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公爵家の財務長官  作者: 多上 厚志
第五章
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 たしか公爵が殺した、という話ではなかったか。


 だが、それはダニエルゼが直接公爵から聞いた話だ。貴族の中でも、そういった話はでていないのかも知れない。


(いや、そのような情報があっても、公爵家のものがいる場所で直接話すはずはないか)


 ニコは思うところを口にした。


「それはつまり、聖霊の加護を得ているかどうかを確認するために、ルーク殿下を恐れ多くも拉致したということですね」


 ローランドがニコの視線を受け止める。ニコの問いに答えはなかったが、その沈黙が回答を語っている。

 騒がしい夜会の中で、このテーブルにだけぽっかりとした沈黙が降りる。


 その集団がルークを拉致した。そして、そのまま帰ってこない。

 それが何を意味するのか。


「兄上が連中に拉致されて、加護を受けているかどうかの儀式を受けた。そしてその結果が芳しくなかった」


 聖霊の加護を受けているものこそが、公爵となるべきという理念を掲げる連中が、儀式を受けた公爵家のものが加護を受けていないと分かったときに、どのような行動にでるのか、想像に難くない。


「兄上は、公爵家の長子。護衛もついてます。そのような輩に簡単に拉致されるはずがありません」

「もちろん、正面からルーク様を拉致できるものなど、それこそ公爵領内ではいるはずがございません。ただ、護衛はお手洗いまでついてくるわけではございません」


 お手洗いというのは、例えだろう。たしかに護衛といえども、四六時中ついているわけではない。


 ハルキを見ると、どのように話を継ぐか迷っているように見えた。ダニエルゼは料理に視線を落としたまま、口を開かない。


 ニコは意を決して、舌を動かした。


「ルーク殿下を拉致した連中の目標は、その次に向かうことも考えられるのでしょうか」

「恐らくは」


 公爵の子供は、ルーク、ベルマン、アグネリア、そしてダニエルゼだ。

 次に狙われるのは、ベルマンと考えるのが常套だろうが、そうと限らないようにニコには思われた。


 公爵位の継承のことを考えるのであれば、ルークの次に爵位継承権が高いベルマンだが、この連中はそのようなことを考えていない。あくまでも、聖霊の加護を公爵位にあるものは得ているべきだ、としているのだ。

 とするのであれば、公爵家に連なるものは選り好みせずに、対象となる可能性は高い。


「少し、話が飛躍しているのではありませんか」


 冷静な口調で異議を挟んだのはダニエルゼだ。


「まだ噂の段階の話なのでしょう。噂の全てが真実であれば、それこそ聖霊の加護を得ている人間がソル公爵領内にはいて、そのものが継ぐということになるのでしょう。仮に公爵領のすべての人間に儀式とやらを受けさせて、果たして聖霊の加護を得ているものが現れるのでしょうか。ローランドは、聖霊の加護を得た人間を知っているのですか」

「寡聞にして、知りません」

「兄上は、間違いなく、その連中に拉致されたのですか」

「それも分かりません」


 ローランドがそう応える。その回答に勢いを得てダニエルゼが、口を開きかけたところで、ハルキが割り込んだ。


「ダニエルゼ殿下。この場合、新たな公爵家の後を継ごうとするものが、本当に聖霊の加護を受けているかどうかは重要ではないのです。更に申し上げれば、聖霊の加護が本当に実在するかどうかすら、問題とはなりません」


 重要なのは、とハルキが続ける。


「ソル公爵家の権威の失墜にあります。民衆の間に、今の公爵家は正当なものではないと思わせることができれば、その連中の目的は十分達しているのです。そして、あとは聖霊の加護を得ているものを見つけてきて、公爵の跡継ぎに相応しいと言えばいいのです」

「そのものを見つけるのが大変だと、申しているのです」

「たしかに、見つけるのは大変でしょう。でも、聖霊の加護を得ているものなど、見たことがないのでしょ」

「だから、見たことがないような……」


 ダニエルゼがあっ、というように口に手を当てた。ハルキが頷いてみせる。


「つまり、聖霊の加護を得ているのだ、と言えば、それは誰にも覆すことができないのです。別に右目の下にほくろがあるでも、左腕にアザがあるでも、なんでも構いません。まあ、あまりにありきたりだと、偽者がぞろぞろと現れて大変なことになりそうですが」

「何か、儀式をするような話でしたけど」


 ニコの問いに、ハルキは軽い笑みを浮かべた。


「それこそ、何だって構わない。泥水を真水に変化させるとか、日照り続きの日に雨を降らせるとか、それらしいことをしてみせれば、それで良い。もちろん、種も仕掛けもある儀式をすればいいだろ」


