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公爵家の財務長官  作者: 多上 厚志
第二章
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 春樹は共用語の聞き取りについては、かなりうまくなっていたが、話すのはまだ心許ない。そのため、イエナに同時通訳を頼んだ。

 イエナは、日本語を話すときは、妙なアネさん口調なのだが、共用語はとても丁寧に話す。そのギャップに、突っ込みを入れたくなるのだが、イエナはどうも意図的に、共用語は恭しく話をして、日本語はつっけんどんに話しているようなのだ。

 イエナは、春樹に呼ばれて隣に立つと、小さく咳払いをした。


『さて、みなさん。ご存じの通り、ハルキはまだ共用語がままなりませんので、僭越ながら私が通訳をさせていただきます。なにぶん、同時通訳は、初めての経験ですので、つたない点もあろうかとは思いますが、どうぞご容赦ください』


 これだよ。

 言葉だけ聞いていると、本当にイエナなのか、と言いたくなるのだ。


 イエナの顔つきは、真剣そのもので、この場の雰囲気にマッチしているのだが、どうにも春樹の頭の中で、声と話す内容がマッチしないのだ。

 それに、同時通訳は、初めてなどと言っているが、実はこうなることを見越して、かなり練習をしてきている。通訳をしてもらう内容の詳細については、伏せたままだが、会計関係の日本語と共用語をつきあわせてある。


「では、集計期間についての説明をします」

『では、集計期間についてご説明いたします』


 春樹の言葉をなぞるように、イエナが通訳をしていく。


『こちらの損益計算書の集計期間を、1月から6月としております理由は、メニューを変更したからです』


 カルロは、すでにそのことに気がついていたようだ。期間についての質問をしたニコはなるほどと手を打っている。

 食事のメニューを5キルクと10キルクに統一したのが、7月の半ばのことだ。


『メニュー変更により、売上の金額や、仕入れが大幅に変更されました。そのため、前期と比較する意味がないために、前期の分については作成していませんが、メニュー変更後の損益計算書は作成しています』


 そう言ってから、春樹は新しく損益計算書を出した。


『これが、メニュー変更から三日前までの損益計算書です』


  当年

 仕入  6,512   売上  8,150

 給料  2,512   損失  874



 食堂にいるすべての者が、損益計算所を覗き込んだ。

 流れからすると、損失という言葉の意味を説明する必要があるのだが、ありがたいことにここにいる者たちは、その意味を完全に理解してくれたようだ。


 顔色が明らかに悪くなっている者たちがいたのだ。


 レヴァンと、エリックだ。

 皿洗いをしている間に、毎日のように話していた気の良い人達だ。

 だが、気の良い、というのと、不正をしないというのはイコールで繋がらないものだ。会計上の不正をする者には、ある共通の特徴がある。


 それは、商売の全体、或いはお金を扱ういずれかの部門を完全に任せられていること。そして、その部分に関して、誰のチェックも受けていないこと、だ。


 よくドラマでは、チェックをかいくぐるように必死になって隠蔽をしている場面があるが、あれはごく一部の例外だ。

 不正をする者は、不正をしても誰にも咎められない状況にあるからこそ、不正をするのだ。つまり、ちょっとした出来心で、不正というのは発生してしまう。そして、咎められないからこそ、エスカレートしてしまう。


 デニスの食堂のシステムで、それに当てはまるのは、デニス本人と、レヴァン、エリック、カルロの三人、これだけなのだ。


 その三人のうちの一人であるレヴァンに、春樹は問いかける。


『どうして、突然、損失が発生しているのでしょうか』


 レヴァンは、何も答えない。


 しばらく、無言の時間が流れた。


 その沈黙を破ったのは、やはりカルロだった。


『メニューを唐突に変更したために、売上が落ちて、結果的に利益が少なくなったのです。考えてみて下さい。6キルクや7キルクのメニューは、大体5キルクになって、8や9キルクだったメニューが、10キルクになったんです。お客さんは、そりゃあ、反発もしますよ。いくら正しく売上を把握するためとはいえ、あれはやり過ぎでした』


 メニューの組み替えの際に、内容を見直して、原価と売上の比率を練り直しているとはいえ、大幅なメニュー変更のため当然、客から反発があった。それに対して、5と10にメニューを統一することにより、売上の勘定の間違いをなくすためだ、と説明して納得してもらったのだ。

 そのことが売上の低下に繋がったと、カルロは言っているわけだ。


 もっともな理由だった。

 そきほどの材料の廃棄が増加した、という理由と同じように、誰にも確認ができそうにない、という理由で、素晴らしい弁解だ。


 だが、さっきの材料の廃棄と、今回のメニュー組み替え、という弁解は、実は全く同じではない。

 たった一つ、違う点があったのだ。


 何が違うのか。

 それは、カルロの今回の弁解に関しては、春樹に明確な反証の材料があるということだ。


 春樹は、資料の山の中から、ひとつの紙束を取り出した。


『これが何かわかりますよね』

『私や、レヴァンさん、エリックさんがつけた売上の表ですね』


 それは、毎日の売上を、その日の売上担当者につけてもらったものだ。

 5キルクの食事をした人数と、10キルクの食事をした人数を記載した資料だ。

 この資料と、実際に現金として手元に残った金額を春樹は念のために毎日つきあわせていたが、基本的には間違いはなかった。

 この資料は、お金を抜いた上で、それと資料の辻褄を合わせればいいだけの話で、現金とつきあわせるだけでは、ほとんど意味のないものだ。


『カルロは、この資料を私がどのように使用していたと考えていましたか』


 その質問に、カルロは今夜初めて戸惑った表情を見せた。


『現金の残高のチェックに使用していたと考えていました』


 ……やはり。

 それだけのために、この資料を作らせていたとカルロは考えていたか。


 この瞬間に、春樹は不正の調査という自らに課せられた仕事をやり遂げたことを確信した。



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