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「茶箱で購入するかい。量り売りより、かなりお得になるよ」
「1等級でいくらですか」
「一箱で、600キルク」
「それでは、2等級ではいくらなんですか」
「200キルクでさ」
シータは、眉を顰めた。
というのも、シータが記憶している相場とかなりかけ離れていたからだ。春樹に不当な金額でラリアナ茶を買わせるわけにはいかない。
「店主。1等級の金額が少し高いのではないか」
おや、という風に、商人の男はシータを向いた。
「よく知ってるな、嬢ちゃん。でも、ちょっと情報が古いな。今年は、ウェントゥスからの1等級の輸入が少なくてよ。相場が上がってんだよ。逆に、2等級ばかりが入ってきてるから、2等級は値崩れしてるんだ。どうもウェントゥスの産地で、日照り続きで1等級と認定できる茶葉が少なかったらしい。だから今なら、2等級が買いだな」
シータは、目を細くする。
男の目、口元、手の先、注意深く観察する。そうして、嘘はついていない、と判断した。シータには、奴隷として、過ごすうちに身に付けた能力がある。
それは嘘をついている人間がわかる、というものだ。
まあ、相手の心を覗けるわけではないから、本当に嘘をついているか否かは、はっきりと断言はできない。ただ、かなりの確率で当てられる自信がある。
シータをむち打つ男の顔色ばかりを伺っていたからだろう。あまり好きな能力ではないが、重宝する。
「ふむ」
春樹が何か得心をしたように、頷いている。春樹はこの回答を予期していた節があった。
「ラリアナ茶の相場というのは、毎年変動するものなのか」
「どうだかなぁ。こんなに動くのは、あまりないことだが、毎年少しずつはそりゃあ変動するわな」
「そうか。わかった、邪魔したな」
「あいよ。また、来てくんな」
春樹が軽く手を振って、次の店に向かう。聞くことは、最初の店と同じことだ。同じようにラリアナ茶の1等級と2等級の相場を聞いて回る。答えはいずれも一緒だ。
1等級が600キルク。2等級が200キルク。
もちろん、数キルクの誤差はあったが、大きくは変わらない。
春樹はすべての店で、相場を聞き終えてから、どこか晴れやかな表情で首を振った。
「昨夜、何があったのですか」
シータが尋ねると、ん、と春樹が首をかたむけた。
「一言では伝えづらいけど」
と前置きをして、春樹はダニエルゼと共に、アバーテ伯爵と経理官のアントンと交わした話の内容を、日本語でシータに聞かせてくれた。
あまりおおっぴらに出来ないという判断なのだろう。
『つまりさ』
と春樹は日本語で続けながら、腕を胸の前で組んで、指だけでシータとニコを交互に指さした。
『納税金額が1等級が500キルク、2等級が250キルク。これで相場が、それぞれ600キルクと、200キルク。これじゃあ、誰も、1等級で納税なんかする気にならないさ。だって、普通に売るよりも、納税したほうが100キルクも損なんだから、それでいて2等級は市場で売るよりも、50キルク得だとなったら、誰だって2等級で納税するよな。そもそも不思議でしょうがなかったんだ』
『何が不思議だったんですか』
『だって、そうだろ。地方から納税するために、ラリアナ茶を運んでくるんだから、物はかさばらないほうがいいに決まってる。なのに、みんなが2等級で納税するなんて、少し考えたら、その不自然さが分かる』
言われてみれば確かにそうだ。
けれど、そのことに気づけるかどうかが、大切なところなんだ。
(さすがは、ハルキ様)
シータが畏敬の念と共に、春樹を見つめたときだった。
春樹の肩越しに銀色の何かが横切った。
えっ、とシータは息を止めた。
ほんの数秒、シータは体がこわばった。だが次の瞬間、石が坂を転がり落ちるように、シータは駆けだした。
「お、おいっシータ」
春樹の声が背中に迫ったが、すぐに置き去りにした。
隣に付いたのは、ニコだ。
「どうした」
ニコに問われても、シータはそちらを見ることはしなかった。見失ってしまうのが、怖かったのだ。
今、シータの視線は、兄、ディルクの背中を捉えていた。
後ろ姿でも、間違わない。たしかに、ディルクだ。