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公爵家の財務長官  作者: 多上 厚志
第五章
74/103

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 野盗は、無表情だった。そして、野盗の剣運びは冷静だ。ダニエルゼを追い詰めるように、剣を振るっていく。この野盗だけ、他のものと比べるとワンランク高い装備をしていることに春樹は気づいた。他の野盗も、鉄製の胸当てをしていたが、この野盗の胸当てには細かい意匠が施されていた。

 一歩ずつ、野盗はダニエルゼとの間合いを詰める。春樹は野盗の剣筋がよく見えた。見覚えのある型、振り、足運びに体捌き。

 つまりは我流ではなく、春樹達がゲオルグから指導を受けた理詰めの剣戟。

 ダニエルゼも、剣は素人の域は抜けだしているが、ニコのように常人離れはしていない。ニコの凄さは、圧倒的なまでの膂力にある。同じように剣を振るっても、刃を交える度に押されていくのだ。同じ剣の技量であれば、膂力に勝るものが有利なのが剣戟なのだ。そして剣の技量もニコは他の追随を許さないのだから、数合すれば叩きのめされるのだ。一方で、ダニエルゼは目の前の野盗には膂力が明らかに劣っている。そして剣の技量も同等に見えた。すると、結果的にダニエルゼが追い込まれることになる。

 ダニエルゼに焦りの色が窺えた。


 剣を持つ手に普段以上に力が入っているのが、見て取れる。あれでは、剣のスピードが落ちる。


 春樹は息せき切って、ダニエルゼと野盗の間に割って入った。

 滑り混みセーフといったところだ。


 そして野盗を問いただす。


「何が目的だ」


 だが詰問は無視された。さすがに春樹も答えが返ってくることは期待していない。


「誰の差し金だっ」


 本当の質問はこれだ。これにも回答など望んでいない。だが、春樹の目的は達せられた。ほんの一瞬、わずかだが野盗に動揺が見られたのだ。

 春樹はその隙を見逃さなかった。


 下段から、剣をかち上げた。野盗の手が跳ね上がり、胴ががら空きになる。春樹はそのまま横薙ぎに剣を払った。


 手に残ったのは、嫌な感触だった。

 一方で、会心の手応え、という小気味いい感覚が脳裏に伝わった。


 致命傷だ、という確信。

 野盗は膝からその場に倒れこんだ。


 初めて春樹は、人を殺した。

 そのことを春樹ははっきりと自覚した。だが後悔はなかった。奴隷解放という、自分の目的のために、人を殺すことがあるということを、春樹は覚悟していた。


(……人を殺す、どころじゃないな。たぶん死体の山ができるだろう)


 カルロを殺したことに後悔をした春樹が、その後悔を塗りつぶすために奴隷解放という目的を掲げた。そしてその目的のために、人を殺す。欺瞞だ。


(けど……)


 と、春樹は思う。その欺瞞を無視できる人間だけが、何かを成し遂げられるのだ。


 春樹は、剣を振って血のりを大地に叩きつけた。

 日本にいたときの自分と、春樹は決別する。


 青い顔をしたダニエルゼが、春樹を見返してきた。


『助かった。でも、まあ、助けてもらわなくても、自分一人でやれたんだけどな』

『へいへい』


 ダニエルゼが唇を尖らせるのを、春樹はいつもの調子で聞き流すことにした。そのまま馬車に向かう。


 伯爵に、この襲撃の黒幕を聞く必要があった。

 この襲撃は、ダニエルゼを狙ったものだった。単なる野盗が、ここまで損害を出して引かないのはおかしい。

 それにダニエルゼの服装は、貴族らしい豪奢なものだった。その服装を目の前にしながら、野盗はダニエルゼを殺そうとしていた。

 貴族令嬢を殺して、野盗に何の得があるのか。


 そんな手間を掛ける理由がないのだ。殺すぐらいなら、人質にとって宝石の一つでも要求するか、身の安全を図ったほうがよっぽど賢い。


 だからこれは、最初から仕組まれていたのだ。


 護衛の目を引きつけておいて、剣技に優れたものが、ターゲットを仕留める。目的が達成できなかったのは、予想以上にダニエルゼが剣を扱えたからだ。


 もしダニエルゼがその地位に相応しいただの令嬢であれば、一刀で野盗に切られていただろう。


(もっとも、そもそもダニエルゼが馬車から出てこなければよかったんだけどな)


 春樹がダニエルゼに視線を向けると、ダニエルゼはむぅと頬を膨らませた。


『あん?なに、ハルキ。もしかしてあんた、私の実力を疑ってる?疑っちゃってんの?あんな野盗なんかね、マジで、一刀両断だっつーの』


 ダニエルゼが隣からがなり立てるのを聞きながら、春樹はシータとニコにも視線を送った。

 すると、二人とも剣を収めてこちらに向かってきているところだった。


 野盗はすべて撃退されたのだ。


(とりあえず、生き残った)


 春樹は安堵のため息を胸に落とした。

 ニコは、苦々しい笑みを浮かべていた。シータは澄ましている。そしてダニエルゼは文句を言っていた。


『ハルキ、後で手合いだぞ。もう剣の腕では、私のほうが上だってことをはっきりさせないといけねぇからな』

『ほぉ』

『ニコは……まだ届かねぇけど。ハルキになら勝てる』


 ま、言わせておこう。




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