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公爵家の財務長官  作者: 多上 厚志
第五章
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 ソーラス城の4番目の門を潜った先は、高さが五メートルはあろうかという石柱が立ち並ぶ歩廊だった。


 入ってすぐ、左右に大きな鳥居が建っていた。


『ここは、光の聖霊(ソーラ)の神殿なんや。ソーラの総本山は、先日ハルキ達といったビエントの側にあるあそこなんだけどな。ソーラス城内にも分社があるわけや』


 歩きながらのダニエルゼの説明に、春樹が頷く。ソーラの教会は、ここに来るまでにも何度も見ている。教会というよりも外観は、神社にしか思えないものばかりだったが。

 ダニエルゼの声は、高い天井に吸い込まれてから、どこか遠くで反響をしてこだまのように戻ってきた。


 そのダニエルゼの声に混じって、足音が春樹の耳朶を叩いた。

 目を細めると、暗くなりはじめた廊下の奥から数人歩いてくる人達がいた。


「おや、ダニエルゼ。お久しぶり」


 派手な服装をした女が立っていた。その後ろには、侍女が十人ほどついていた。

 女は、豊かな黄金色の髪の毛を、頭の後ろに結い上げ、オレンジのドレスを着ている。そのドレスを飾るのは、星形の紫の刺繍で、星の中心には宝石が縫い込まれていた。そしてそれぞれの星ごとに宝石の色が違った。いかにも重そうだし、生活をするのも宝石が気になって仕方がなさそうだ。

 綺麗な顔立ちの女ではあったが、酷薄そうな薄い目をしていた。


「相変わらず、汚らしい格好をしておりますわね。ああ、お金がないんですわね」


 派手な女が呟いた。毒を吐くという雰囲気ではなく、本当に心の底からそう思っており、ただ淡々とダニエルゼの服装を評価したような口調だった。

 今日の服装は涼しそうですねぇ。今日は、本当に暑いから。

 そんな感じだ。


「アグネリアも、相変わらず無駄に派手な格好をしていますね」


 なるほど、と春樹は頷く。こいつが、姉のアグネリアか。

 お互い丁寧な言葉だが、全く心の交流がないことがわかる会話だ。


「公爵家の長女として必要な服装というものがございます。派手と思われるぐらいが、丁度良いのです。ダニエルゼも心得なさい」

「ご忠言、痛み入ります」


 麗しい姉妹愛という言葉と、対局にある二人であることはすぐにわかった。


「連れている方が、品がないのも変わりありませんね」


 アグネリアは、ニコ、シータ、そして春樹の順番に視線を移した。その視線が、春樹の顔の一点を凝視する。


「しかも、こちらの方は、犯罪者ではありませんか」


 それは春樹の左耳だった。シータを庇うために、ディゲニスという商人をなぐりつけた罪を問われたものだ。

 町では、春樹の耳に視線を向けられることもあったが、面と向かってここまで露骨な視線を向けられたのは、初めてだった。


「犯罪者を城内にいれるなんて、感心しませんわね」


 犯罪者、という言葉に、シータがびくりと体を震わせた。手が小刻みに揺れているのがわかる。アグネリアを見つめる瞳に、はっきりと敵意が宿った。春樹がシータの肩に手を添えなければ、襲いかかっていたかも知れない。


「アグネリア公女殿下」


 アグネリアの前に出たのは、アバーテ伯爵だった。アグネリアの綺麗に整えられた眉が、たわんだ。


「あら、アバーテ伯爵。お噂はかねがね」


 お噂はかねがね、とは意図をはかりかねる物言いだ。だが伯爵はその言葉に過敏に反応することなく、聞き流したようだ。


「殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。ますますお美しさに磨きが掛かったようで、夜会でも評判でございます」

「あら、嬉しいこと。伯爵は、最近はめっきり私どものパーティに顔をだしていただけないので、嫌われたものとばかり思っておりました」

「殿下、それは誤解というものです」


 伯爵は大仰に残念そうな顔を作った。


「私のような田舎貴族は、領地との行き来も時間がかかるものでございます。一度、戻ることがあれば、数ヶ月無沙汰をいたしますのはご容赦いただきたい。実際、私など殿下とお会いできるのを楽しみしておりますれば、公都につき次第、このようにソーラス城にまかりこしました」


 アグネリアは、手の甲を口にあてて頷いた。その瞳に、喜色はない。世辞を聞き飽きたものが見せる冷たい視線があった。


「あらあら、まあまあ」


 アグネリアが笑って……みせた。


「伯爵に免じて、その男のことは不問にいたしましょう」

「恐れ入ります」


(なんだ、この茶番は)


 アグネリアは、伯爵の言葉が単なる世辞であることを知っている。でも、世辞を言われたからには、それに対して何らかの対応をしなければならない。だから、春樹が犯罪者であったことは、気にしないようにしましょう、という態度を取ったのだ。正確に言えば、春樹は()犯罪者だ。過去のことに難癖を付けるのは、アグネリアにとっても、どうでもいいことだったのだろう。目についたから、言ってみた。その程度なのだ。

 すべて建前だけの会話で、中身が空っぽだ。

 こんな会話がずっと続くのではあれば、ダニエルゼがここでの生活をうんざり思ったのは、当然のように春樹には思われた。


「ところで」


 アグネリアが、ダニエルゼに向き直った。


「ダニエルゼは、ソーラ神殿で修行をされていたはずでしょう。光の聖霊の加護ベネディクト・デ・ソーラは得られたのですか」


 ダニエルゼはびくりと体を震わせてから、不承不承といった風に首を振った。


「残念ながら」

「そう。……まあ、この50年ほどは、光の聖霊の加護ベネディクト・デ・ソーラを得たものはソル公爵領内でもいないのですし、あなたが得ることはないと思っていました」


 アグネリアは、そこでダニエルゼ一行に興味を失ったようだ。重そうなドレスを揺らして、お付きの者達を引き連れて歩き去った。


光の聖霊の加護ベネディクト・デ・ソーラって、なんだ」


 アグネリアの姿が完全に見えなくなってからの春樹の問いかけに、ダニエルゼは苦笑を浮かべた。


『おとぎ話の類いさ』


 日本語でダニエルゼは切って捨てる。


『ロドメリア各国は、それぞれに守護聖霊があるやろ。ソル公爵領は、光の精霊(ソーラ)。ウェントゥス公爵家は、風の精霊(ウェンティア)というように。この守護聖霊の加護(ベネディクト)というものがある、と言われているんや』

『言われている、というレベルなのか』

『そうなんよ。結局、加護が得られたかどうかを正確に知ることなんてできないんやからね』

『どういうことだ』

『なんかね、聖霊の加護を受けると、神域でもないのに、聖霊の助力が得られるらしいんや』


 聖霊の助力……、たしかにダニエルゼでなくても眉に唾を塗りたくなる話だ。


『具体的にはどんな助力が得られるんだ』

『いろいろや。でも、はっきりしているのは、聖霊の加護が得られると、聖霊の声が聞こえるらしいで。……おとぎ話やろ』


 ダニエルゼが、呆れたように鼻で笑った。

 だが春樹は笑うことができなかった。心当たりがあったからだ。


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