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公爵家の財務長官  作者: 多上 厚志
第四章
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 第四章より、視点が春樹から離れることがあります。また、場面・人物紹介の関係上、俯瞰視点が混じります。


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 55



 ウェントュス公爵家の離宮は、ソル公爵領との国境に近いウェスターにある。

 ウェスターは、北東にハスタ山脈を仰ぎ見る山あいの村である。住人は山から伐採した木材を売って生計を立てていた。


 地方都市のホーマまでの距離は近く、一時間もあればホーマに出ることができる。


 離宮は、そのウェスターの村から、少し離れた山麓の一部を切り開いて作られている。青い色使いと石造りの外観はウェントゥス家の屋敷全体に流れる統一的な作りだ。

 木が周囲にあるのだから、木造で良さそうなものだが、それでも石造りにこだわるのは、公爵家の体面というものだった。


 その離宮は風の宮(ビエントヴィラ)と名付けられている。


 (ビエント)を冠するのは、これもウェントゥス家の伝統である。


 離宮とはいえ、風の宮には、十室にのぼる客室があり、広間は五十人程度の人間であればパーティが開けるほどの広さがあった。また公務もこなせるように、執務室も備えていた。


 その執務室にある書見台の前に、痩身の男が座っていた。ほりが深い容貌。眉間には皺があり、瞳には濃い知性の輝きがあった。若さよりも、落ち着きが勝ってくる年齢だった。


 ルドウィン・ウェントゥスは、昼食を摂ってから、ずっと書面を読んでいた。

 ふと顔を上げると、窓からは、春の柔らかい風が吹き込んできている。太陽の場所は直接は見えないものの、午後三時といったところだろう。


 ルドウィンが風の宮を使うのは、春の初めから、初夏に掛けてだ。冬は寒いし、真夏は虫が酷い。

 四月下旬の今が、一番快適に過ごせる時季だ。


 そろそろ休憩を取ろうかと、ルドウィンが考えていたところで、ひとつの報告書に目をとめた。

 その報告書の作成者に、視線を落とし、またか、という気持ちになった。


 ハルキ、という名前があったのだ。

 このニホン語風の名前の男がビエントの街の報告書を作るようになってから、ビエントからの報告書の質が格段に良くなった。


 ビエントは、ソル公爵領の南方地方の街だ。それほどの規模はないが、湖と山に囲まれた食料には事欠かない恵まれた街だ。ソル公爵領内に位置しているが、ウェントゥス公爵領に近接した場所にあり、実質的にはウェントゥス家が支配している。

 直近のソルとウェントゥスの戦乱の和解時に、ウェントゥスが実態支配をするが賃借料の名目でビエントから上がる税収の一部をソル家に納めることになっている。この和解案を作成したのは、ルドウィンだ。

 この和解案は、ソル、ウェントゥスの両家の体面を保ちつつ実質的な賠償を勝ち取ることを意図したものだ。バランスのとれた和解案だとして、歓迎されて採用されたものだが、ルドウィンの本当の意図に気づいたものは誰もいないようだった。


(馬鹿ばかりだからな)


 ルドウィンは、ウェントゥス家の嫡男としてその場に参加していた。

 その交渉の場にいたソル家、そしてルドウィン以外のウェントゥス家の代表者たちに、正直なところルドウィンはがっかりした。

 この程度の人間達が公爵領を動かしているのかと思うと、領民があわれに思えた。


 ルドウィンはビエントの街からの報告書をもう一度目を通した。

 やはり素晴らしい。

 ニホン語は抜群で、理路整然とかかれている。無駄に長くもなく、必要なところは余すことなく取り上げており、逆に冗長な文章にもなっていない。また会計報告は突出して秀逸だ。計算間違いが全くなく、また数字を一桁まで記載されていた。


 ルドウィンは、机を人差し指で強く叩いた。


 すぐに扉が開いて、若い女が顔を出した。


「お呼びでしょうか、殿下」


 右肘を折って、胸で拳を作る。ウェントゥス式の敬礼だ。


「ビエントの街の報告書を作っているハルキという男について、分かっていることを報告しろ」

「はっ。その男の名前が報告書に載るようになったのは、昨年の十月からです。それ以前は、ゲオルグ・サマラス名で作成されておりました」

「それは私も知っている。それ以外に知っていることはあるか」

「ございません」

「ふむ」


 簡潔で、明瞭な意思表示、ルドウィンは回答に満足する。しかし、回答内容には不満があった。


「ビエントには内偵を送っているな」

「はい」

「今は、何を報告させている」

「先ほどの話に出たゲオルグ・サマラスについてです」

「ゲオルグについて……か」


 ゲオルグ・サマラスは、ビエントの街の領主をしている。優秀な武官で、ソル公爵領の領民からは英雄視されている。貴族からの人望もあるようだ。確かに監視をする必要はあるだろう。


「その他には」

「ダニエルゼ・ソルについてです」


 ダニエルゼ・ソルは、公爵家の次女だ。

 この女については、ルドウィンはよく知らない。ビエントの街にある教会に、放り込まれたという程度の情報しか持っていない。ソル家は、相続争いにならないように、継承権の低いものを教会に入れてしまうことが良くあるのだ。妾腹というのも、ビエントに飛ばされた理由かも知れない。


「その他には」

「ございません」

「では、その二人に関する報告は最近入っているのか」

「昨日、ダニエルゼ・ソルについて入っております」

「どのような内容だ」

「ビエントを離れたということでございました。」

「行き先は」

「不明です。ただ、報告者からは、恐らくは公都のソールではないか、という意見が付されていました」

「なるほど」


 その意見に、ルドウィンも賛成だ。ソル家は、今、公都で公子のルークが失踪するという事件が起きている。その関係で呼び戻された可能性は大いにあり得る。

 ルーク失踪については、ルドウィンもかなり大がかりに調べてはいるのだが、まだ行き先はわからない。どこかの国から暗殺者でも送られたのかも知れないし、もしかしたら病気でソル家が隠しているのかも知れない。今のところ、予断は許されない状況だ。


 さて、とルドウィンは頭を切り換えた。


「今後、ビエントの街からの報告にハルキを加えよ」

「わかりました」

「下がって良い」


 女が部屋から出て行くのを見送ってから、ルドウィンは立ち上がった。

 手にはビエントからの報告書を持っている。


 窓辺から、外を眺める。遠くにホーマの街並みが見える。

 この景観の良さも、ここに離宮を作った理由だ。


(さて、このハルキという男、どうするか)


 優秀な人材は、なるべく迎え入れて重用したいところだ。

 だが、簡単にウェントゥス家に鞍替えするような人間が信用することができないのも、また事実だ。

 ただ一つ言えることは、ルドウィンの策には、ビエントに財務に明るい官吏がいると邪魔なのだ。


(結局は死んでもらうことになるかも知れん)


 ルドウィンはそこまで考えて、思考をやめた。

 いずれにしろ、一度報告を受けてからのことだ。無駄な思考ほど、労力を費やすことはない。

 ルドウィンは息を吐き出すと、お茶を持ってくるように頼むために指を鳴らした。



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