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公爵家の財務長官  作者: 多上 厚志
第四章
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「茶箱で購入するかい。量り売りより、かなりお得になるよ」

「1等級でいくらですか」

「一箱で、600キルク」

「それでは、2等級ではいくらなんですか」

「200キルクでさ」


 シータは、眉を顰めた。

 というのも、シータが記憶している相場とかなりかけ離れていたからだ。春樹に不当な金額でラリアナ茶を買わせるわけにはいかない。


「店主。1等級の金額が少し高いのではないか」


 おや、という風に、商人の男はシータを向いた。


「よく知ってるな、嬢ちゃん。でも、ちょっと情報が古いな。今年は、ウェントゥスからの1等級の輸入が少なくてよ。相場が上がってんだよ。逆に、2等級ばかりが入ってきてるから、2等級は値崩れしてるんだ。どうもウェントゥスの産地で、日照り続きで1等級と認定できる茶葉が少なかったらしい。だから今なら、2等級が買いだな」


 シータは、目を細くする。

 男の目、口元、手の先、注意深く観察する。そうして、嘘はついていない、と判断した。シータには、奴隷として、過ごすうちに身に付けた能力がある。

 それは嘘をついている人間がわかる、というものだ。

 まあ、相手の心を覗けるわけではないから、本当に嘘をついているか否かは、はっきりと断言はできない。ただ、かなりの確率で当てられる自信がある。

 シータをむち打つ男の顔色ばかりを伺っていたからだろう。あまり好きな能力ではないが、重宝する。


「ふむ」


 春樹が何か得心をしたように、頷いている。春樹はこの回答を予期していた節があった。


「ラリアナ茶の相場というのは、毎年変動するものなのか」

「どうだかなぁ。こんなに動くのは、あまりないことだが、毎年少しずつはそりゃあ変動するわな」

「そうか。わかった、邪魔したな」

「あいよ。また、来てくんな」


 春樹が軽く手を振って、次の店に向かう。聞くことは、最初の店と同じことだ。同じようにラリアナ茶の1等級と2等級の相場を聞いて回る。答えはいずれも一緒だ。


 1等級が600キルク。2等級が200キルク。


 もちろん、数キルクの誤差はあったが、大きくは変わらない。

 春樹はすべての店で、相場を聞き終えてから、どこか晴れやかな表情で首を振った。


「昨夜、何があったのですか」


 シータが尋ねると、ん、と春樹が首をかたむけた。


「一言では伝えづらいけど」


 と前置きをして、春樹はダニエルゼと共に、アバーテ伯爵と経理官のアントンと交わした話の内容を、日本語でシータに聞かせてくれた。

 あまりおおっぴらに出来ないという判断なのだろう。


『つまりさ』


 と春樹は日本語で続けながら、腕を胸の前で組んで、指だけでシータとニコを交互に指さした。


『納税金額が1等級が500キルク、2等級が250キルク。これで相場が、それぞれ600キルクと、200キルク。これじゃあ、誰も、1等級で納税なんかする気にならないさ。だって、普通に売るよりも、納税したほうが100キルクも損なんだから、それでいて2等級は市場で売るよりも、50キルク得だとなったら、誰だって2等級で納税するよな。そもそも不思議でしょうがなかったんだ』

『何が不思議だったんですか』

『だって、そうだろ。地方から納税するために、ラリアナ茶を運んでくるんだから、物はかさばらないほうがいいに決まってる。なのに、みんなが2等級で納税するなんて、少し考えたら、その不自然さが分かる』


 言われてみれば確かにそうだ。

 けれど、そのことに気づけるかどうかが、大切なところなんだ。


(さすがは、ハルキ様)


 シータが畏敬の念と共に、春樹を見つめたときだった。

 春樹の肩越しに銀色の何かが横切った。


 えっ、とシータは息を止めた。


 ほんの数秒、シータは体がこわばった。だが次の瞬間、石が坂を転がり落ちるように、シータは駆けだした。


「お、おいっシータ」


 春樹の声が背中に迫ったが、すぐに置き去りにした。

 隣に付いたのは、ニコだ。


「どうした」


 ニコに問われても、シータはそちらを見ることはしなかった。見失ってしまうのが、怖かったのだ。


 今、シータの視線は、兄、ディルクの背中を捉えていた。

 後ろ姿でも、間違わない。たしかに、ディルクだ。



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