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伯爵がアントンに、さきほどの春樹の質問に答えるように指示を出した。
アントンは伯爵に恭しく礼をして、春樹に向き合った。
「まず、1本のラリアナの木から収穫できる、1等級と2等級の茶葉の量だが、大体、同量収穫が可能だ。つまりどちらも一箱の半分程度、収穫できる。2本のラリアナの木を収穫すれば、1等級、2等級いずれも一箱ずつの収穫が見込める。もちろん、これは平均的にはという意味だ」
つまり、一対一の割合で茶葉が収穫できるということか。一箱というのが、どれぐらいの大きさの箱のことをいっているのか分からないので、後ほど確認する必要があるだろう。
「どちらの等級もほぼ同数量収穫が出来る、ということですね」
「そうだ。それから、2年間の保管に掛かる支出の見積もりはこれだ。収入の見積もりも付けてある」
アントンが春樹に、紙面を差し出す。
「お前にこれが理解できるのか」
給料 72,000
消耗品 10,000
支出の一枚目は、こう二行書いてあるだけだ。
2ページ目に、それぞれの支出の詳細な見積もりが書いてある。
二人の人間を雇うようだ。
管理人 2,000 12ヶ月 24,000 2年 48,000
雑用 1,000 12ヶ月 12,000 2年 24,000
3ページ目は、消耗品の明細だ。
衣料品や、作業道具、梱包のための包装材に、蝋燭代などかなり細かく見積もりがされていた。殺虫剤のような、少額のものまで考慮している。
しかも購入先の検討もしており、どの商店で購入するのか得になるかも比較がされていた。その金額が、一年間で、5,000キルク。二年間で10,000キルクとなる。
売上に関しては、倉庫に保管できる量から、2年後の収入の見積もりがされている。
納税としての評価額は、50,000キルク。二年後にこれが、150,000キルクで売れる。つまり、差額の100,000キルクがもうけだ。
50,000キルクということは、50,000÷250=200箱を倉庫で保管できる計算になる。
100,000-(72,000+10,000)=18,000
儲けから支出を引いて、利益が残っている。よって、物納されたラリアナ茶の2等級のものをすぐに販売するよりも、2年後に売却したほうが得だと結論付けられている。
よく出来ている見積もりだ。
手抜きをしているところはまるで無く、よく吟味されている。計算が合っているか、頭の中で弾いてみるが問題はない。
さすがは、伯爵家で経理官をしているだけはある見事なものだ。
「意見を聞かせてくれ」
伯爵が尋ねてきた。
アントンは、何か文句があるならいくらでも言ってみろ、という顔つきだ。
太りすぎて、胴回りについた肉が震えている。その肉と同じぐらい、自信も身につけてきているのだろう。これだけの計算を身につけるためには、かなりの努力が必要だっただろう。恐らくは、家伝として仕込まれた計算と、収入や支出の考え方を修めてきたのだ。
春樹は、悩んだ。
あまりにも欠点がありすぎたからだ。
しっかり作成された見積もりなのは、間違いがない。
とはいえ、それは現金の動きだけを示した資金収支の枠内での話だ。日本で会計をきちんと学んだ者にとっては、見劣りするというレベルではなく、及第点すらもらえない見積もりだ。
ただ、欠点をすべて並べ立てては、間違いなくアントンの誇りを傷つけることになる。なるべくなら、敵は作りたくない。
一方で、伯爵の信頼も得ておきたかった。
春樹の知識は、この国と比べると圧倒的に会計技術が進んだ日本で学んだものだ。恐らく、アントンの半分ほどの労力も使っていない。
春樹の目標である奴隷解放への道程において、春樹の使える武器といえば、知識だけなのだ。使いどころを間違ってはいけないし、出し渋っても意味がない。
「いくつか問題があろうかと、思います」
春樹は、なるべく得意げに聞こえないように、3割の事務口調と、7割の慎ましさで切り出した。
しかしそれでも、アントンのまなじりは逆立った。
かたや、伯爵の方は、ほぅと興味深そうに息を吐き出した。
「どこが問題なのか、申せ」
恐れながら、と頭を低くして春樹は説明をする。
「こちらの見積もり、基本的には良く出来ていると思います。少額の支払いまで、考慮されている上、売上にも根拠が明確に示されております」
「世辞は結構」
アントンからの横やりに、春樹は恐縮しつつ頭を下げた。
「2年間の、売上の合計と、支出の合計を合わせた金額は恐らくは、アントン様の作成されたこちらの帳簿通りになるでしょう」
「ならば何が、問題なのでしょうか」
春樹の手元を覗き込んでいたダニエルゼが怪訝そうに質問をしてきた。
どうやら、ダニエルゼから見ても問題のない帳簿に見えたようだ。
3人の視線が集まるのが分かる。
さて、うまく説明ができるだろうか。
春樹は、深く息を吸い込んで、肺の中に新鮮な空気を取り込んだ。




