後
早いもので、彼を避けるようになって二週間が経った。
可もなく不可もない平坦な日常。
今日もそんな一日のはずだった。
――異変が起きたのは、友人と一緒に教室を移動中の時。
「えっ、何あの赤い覆面!?」
私は異様な光景に目を剥く。
前方から赤い覆面を被った人が近付いてくるのだ。
「並ちゃん、三津谷君がどうしたの?」
「は!? 三津谷君!?」
えっ、あの赤い覆面の人がどうして彼だってわかるの!?
「……あー、何か、話あるっぽいね。私先に行ってるわ」
友人に置いて行かれた私は、怪しい覆面相手に一人で立ち向かうことになった。
「並木さん」
覆面の下から彼の声が聞こえる。
「えっ、本当に三津谷君……なの?」
ぶっちゃけ変質者かと思った。
「やっと会えた」
「どうしてそんな格好を……?」
よく誰にも咎めれずにここまで来れたものだ。
「だって、並木さん、俺の姿が見えると逃げちゃうし、こうでもしないと会えないと思ったんだ」
こうでもしないとって、それがどうして赤い覆面を被ることになったのかがわからない。
「……意味わかんない。もっとマシなやり方なかったの?」
「あれ? 気付かない? これ、赤い糸を顔に巻いてるんだけど」
そう言って頭に巻いた赤い糸を解き始める。
確かに。言われてみれば見慣れた赤い色だ……。運命の赤い糸の赤……。
そっか。ということは他の人には彼が赤い覆面姿ではなく普通に見えていたわけか。
彼が変な目で見られていないことに、安心すると同時に呆れる。
「バカじゃない? そこまでして、一体私に何の用?」
偶然廊下で会った時に話す程度だったのが、会わなくなった。
ただそれだけのことで、彼の日常に不都合なんてないはずだ。
だけど巻いた糸を解き終えた彼は、思いのほか真剣な眼差しで私を見ていた。
「――並木さん、好きです。俺と付き合って下さい」
「嘘」
「嘘で告白なんてしないよ。並木さんの正直な気持ち、教えてほしい」
――私だって好きだよ。
だから彼に好きだと言われてとても嬉しい。
でもね、彼が私のことを好きだなんて全然信じられない。
「何言ってるの。もう私のことは好きじゃないって言ってたじゃないの」
「ごめん、それこそ嘘なんだ。そうでも言わないと、あの時は君の側にいられないと思った。以前も今も変わらず俺はずっと並木さんのことが好きだよ」
「もう! 冗談はやめてってば! 私たちの運命の赤い糸の繋がりは偽物なのよ!? 付き合ったってどうせ上手くいきっこないし!!」
「今は赤い糸のことは考えないで。君の気持ちが知りたいんだ。……って、もう何となく並木さんの気持ちはわかっちゃったけど。何せ、前回の告白の時と反応が大違いだからね。あの時は瞬殺だったから」
彼は嬉しそうに顔を綻ばせる。
私は図星を刺されて言葉に詰まった。
そうなんだけど……、まったくもってその通りなんだけど、なんかムカつく!
「勝手に人の気持ちをわかったふうに言わないで。違うかもしれないじゃない」
私は悔し紛れに悪態をつく。
「うん、そうだよね、ごめん。だからちゃんと言って?」
あれ? ますます悪状況?
いつの間にか壁際に追い詰められていた私を、彼は囲い込むように壁に手をつく。――いわゆる壁ドン。
うわ、距離が近い。何この状況!?
「並木さんって、いい匂いするね。早く言わないと、俺、何しでかすかわかんないよ?」
な、な、な、なんか急にキャラがちがくない?
彼はさらに顔を近づけてくる。
キスでもされそうな近さだ。
「ほら、早く。それともこのままされたいの?」
彼の息が顔に吹きかかる。
本当にこの人誰よ!?
「――わ、わかった! 言えばいいんでしょ! 好きっ! 私も三津谷君が好きだよ!! 言ったんだからもう離れて!!」
彼はチュッと私の頬に軽く口付けてから離れた。
私は思わずキスされた頬を手で覆う。
「……信じらんない! ちゃんと言ったのに」
「ごめん、俺、自分で思ってた以上に並木さんが好きすぎたみたい。可愛すぎてつい。――とにかく俺達、今日から晴れて恋人同士だね」
「いつか運命の相手が現れて、心変わりするかもしれないけれどね」
彼の嬉しそうな顔を見ると、天邪鬼な私はつい水を差すようなことを言ってしまう。
でも本当にそんな日が来るのは目に見えている。
だって私たちの赤い糸は……。
「やっぱり女の子だね~。運命の赤い糸が繋がっていないのがそんなに気になる? 大丈夫だよ、ほら見て」
彼は赤い糸を見るように私を促す。
「え……? 結び目が消えてる?」
驚いたことに、不細工な結び目はなくなって、滑らかな一本の糸で私と彼は繋がっていた。
どういうこと?
「つまり俺達はちゃんと運命で結ばれてるってこと」
「ええーっ!? 何よそれ!? 運命ってそんな簡単に切れたり繋がったりしていいの!?」
「簡単に、ではないよ。これでも俺、好かれようと陰ながら頑張ったし。偶然を装って並木さんに会ったりとかさ」
「えっ、よく会うなーとは思っていたけど、偶然じゃなかったんだ……」
呆れた。
「運命は自分で掴み取るものだよ」
と彼は得意気に笑う。
ふーん……掴み取るもの、ね。
「とりゃっ!」
「こらこら、何すんの!?」
急に赤い糸に手刀で挑み始めた私に彼は慌てふためく。
「気の持ちようで切れたりくっついたりすることがわかったから、切ろうと思って。前に試した時はきっと気合いが足りなかったのね。ノコギリで切れない糸が手刀で切れるわけがないって、心のどこかで思ってたし」
「だから何で切ろうと思うんだよ!?」
せっかく繋がったのに! と彼は悲痛な声を上げる。
「何でって、まあ何となく?」
私もまさか本当に切ろうだなんて思っていない。
何となく彼の掌で踊らされた感じが気に入らなくて、ちょっと驚かせてやろうと思っただけ。
聞くところによると、彼と前の赤い糸の相手を見に行ったあの後――二週間前から結び目はなくなっていたらしい。
彼を避けてた間は仕方ないけれど、今日はもっと早い段階で言えたよね? 何度も赤い糸の話題出たよね? なかなか言わなかったのはわざとだよね?
うん、悔しかったからちょっと驚かせようと思っただけ。本当だよ?
「あっ、本当に切れた……」
「ええーっ!? 」
「ごめん、まさか本当に切れるとは思わなかった」
「…………」
「ごめんってば」
「…………」
数時間後に再び赤い糸はくっつくのだけど、それまで落ち込んだ彼をなだめ続けるのは非常に骨が折れた。
――二度とこういう軽率な行動はするまい。
とか思いながらもまたやっちゃうのが私なんだけどね。
でも大丈夫。毎回ちゃんと糸は修復されるし、なんだかんだで仲はいい。
ずっと一緒にいようねってこの前も約束したし。……って、何を暴露してんだか。
まあ、とにかく私たちは仲良しってことだよ。
誰も他人ののろけ話なんて聞きたくないだろうし、もうこの辺にしておくけどさ。
久々に文章を書いたので、とりあえず短いのを書いてみました。
読んで下さってありがとうございます!