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公爵家の財務長官  作者: 多上 厚志
第二章
35/103

35



「いいですよ」

「何がいいですよ、だ。ハルキには、承認する権利も拒否する権利もねぇよ。私が教えてやるんだから、ありがたがって拝むのが筋ってもんだぁな。それから……」


 イエナはどこか得意げな顔をしてみせてから、ポケットから木の実を取り出した。


「これやんよ」


 それは、淡い赤色をした木の実だった。大きさは、小指の先ぐらい。イエナは同じものをもう一つポケットから取り出すと、口の中に放り込んだ。

 やってみろ、とイエナが促すので、春樹も真似て口に入れる。


 グレープフルーツみたい。

 というのが、春樹の感想だった。柑橘系の味だ。


「ラリアナの実だ」


 赤い実の中には、種が一つ入っていて、これは食べられないようだ。イエナはペッと地面に種をはき出した。

 続けて渡されたラリアナの実を、春樹はマジマジとで観察する。見た目は、リンゴをミニチュアにしたように赤い。だが触ってみると、弾力があって、プニプニとしている。手触りは、ブドウのようだ。

 春樹は、今度は口に入れずに、表面をかじってみた。

 ジワリと、酸味のある果肉が口の中に広がる。


「うまいな」

「だろ」


 春樹の言葉にイエナは、満足そうに頷いた。


「まだまだあらぁ」


 イエナのポケットから、信じられないぐらいの大量の実が出てきた。


「どこから、こんなに取ってくるんだ」

「今の季節は、ちょいと山に入ったら、いくらでもとれんよ」


 これだけ春樹に渡しても、まだまだストックがあるようで、イエナは今度は三つまとめて実を口に入れて咀嚼する。

 そして、うまい具合に、種だけを三つ口から飛ばした。

 なんとなく、カッコイイ。


「それで、どうよ。帳簿の調査のほうは」

「まあ、なんとかやってるけど。まだ調査中ってところだな」

「おいおい。私にもだんまりかよ」


 イエナが唇を尖らせて見せた。


「まぁ、しゃあないか。ハルキも思うところはあるんだろうしな」


 んで、とイエナは言葉を継いだ。


「ハルキはこれからどうすんの」

「どうするって、何が」

「シータの兄を捜すの手伝ってやるっていってんみたいやけど、それが終わったらどうすんだ」

「そんな先のことまで考えていないな。とにかく、食堂の不正を突き止めないと」

「はぁあ」


 イエナが語尾を上げた。


「そんなに会計の知識持ってんのに、何ちっちぇこと言ってんだ」

「なんだ、ニコ達みたいに夢を語らないと駄目か」

「ああん、夢だぁ」


 そこでイエナは呆れたような声に、少しの怒りをにじませた。


「ニコやカルロが話しているのは、夢なんかじゃねぇ。あれはなぁ」


 イエナは良く聞けとばかりに、春樹の顔をのぞき込んだ。


「あれはなぁ、(こころざし)ってんだ。志のひとつも持てねぇで、てめぇは何のために生きてんだ。何のために、会計を修めたんだ」


(何のためにって……それは税理士になるためだろ。そして……それから……)


 春樹は頭を振った。


(何をしたかった……なんてものはなかった。何かをしたくて、税理士になったわけじゃない。ただ、食いっぱぐれないためだ。特に、やりたいこともなかったから、母の真似をして、税理士になったんだ)


 飯の種となる資格を取得して、生活に困らないようにするため。

 それは、税理士となる理由として、不純なものではないはず……だ。なのに、そう言ってしまうことは躊躇われた。

 春樹は、黙ったまま、フォークをこする手に力を込めた。

 イエナは言いつのった。


「分かってんのか。どこでそんだけの会計知識を手に入れたんか、知らねぇがな。てめぇの会計の知識は、この国で一番なんだぞ。その知識を無駄にしたら、もったいないだろう」


(この国で一番って)


 言い過ぎだろう。

 決して大きいとはいえない食堂の売上げの不正を突き止めるのに、ひぃひぃと言っているレベルなのだ。


「まぁ、いいやな」


 イエナは、自分の膝の土を払った。そして、片方の眉を上げた。


「とにかく、私もその帳簿をつけている責任があるんやからな。手伝ってほしいことがあったら、遠慮のう言えや」

「はいはい」


 春樹はフォークを洗う手を止めずに答えた。ふと遠ざかるイエナの後ろ姿を見る。

 あれっ、と首を傾げた。

 その背中は、どう見ても、少女のものだ。

 それはそうだ、イエナはまだ16歳のはずなのだから。けれど、さっき話していたときは、自分よりも年輪を重ねた女性のようだった。


 その背中に向かって、春樹は声を掛けて呼び止めると、ラリアナの実について一つのお願いをした。



長かったですが、第2章は終わりに近いです。


まだ、メインキャラクターが揃っていません。

のんびりお付き合いください。

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