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 私には運命の赤い糸が見える。

 赤ちゃんから老人まで、あらゆる人から伸びる赤い糸が。


 それは私以外の人は見えていないものらしい。

 小学生の頃、両親や友人に赤い糸のことを聞いてみたことがあるのだが、逆に頭の心配をされてしまうという苦い思い出がある……。

 以来、私は赤い糸のことは自分の胸の内に秘めている。


 ――例外なく私にもある赤い糸。

 右手の小指から伸びる赤い糸は、3メートルくらいの長さでプツリと途切れている。

 たぶん今の段階では、運命の人と出会えていないからということなのだろう。


 まだ私は高校生。

 いつかきっと運命の人に出会えることを夢見ている。


「好きです! 俺と付き合って下さい!」


 放課後、学校帰りに告白されてしまった。

 確かこの人は去年同じクラスだった人。特にこれといって接点はなく、彼の印象は薄い。

 自分の小指を見ると、糸は途切れたままだ。

 それに対して、彼の方の糸は私がいる方向とは逆方向に長く長く伸びている。

 これはたぶん、誰かと繋がっている。

 だって繋がる相手がいない場合は、大抵3~4メートルくらいで切れているから。


 とりあえず告白を丁重にお断りする。

 彼はとても落ち込んでいたけれど、運命の相手は他にいるわけだし、そもそも私は彼と付き合いたいとは思わないので、まあ、仕方のないことだ。


 私は彼を振り切って歩き出す。

 だけど小指が引っ張られる感じがして、振り向く。


 えっ!?

 何やってんの!?


 なんと、先ほど振った彼が、私の糸と彼の糸を強引に堅結びにしているのだ。


「ちょっと! 勝手に結ばないでよ!!」

 私は思わず怒鳴りつける。

「えっ、並木さんも赤い糸見えるんだ?」

 えっ、じゃないでしょ!!


 確かに私以外にも見える人がいることは驚きだ。

 私、頭がおかしい人じゃなかったのねー、なんて妙な安心感もあったりする。

 しかし安心している場合ではない。

 これは非常事態だ。

 私の運命の赤い糸が勝手に結ばれているのだから。


「ほ、ほどけない!」

 必死に結び目を解こうとしても、硬くてびくともしない。

「無駄だよ。絶対解けない結び方を研究したからね。俺たちは固く結ばれている、運命の赤い糸でね」

 何でドヤ顔なのよ!

「自分で結んどいて運命もくそもあるか!」

「女の子がくそとか言っちゃダメ」

「うるさい!」


 解けないのなら、切ればいい。

 彼は誰かと繋がっている自分の糸を切って私の糸と結んだはずだ。考えたこともなかったけれど、この糸は切ろうと思えば切れるのだろう。

「――って、切れないし!?」

 手で切れないから、歯で噛んでみた。でもやっぱり切れない。


「あんた、どうやって切ったのよ」

「さあ?」

「…………」

「うわっ、ギブギブっ! それマジで死んじゃうから!!」

 私は赤い糸を彼の首に何重にも巻いて、力いっぱい締め付けた。

 赤い糸って凶器にもなるのねー。


「で、さっさと吐きなさいよ」

 彼は赤い糸から解放された首をさすりながら申し訳なさそうに私を見る。

「……ごめん。マジでわかんないんだ。無我夢中でやっちゃったっていうか、無意識っていうか……。今までどんなに切りたくても切れたことなんてなかったのに」


 彼は鞄からハサミを取り出して、糸を挟む。

「ほら」

「えっ」

 一瞬でハサミの刃が欠けてボロボロになった。

「ね? 簡単に切れるものじゃないんだ」

 またハサミをダメにしてしまったと呟く彼。


「……解けない結び方を研究してたくせに?」

 私はボロボロになったハサミを見せられてもまだ信じられない。

 切れないのに結び方を研究してるなんておかしいじゃないの。

「――まあ、万が一に備えてね」

 役立って良かったと暢気に笑う彼に殺意が芽生える。


 そうだ。ヤッてしまえば糸も切れるのではないだろうか?


