、高いくせにまずいとか思って食べてるんですか?」

「えっ、当然でしょ……。黒場さんは食べ物をおいしいとか思わないんですか……」


とても心配そうな表情で見つめられる。しかもとんでもない誤解をされていた。


「違う。おいしさの客観的な良し悪しが、自分の舌で感じ取れないってだけです。自分の好みはうっすらありますって」

「みんな自分の好みですよ結局。黒場さんも自信をもてばいいですよ。いろいろ一緒に食べて感想を言い合ったりすると楽しいだろうな」



突然の暗闇が訪れる。部屋の明かりがすべて消えた。部屋に電気が通っていないようで、すべての電化製品のランプの光が消えていた。僕とユレさん暗闇の中はすぐに手を取り合った。


「おちついて、まだ近くに悪魔はいません。私の部屋まで行きます。ついてきて」

「わかりました」


リビングから暗い廊下を通り玄関の横の部屋に入った。玄関からリビングに続く廊下があり、その廊下の左右に一部屋づつあった。その部屋の窓はマンション外の廊下に玄関のドアとならんで接していた。

暗い部屋に入ると、ユレさんはすぐにドアを閉めた。


「ここで静かに身を隠します。じっとベッドに座っていてください」

「ユレさん相手には霊感でどこにいるかバレバレなんじゃ……」

「いいえ、隠そうとすれば気づかれませんよ。それにここは私の部屋ですし、霊力の隠ぺいはお手の物です」

「ユレさんができても僕はできませんよ」

「だいじょうぶです。私にくっついていてください」


そういって、ユレさんはベッドの僕のとなりに座って僕に腕を回し、こちらに身を傾けた。どうやらそうしていると、僕の気配も消せるようだった。


「ユレさんは霊をどのくらい近くにいれば察知できるんですか?」

「集中すれば、このマンション内のどこにいてもわかりますよ」


ほとんど耳元から声がした。


「それじゃあ。今はどこにいるんですか?」

「分かる範囲にいません。でもあいつはすぐそばにいると思います」

「一体どういうことですか?」

「霊ならわかるんですよ。普通の人の場合霊力は微かですから、わかりづらい。霊力の勢いそのもののような悪霊ならば、私たちはすぐに察知出来て、そいつを留めたり、強めたり、弱めたり、消したりもできます。でも霊力から独立した自由意志が逆に霊力をもってそれを自在に操ることができる、そんな悪霊がいれば、それは神出鬼没でしょう」

「僕は霊能の世界には不案内なのですけど、僕らの目標の悪魔がそういうタイプなんでしょうか?」

「たぶん、そうなんだと思います。これって、とんでもないことですよ。だって、悪霊なんて情念から生まれて、それをみたそうと動くそれだけの現象なのに。情念から生まれながら、情念を無視して動き出すんですから、糸の切れた凧のように、もう最初にあった原因から独立した存在になってしまっているんです。あの悪魔が特殊な点、そのせいで兄さんが不意を突かれてやられてしまった点は怨霊や霊力、情念を消したまま動き回れるってことです。弓削さんが気づいて最後に伝えたかったことはこういう事だと思います」

「それじゃあ、今もひっそりとちかくに潜んでいて、ユレさんを狙っている?」

「そうでしょうね。でもここまで判っていれば私たちは相手の裏をかくことができます」


そう言ってユレさんは暗闇の中で笑みを浮かべて僕を見た。


「いいですか。あいつはこの家にごく普通の人間のような成り形で入ってきます。たぶんふつうに鍵を開けて入ってくるでしょう。私たちを探してウロウロし、この部屋を開ける。そこでです。今この部屋には見えないでしょうけど、陰陽術の一つの彌魔逆色裏式……、まあ名前はいいか、ともかく部屋にかかっている結界呪術は悪霊を閉じ込めて、拘束し衰弱させることができるのです。この部屋のドアを開けた瞬間、私の霊力で相手をこの部屋に引き入れおさえます。部屋を開けた瞬間たぶんその時まであいつは私に居場所を知られたくないでしょうから、霊力をもたない人のようなっているので、簡単にできるはずです。部屋に引き込んだ後は結界呪術の餌食というわけです」

「すごいです。ここまで考えていたなんて」


僕は彼女の頬にそっと手を合わせた。彼女は喜んだようにさらに膝の上にのっかかって、顔を近づけた。


「実は、黒場さんに重要な役割があります」

「えっ」

「私が悪魔を部屋を引っ張りこんだら、間髪入れずにドアを閉めてください」

「それだけ?ドアを閉めるのが大事なのか」

「はい。そうすることで呪術が効果を発揮します。<閉まっている>という観念や意味に力を宿らせるのです」

「わかった」


僕がそういうと、ユレさんは完全に僕に倒れ掛かる。僕は彼女の腰を抱いて支える。

僕の運命をなすがままにまかせてしまいたかった。ユレさんの運命とあいつの運命にかかわりが無いのであれば……


微かに玄関から音が聞こえる。ほんの微かな音だったが、まるで死のような静けさのなかでは、全身を震わせる響きだった。今たしかに誰かが鍵を開けた。鍵を引き抜いたらしい音まで、鮮明に聞こえた。そして、とうぜんそのものはドアに手をかけた。


