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公爵家の財務長官  作者: 多上 厚志
第二章
34/103

34



 春樹は心の中で、背筋を伸ばした。


「いま、調査中だからなぁ。なんとも言えない」


 カルロは、春樹の中で下手人筆頭だ。なにしろ、計算力が抜群にあるのだ。昨年からの売上げの減少の仕方が、不自然なまでに規則的であり、それは裏返せば、規則的にお金を抜き続けているからではないか、と春樹は考えていた。

 売上げの勘定をしているのは、カルロ以外にも、レヴァンとエリックという従業員が担当しているが二人の計算力はカルロと比べるとかなり落ちる。今回、春樹が店に勤めることになったために、基本は教えて、更に5と10の計算だけは徹底的に反復練習をさせたので、5の倍数の計算だけは、かなり早くできるようになっている。

 だが、売上げを常に一定金額を抜き続けるのは簡単なことではない。ましてや春樹が二人に計算を教えたのは、つい先日の話だ。

 となると、実質的な容疑者はもはや一人しかいない。


「ふーん」


 カルロは軽く、視線を春樹に流してきて、腕を組んだ。


「今は、全く不正は見つかってないのか」

「まぁな」


 春樹も、調査中の案件について内容を話すほど、口は軽くない。またゲオルグやデニスからの信頼にも、応える必要がある。


「少し前から売上げ数を記録するように言われているが、そちらはどうなんだ」

「後でデニスに報告するから、デニスからカルロに話して良いと許可が出たら話すさ」


 カルロが舌を鳴らした。


 たぶん、カルロも、春樹が調査中のことを話すなんてことは期待していない。それでも、言葉の節々から、推測をしようしているのだ。

 カルロの言った売上げ数の記録というのは、売上げの勘定を担当したものが、その日の売上げをその場で記録していくという取り決めだ。

 指示内容は簡単で、10キルクの売上げと、5キルクの売上げを、お金を回収するごとにつけていくというものだ。一番の狙いは、お金を抜いては駄目ですよ、という売上げ勘定を担当しているものへの圧力だ。

 この記録そのものが直接売上げ不正を暴く証拠になるとは、春樹は考えてない。何しろ、5キルク抜いて、5キルクの売上げを一つ記録しないだけで、売上げと売上げ入金は一致するからだ。

 それよりも、売上げについても疑っているんですよ、という表明をすることがよほど大切だ。不正は、経営者の無関心をついて行われるからだ。


「あの記録は、ハルキの手元にいっているのだな」

「もちろん」


 カルロは、春樹の言葉に納得したように頷いた。そこに焦りの色が無いことを、春樹は読み取った。

 やはり、カルロもあの記録で、売上げの明確な不正を見つけることは難しいと、分かっているのだ。


 そこまで話したところで、厨房から、二人を呼ぶ声が聞こえた。フロアーに入れということだ。


 カルロはそのまま厨房の中へ戻っていった。

 一歩遅れて、ニコが厨房に向かう。

 その時、一瞬春樹と視線があった。ニコは何かを言いたそうに口を開いたが、結局、何も言わずに厨房に入ってしまった。


(うーん、わからん)


 春樹は心の中で、一度首を振った。

 カルロが春樹の内心をどこまで読んでいて、ニコが何を懸念しているのか。


 春樹は超能力者でも、心理学者でも、カウンセラーでもない。顔色をうかがうことはできても、正確な心の中まで、分かるはずも無い。


 春樹は、厨房から洗い物を持ってきて、井戸の横で洗うことにした。

 ためてあったのは、フォークだ。このフォークという食器は、まじめに洗おうとすると股の部分の汚れが落ちにくい。そのため、少し水につけておいてから、洗うことにしている。フォークと比べると、箸やスプーンなんかはとても洗いやすい。


 春樹はフォークを洗いながら、さきほどのカルロの態度を思い返す。


(確かに、このままじゃあな)


 売上げの不正を、確実に誰がしているかを指摘するには、あと一歩足りない。


 ごしごしとフォークをこすっていると、元気に駆けてくる足音が聞こえた。


 見ると、イエナがこちらに向かって走ってきた。


「おいっ、ハルキ」

「はいはい、なんだよ」


 春樹はフォークを洗う手を止めて、イエナに向き合った。

 どうも、イエナ相手だと、春樹のはしゃべりはぞんざいになる。


「お前、シータと勉強する約束をしたらしいな」

「耳が早いな」


 イエナは、肩をそびやかした。


「私も出てやんよ」

「は?」

「だから、私も一緒に勉強してやんよ」


 なんだ、このイエナの日本語のネイティブ感は。たまに春樹よりも日本語がうまいのではないか、と勘ぐってしまう。


「いいのか」

「いいも何も、私がやってやるっつってんだから、いいに決まってらぁ。てめぇは、大船に乗った気分で、左うちわでいいわな」


 だが、このイエナの日本語をシータが覚えるのかと思うと多少不安になる。

 この国の日本語がどういう風になっているのかは、春樹にはまだわからないことが多い。ただ、ゲオルグが綺麗な日本語を話すところをみると、きっと春樹の知っている日本語が、多数派なのだ。


 そこで、不意にゲオルグと初めて会ったときの言葉を思いだした。

 たしか、ゲオルグは日本語を教えてほしい、と言っていた。

 しかもその言葉のあとに、共用語が分からなくても良い、と続いていたはずだ。


 そしてイエナは、町の人から、イエナ様、と呼ばれている。


 かちゃり、と春樹の頭の中で、パーツがぴたりとはまった。



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