「あ、あの、並木さん? 良からぬことを考えているよね? わっ、わっ、ごめん! 真面目に切る方法を探すから早まらないで!!」

 赤い糸を持ってにじり寄る私に彼は青ざめる。

「――必ず切るって約束してくれる?」

「します、します!! 絶対に切ります!!」

「そう。じゃあ、最終手段はもう少し様子を見てからにするわ」

「さ、最終手段って……」

「普通の人に赤い糸は見えないから、凶器は絶対に見つからないね」

「怖い! 並木さん発想が怖すぎるよ!!」


 とりあえず彼は本気で赤い糸を切ることに取り組んでくれそうなので、今日のところは家に帰ることにした。

 別れ際、並木さんがそんな子だとは思わなかった、と彼が呟くのが聞こえたが、そんなの知るかっての。



***


 一週間、赤い糸を切ろうと二人で試行錯誤してみた。

 ――が、切れることはなかった。


「何で切れないの!? 」

 電動ノコギリもダメだったし、火であぶってもダメ。

 こうなりゃ気合いだと、声を張り上げて手刀で切ろうとしてももちろんダメ。

「……もういいわ」

 私は諦めた。


 ――最初は怖かった。赤い糸が無理やり結ばれたことによって、強制的に自分の気持ちが彼に向いてしまうのではないかって。

 でも実際はそんなことはなく、一週間経っても私の気持ちに変化はない。

 たぶん、人工的に結んだ赤い糸じゃ意味がないんだと思う。

 運命の赤い糸で結ばれた夫婦やカップルで、こんな結び目なんて見たことがないし。


 だからこのまま放置していても害はない。

 私はそう判断した。


***


 糸を切るのは諦めたけど、彼とは学校で時たま他愛のない会話をする程度の仲になっていた。


「あれ~? 並ちゃんって、三津谷くんと仲良かったっけ?」

 彼と話しているところに友人が通りかかる。

「俺ら、赤い糸で結ばれてるから……いてぇっ! 何すんだよ!?」

 しれっと言う彼の頭を容赦なくどつく。

「信じらんない。まだそんなこと言うなんて」

「バーカ。冗談に決まってるでしょ、暴力女」

「誰が暴力女だって?」

「イイエ。ココニハ淑女シカイマセン」

「全然、心がこもってない!」

「あははっ、よくわかんないけど、仲いいんだね~」


「どこがよ!」

「どこがだよ!」

 突っ込む声が彼とハモる。

「やっぱ仲いいんじゃん」

 友人は爆笑した。


 彼曰く、私に恋心を抱いていたのは告白した時までで、素の私を見てからはそんな気持ちはこれっぽっちもなくなってしまったとのこと。

 それを聞いて安心した私は彼と気安く喋れるようになった。ま、取るに足らないことしか喋ってないけど。


「じゃあね」

 と、友人が私と彼に軽く手を振って歩き出す。

 友人の歩く先には、音楽教師の姿が見える。

「…………」

「…………」

「赤い糸……」

「うん、びっくり……」

 まさか友人と先生が赤い糸で結ばれているとは……。

 最近、友人の赤い糸が伸びて誰かと繋がっているっぽいとは思っていたけど、私は音楽の授業はとっていないので、今まで全く気づかなかった。

 どうして、付き合っている人がいることを打ち明けてくれないのか、気にはなってたんだけど、相手が教師じゃ簡単に言うわけにはいかないよね。うん、納得。


「そういえばさ、あんたの本当の赤い糸の相手ってどうなってるの?」

 私はふと気になって尋ねてみる。

 切る前の彼の赤い糸は誰かと繋がっていたはずだ。

「あー、あれね。えーっと……見に行く?」

 実際に見た方がわかりやすいからと、私は彼のクラスまで連れて行かれる。


「窓際にいるあの子だよ」

 彼が示す方向をみると、あり得ない光景が目に入った。

「……なにあれ!?」

 派手な感じの女の子が窓際で三人の男子と楽しそうに談笑しているのだが、小指を見ると糸が三本も伸びており、三人の男子それぞれの小指に続いている。

「以前はもう一本、四本目があったんだよ。俺のはあの子の四本目の糸と繋がってた」

 は? 四本目?

「やだ! 何か不潔!」

 運命の赤い糸って、普通一本じゃないの?

 複数の人と結ばれている赤い糸ってなんかヤダ!!

 思わず彼のことも軽蔑した目で見てしまう。

「誤解! 誤解だから!! 俺、あの子とは全然喋ったこともないし! ……あのね、赤い糸が見える俺としては、やっぱそれなりに運命とか信じちゃってる方だったわけで、四本目で繋がってるのを見た時はさすがにすっげーショックだったんだよ? 切ろうとしても切れないしさ」


 でも、あの子と赤い糸で結ばれていたのは紛れもない事実……。

 何故だろう、心がモヤッとする。

 そもそも私はどうして彼の本来の赤い糸の相手なんかに興味を持ってしまったのだろうか……。


「……よく考えたら、あんたの赤い糸が誰と繋がってたとか、そんなのどうでもいいことだわ」

 私はそう言い捨てて自分の教室に戻った。


 いつからだろう。結び目を見ると悲しい気持ちになるようになったのは。

 深く考えないようにしていたけれど、彼の本当の赤い糸の彼女に嫉妬して、はっきりと自覚してしまった。


 私は彼が好きだ。


 ――そして自覚してからはなおさら結び目を見るのが辛くなり、私は彼を避けるようになった。


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