ドアをすこしづつ開く音が聞こえる。今誰かが玄関入りつつある光景が、ありありと脳裏に浮かぶ。そのものはこっちがじれったくなるほど、すこしづつ、すこしづつ行動した。軋んだような音が長く止まった。今確保したドアのすき間から侵入しているのだろう。すこしたった、次は玄関から開けたドアをしめるだろう。開くときと違い閉めるときはほとんど音がきこえなかった。しかし最後にトンッとちいさくドアがはまる音が鳴った。悪魔は家の中に入った。


廊下を歩いているのか?足音は聞こえなかった。もしかして、部屋の目の前にいるのかもしれない。音が聞こえた。リビングと廊下を繋ぐドアが開けられた。今リビングにいる。


ガサガサ


リビングから、なにか漁っているような音がした。少したって音がやむ。


多分、次はこそはここかとなりの部屋に来る。ユレさんの手が僕の手に重ねられる。僕はその手をさらに上から触れた。


ガチャリ


ドアが開いた。隙間からドアノブを押す白い手に、別の手が掴み掛り、一気に白い手の主は部屋に引きづりだされる。出てきた黒い人影をユレさんは全身の体重を使って押し倒した。僕はドアを閉める。


「キャッ」


悪魔は呪術がかかった部屋にまんまと誘い込まれてうつ伏せに倒れた。その上にユレさんのしかかりながら、首を押さえつけた。


「やってやったわ。はあっはあ」

「くっ、がぁ、苦しい」

「苦しめ、兄さん仇だ。呪術をたっぷりその身で味わえ。それと弓削さんと矢橋さんの分もだ。ショッピングモールで火事を起こして人を殺すなんて、鬼め!絶対に許されない。いやまだまだ、そんなもんじゃない、こいつはその何百倍ものことをやってきたんだ」

「痛い、苦しい、焼ける、熱い。やめて」

「焼けて消えなさい。それが報いでしょう!」


ユレさんの瞳にはすこしの容赦も感じさせない、憎しみが宿っていた。


その時、ひとりでにマンションの廊下に接している窓の鍵を下りて、勢いよく開いた。そこから黒い色の塊が、部屋に飛び込んで来た。


「何!」

「ひょろろろろろろ」


その黒い塊はひょろろと狂ったみたいに楽しげ騒ぎながら、にユレさんに勢いよく衝突して、ユレさんをふっとばした。それから少しとまった後、部屋のドアに向かってつっこんでいき、勢いよくドアが開かれ、その黒いやつは廊下を通ってリビングの方へ行った。


窓を見ると、そこからさっきの黒いやつに続くように、さっきの奴よりいくらか小さい黒い塊がぞくぞくと入ってきた。そいつらは真っ先に僕に向かってきて、僕はなすすべなく、取り囲まれた。動くことができなくなり、すこしづつ息が苦しくなって、すぐに何も考えることもできなくなった。


「なんてね、保険をかけておいたのよ」

「なんですって!」

「ショッピングモールにしこたま集めてがちがちに固めた悪霊の集合体を2つに分けておいた。一つは店内で怨念をまき散らせた、でももう一つの方は、私が手綱を繋いで手元に置いておいた。あれぐらい強ければ、この家の結界をやぶることもできるから、私が家に入る前に、時間を置いてこの部屋につっこむように仕組んでおいた」

「ひょろろって言うやつは、もともと成功した音楽家だったらしいが、年と共に顔と体がちょっと人様に出せないほど、醜く変容していった。死ぬ年に70になって初めて、若いころからの持病の特殊な喘息のために長年処方されていた薬に原因がある可能性があるとわかった、そのとき、彼のこの国の薬事行政に対する怒りが爆発した。死後かれは無軌道的な悪意をまきちらす悪霊となった。いまそいつは悪霊集合体の核となって、暴れ馬みたく凶暴で強大な悪霊と化し、私も手を焼かされている。ちなみに、個人的な感想を言えば、同情できるエピソードだと思う」

「……」

「弓削さんがよけいなメッセージを残したもんだし、このぐらい警戒するのは当然だよねえ」

「それに、あなたの霊力の程度もわかった。はっきりいってたいしたことないよ。矢橋さんのほうがずっと強かったなぁ。あのまま続けていても私を消せなかったんじゃない。演技に騙されて、窓の外の注意も忘れちゃったみたいだしね」

