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公爵家の財務長官  作者: 多上 厚志
第五章
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 馬車は大通りを真っ直ぐに突っ切っていく。

 人波を分断するその走りは、往来する人達に頓着しない傍若無人なものではあったが、馬車の搭乗者の利便性というという一点において間違いなく利点があった。


 みるみるうちに、城が近づいてくる。

 街の人達も、馬車が高速で走ることが分かっている道路の中央には近づいてこない。これはこれで、棲み分けといえるのかも知れない。


 食料品、被服店、飲食店、革物店などに混ざって、一見すると何をしているのか分からない店があった。店の前に商品を並べていないのだが、かなり人の出入りがある店で、6軒程度が寄り添いあって建っていた。


『あれは両替商や』


 ダニエルゼが春樹の視線の疑問に日本語で答えた。


『両替商?』

『なんや、知らんのか。各国の通貨を交換する場所やで。それで手数料をもらうわけや』


 いや、何をするかは分かる。それが国境付近ではなく公爵領内の中心である公都で必要となるのが、ピンと来なかっただけなのだ。だが考えてみると、公都に来た他国の商人と取引するには、どの通貨で決済をするかを決めるだろうから、需要はありそうだ。


 両替をするということは、レートもあるだろうし、ドルのような基軸通貨もあるのかも知れない。


 両替商の店舗の隣にも、同じような作りで一回り大きな建物があった。


『あっちは、債権取引所や』

『債券取引所?証券取引所じゃないのか』

『債券取引所や』


 ダニエルゼが指さした建物は、両替商の店舗と比べると人の出入りが少ないようだった。


「ソル公爵領内の各貴族が発行している債券や、それに他公爵領の貴族の債券の売買している場所だ」

「債券だけですか」


 春樹の言葉に伯爵が不思議そうな顔をした。


「うむ、債券だけだ」


 株式は、と聴こうとして、対応する共用語を知らないことに春樹は気がついた。春樹が知らないだけ、という可能性はある。ただ、この国が細分化された社員としての権利と、有限責任制を特徴とする株式会社形態をまだ編み出していない可能性のほうが高そうだった。


(今度、この債券取引所の中を見てみるか)


 日本の証券取引所で、コンピューター取引となる以前に、値段の指定や、取引単位、決済方法をどのように書面でさばいていたのかを春樹は知らなかった。この国で、債券が売買取引の対象となっているようであれば、株式を流通させることも可能かも知れない、と春樹は考えた。


(経済活性化案として、株式会社組織の導入というのもあり得るかも知れない)



 春樹が考えをめぐらしている間に、馬車は停車した。


 公都ソールの中央、公爵家の城の前で馬車は停まったのだ。

 年代を感じさせる白い壁は、日干しレンガなのだろうか。春樹でもレンガということは分かるが、日本でたまに見た赤いレンガではなく、白茶けたレンガだ。

 この城は、ソーラス城と名付けられている。光の聖霊(ソーラ)の居城という意味だ。ソル公爵家は、ソーラをその守護聖霊としているため、いつでもソーラと共にあるという意味のようだ。

 街の周壁の外から見えた尖塔は、城の一角を占めており、この場所から見上げると腰を痛めそうだ。


 ダニエルゼは、数年前まで城で暮らしていたのだという。あまり、良い思い出がないらしく、城の話を馬車の中で春樹が尋ねると唇が尖るのが面白かった。


 門の前には列が出来ていたが、馬車はその順番を無視して先頭に出る。貴族の特権ということだろう。

 列の中には、商人らしきものが多かったが、ちらほらと濃い茶色の長衣をまとった者達があった。ダニエルゼに聞くと土の聖霊(バスキュラ)の神官達だという。土の聖霊(バスキュラ)は、信者に各地を旅することを奨励しているのだという。


 列の一番前に出た馬車に向かって、兵士達が駆け寄ってきた。


「アバーテ伯爵ご一行、ご到着です」


 城詰めの兵士たちが整列をして、胸の前で手を合わせた。春樹から見ると、お坊さんのように思えるが、これがソル公爵家の敬礼なのだ。


「長旅、お疲れさまでした」


 合掌したままの兵士に、伯爵は軽く手を上げてこたえる。兵士が一歩前に出た。


「本日は、ダニエルゼ殿下もご同行なされていると聞いております」


 その言葉に、ダニエルゼが馬車から顔を出した。


「お勤めご苦労さまです」

「これは、殿下。お久しぶりでございます」


 30絡みの兵士が頭を下げると、ダニエルゼは目を大きくした。


「出世されたのですね、インハルト」

「ははは、出世とおっしゃっても、城門詰めの兵士の頭となった程度のことです」

「あら、真面目に勤務していた証拠です。謙遜する必要はありません」


 インハルトと呼ばれた男は、少し驚いたような顔をしてから、すぐに唇を引き締めた。


「公女殿下にそのようなお言葉をいただき、もったいない限りです」

「皆さんのおかげで、ソーラス城の治安は保たれております。これからも、よく勤めてください」


 ダニエルゼはインハルトだけではなく、兵士達全員に頭を垂れた。

 そのダニエルゼの様子に、兵士達が直立不動になる。


 答礼を受けた馬車が城の中に入る。シータやニコといった従者達も入れてもらえるようだった。ぞろぞろと馬車と一緒に城へと足を入れた。


 城壁の中は、想像以上に乱雑な様子だった。建物が秩序なく適当に配置されているように春樹に映った。道が曲がりくねっており、真っ直ぐに進むことができない。さらにところどころに関所のような門があり、その度に検問があった。


 攻められたときのための備えかも知れない。


 四つ目の門のところで、従者たちは入れないと言われた。更に、伯爵達も下車するように依頼を受けた。

 門の奥に見えるのは、柱が両側に並ぶ歩廊だ。ここからが、ソーラス城の中心部のようだ。


 シータが目に見えて、不満そうに足を鳴らした。


「ハルキ様。ここに残られたほうがよろしいのではないですか」


 シータが心配そうに、春樹を見上げてくる。


「そこまで心配しなくても、良いさ」


 春樹はシータに言葉を返す。大丈夫、と言えるほど実は春樹自身も楽観していなかったのだ。

 ダニエルゼが公爵家にとって、招かれざる客なのは、出立前のゲオルグの話や、馬車内でのアバーテ伯爵の説明から十分春樹も理解していた。ここに来るまでに、襲撃してきた野盗の件もある。

 公爵家は、クリスト公爵その人が伏せっており、跡継ぎであるルークが所在不明、そして、次男のベルマンと、クリスト公爵の弟であるエーゴットが、ルークの不在を良いことに権力争いをしている状況なのだ。そこに妾腹のダニエルゼが戻るということが、ソル公爵家という沈没しかかっている船にどのような風を吹かせることになるのか。


 できることなら、春樹達が力強い夏風となるよう働きかけなければいけない。

 そして操舵輪は、ダニエルゼが握るようにする必要がある。なかなかに難事だ。


『何を心配してるんだ。ニコとシータも中に入って良いに決まってんだろ、もちろん春樹もだ』


 ダニエルゼが手招きする。

 そして三人を隣に立たせた。


「従者だと申せば、三人ぐらい問題なく入れます」


 伯爵が頷いてみせる。


「まぁ、その三人しかダニエルゼ様の付き添いはいませんからね」


 春樹が笑うと、ニコが隣で口元を引き締めて、腰に佩いた刀を鳴らした。


「何があっても、お守りします」

『頼むぜ』


 ダニエルゼと伯爵は先だって、門を潜った。その後ろに春樹が続くと、ニコとシータの足音が続いた。




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