 すらすらと答えるハルキに、ローランドはじっと眼差しを向けてから、ダニエルゼに視線を向けた。


「彼の名前は何と」

「ハルキといいます」


 ダニエルゼが、少し胸を反らして答えた。その様子を見て、ハルキが苦笑する。


「そうですか……いや、さすがは殿下の従者ですね。軽い噂話のつもりでしたのですが、ここまで深く考えるとは」


 ローランドは何度も頷いては、グラスを傾けた。ダニエルゼがますます胸を反らせたところに、見知った顔がテーブルの脇に立った。


「ハルキ様、あまり食事が進んでいないのではありませんか」


 シータがその銀髪を揺らすと、形の良い眉をかすかに顰めた。


「せっかくの料理なのに、あまり箸が進んでいないのでは……」


 そこまでハルキに話しかけてから、シータは何かに気づいたように言葉を止めた。そしてローランドをじろじろと眺めた。


「こちらの方は」


 言い回しだけは合格点だが、シータのぶっきらぼうな話し方にニコは背筋が冷えるような思いをした。


 有り難いことにローランドは、失礼なシータの物腰にも眉をつり上げることもなく、ニコ達に自己紹介をしたときと同じように丁寧な物腰のままだ。


「私は……」


 落ち着いた身振りのローランドの対応に、シータもすぐに丁寧に頭を下げた。

 シータは仲間内以外に、すぐに噛みつこうとする癖をなんとかしないといけない。


 それからは、シータを加えて、いつもの四人の会話にローランドを足した感じで進んでいった。

 途中からは、席を立ち上がり従者達に話しかけていき、かなり名前を覚えることが出来た。

 驚いたのは、爵位を持つ貴族の子弟がかなり従者として夜会に参加していたことだ。

 思いのほか、貴族というのも、長男以外は苦労しているのかも知れない。


 そして、そのほとんどが騎士学校に在籍していた。


 騎士学校に行ったら、なかなか苦労しそうだった。



 ☆



 夜会の会場となっていた館をあとにしたのは、夜も深くなってからのことだ。

 入場の際に、アグネリアと一悶着があった玄関前では、今回は何も言われることもなく、庭番達が頭を下げた。


 門から出てしまうと、とりあえず今夜の仕事を終えた開放感に肩が軽くなった。


 夏の盛りのこととはいえ、夜半も過ぎれば少し肌寒い。来た時には、かなり強い風が吹いていたが、それも止んでいる。

 森閑とした夜道に、ダニエルゼ達の足音が吸い込まれていく。

 ダニエルゼはドレスの裾をはらって、胸の中に夜気を満たした。


『いやぁ、疲れた』


 ダニエルゼのぼやきは、寝静まった家並みに思った以上に大きくこだました。

 隣のハルキを見ると、眉間に皺が寄っていた。


『ハルキも疲れたか』


 眉根を寄せたハルキは、こちらを一度向いてから、正面を向いて歩き出した。


『ヘルト家の次男の話、どう思った』


 ハルキが何のことを聞いているのかは、ダニエルゼにもすぐに分かった。だから、はっきりと言った。


『わからん。聞いたのも、さっきが初めてやしな』

『それはそうだが』


 ハルキは足を止めないまま、沈思する。その後ろを歩きながら、ニコがシータに説教のようであったが、その実態としてはお願いをしていた。

 曰く、もう少し愛想をよくしてほしいこと、あとあまり料理をがっついて食べないこと。


 シータは面倒そうに首を振っているが、たぶん聞いていない。


 部屋に戻ったら、ドレスをベッドの脇に放り投げてすぐに寝てしまおう、ダニエルゼがそう決めた時だった。


 馬の嘶きが闇を切り裂いた。

 馬車を引くにしても、明らかにおかしい。静かな夜に、鞭声を響かせながら馬車を引いては、マナー違反だろう。


 ダニエルゼが振り返るよりも早く、異常に気づいたニコとハルキは立ち止まって、背後に向かって警戒の視線を向けていた。


『下がれ』


 ハルキがダニエルゼの体を抱き寄せると、道ばたに素早く体を寄せた。その勢いに、ダニエルゼは呼吸を止めた。


 ハルキがダニエルゼを庇いながら、背後に回した。

 その前に、ニコとシータが立ちはだかるのが見える。


 馬車の車輪が土を噛みしめながら、迫ってきていた。それも尋常じゃない速度だ。ずっとこのような速度で走ったら、馭者はともかく、乗客がすぐに音を上げてしまうだろう。


 ハルキの後ろで、ダニエルゼは息を殺した。


 ほんの数秒のことだろうが、車輪が軋みながら馬車が迫ってくるのが、ひどく長く感じられた。


(もう、目の前にまで来ている)


 好奇心には勝てない。ダニエルゼは、迫ってくる馬車を見ようと、そろりとハルキの肩から顔を覗かせた。


『顔を出すな』


 ハルキはこちらを見たわけでもないのに、ズバリのタイミングで注意を入れてきた。ダニエルゼは、亀のように伸ばしかけた首をすくめてハルキの後ろに隠れた。


 轟音を響かせて、馬車が通り過ぎる。


 どうやら、本当にただ慌てていたようだ。


『何もなくてよかった』


 ダニエルゼが胸に溜まっていた空気を吐き出した。

 しかし弛緩した空気を纏っていたのは、ダニエルゼだけだった。ニコとハルキは、視線を交差させ、シータは今にも走り出しそうだった。


 ニコとハルキの視線の交錯は、一瞬。


『僕が行こう』


 そう言い置くと、ニコは風を巻き込むような速さで、馬車が消えた道を走り出した。

 その背中は、すぐに闇に溶けてしまった。


 ハルキとシータが、ダニエルゼを守るように周囲を警戒している。


『何があった』


 ハルキは体全体で、ダニエルゼを守るようにしながら、低く呟いた。


『アグネリアがさらわれた』



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