「く、矢橋さんを!」

「これでようやく全部終わる。長かった。こんなこと妹ちゃんにいっても仕方ないけ、ぎゃあああ」


言い終わる前に、ユレさんは手を悪魔に向かっておしだすと、悪魔は衝撃を受け、体をうかして、床に倒れこんだ。そのあとユレさんが数珠をとりだし僕の方に一振りする。僕は悪霊から解放される。


「あれ、いないですよ悪魔」

「窓の外です!」


ユレさんは窓に飛びついて、急いで閉めた。


「ドアも閉めて!」

「はい!」


ドアを閉める。ユレさんは乱れた息を整えながら早口で言う。


「またすぐきます」


そういうやいなや、ドアを叩き破る勢いの音と振動が何度も繰り返される。ユレさんは軽くドアに手を置いていた。どうやら、そのおかげでドアが開かないみたいだった。


「黒場さんいいですか。これからドアを開けます。悪魔はまた私が抑えて見せます。黒場さんは部屋からドアを閉めて出ていって、そのままできるだけ遠くに行ってください」

「そんな!」

「だいじょうぶですから、絶対に言った通りにしてください。いいですか?絶対ですからね」


そのとき、白い手がドアの向こうから、ドアをすり抜けて現れた。その手は前腕まで入ってきて、あっと言わせぬ間にユレさんの首元にとどき、締め上げてユレさんをドアに押し付けた。


「ぐわぁああ」


白い手の別の方の手もドアをすり抜けて、入ってきた。そっちはドアノブに手を付けた。


「あっ」

「く、させない」


ドアが開かれる寸前、ユレさんの手が白い手をつかんで止めた。ユレさんは目に見えて消耗していた。悪魔のわしづかみが、ユレさんの生命力をからからまで奪っていく。彼女の眼から光が消えかかっていた。


「ドアを開けます!そのままじゃ、ユレさんが」

「だめです……、絶対にダメ……」


彼女は一瞬目を大きく見開いた後、ドアの前の床にドンッと大きな音をたてて一気に倒れた。白い手はドアの向こうに引っ込んだ。


悪魔はゆっくりと動かなくなったユレさんを押しのけて入ってきた。まず、大きく両手を宙にひろげると、部屋に空気の渦ができて、竜巻のように周囲のものを吹き飛ばした。部屋にある小物が、はがされたり、倒れたり、崩れたり、して部屋の調和を完全に破壊した。最後に窓がひとりでに全開になった。


「これでよし、と。あとはあなたたちね」

「させない」


倒れていているユレさんが、微かに体をふるわして言う。


「まだ戦う気?立てもしないでしょうに」


ユレさんはもうそれ以上ピクリともできないようだった。悪魔は興味を失ったように、ユレさんから目を離して、僕の方をみた。彼女は肩をすくめた。


「まあ、こうなってしまったんだからしかたないよ」

悪魔は、内田と弓削、おそらく矢橋、最後にユレさんも排除することを達成し、今は安堵しているように感じられた。

そして一歩近づいてきた。


その時ユレさんが顎をあげ、ギロリと相手を視線で射止る。その視線に、手負いの獣が死を賭して反撃をするときのような、むこうみずな危険さがあった。


悪魔が一瞬固まる。そのとき、隠してあった体力で俊敏にしゃがんだ姿勢をとり、ユレさんは一歩さきの悪魔に向かって全身全霊の攻撃を繰り出した。


悪魔は攻撃を受けとめたようにみえた。しかし次の瞬間には体がはじけ飛んでいた。


ユレさんは床に手をつき、か細い声で、絞り出すよういった。


「まだです」


僕はすぐに窓を閉めて、ドアに向かう。あいつはまだ健在らしい。


「はやく、行って、逃げて」

「いいえ、ここにいます!」


そういって、ドアも閉めた。


「ここに閉じこもっていても、のこった力じゃすぐ突破されます。部屋の仕掛けもぐしゃぐしゃにされてしまいましたから……」

「僕も最後まで一緒にいますよ。約束しましたから」


ドアに背にして、ユレさんを自分の上に抱きかかえた。体が冷たい。温めるように身体に手を回した。


「真綿で首を絞める、ようにじわじわと部屋の中をとりかこんできてます。きっと私が思ったより強い攻撃ができたからでしょうね。自分でも驚きましたが……」


一気にそう言うと、息切れしたときのようにぜいぜい呼吸した。そして、一息つよく吸ってから一気に絞り出すように、最後の言葉を言った。


「最後まで一緒にいてくれてありがとうございます」


そういって、彼女は目を閉じ完全に動かなくなった。




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