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先週に引き続き、今週末も小説を書く時間がとれません。
元々早くない更新が、さらに遅くなります。
気長に待ってもらえれば、幸いです。
デニスに詰め寄られて、ニコが一歩後ろに下がった。
迫力に負けたというよりも、思いも寄らない言葉を掛けられて戸惑っているように見えた。
『どうなんだっ-----』
煽るような、デニスの言葉が続いたが、春樹のヒアリング能力を超えてしまって、何を言っているのかが分からなくなる。
デニスは、口角から泡を飛ばすように、ニコを問い詰めている。それに対して、ニコも逃げるでもなく正面から受け止めて、弁解らしきものを返しているが、やはり理解できない。
(まずい)
これでは、春樹だけが蚊帳の外で、事態についていけなくなってしまう。
(どうすれば良い)
春樹の懸念を余所に二人は、どんどんヒートアップしている。デニスは、もうニコの言葉をまったく聞いていないようだ。
デニスは、ニコの言葉に重ねるように罵るだけだし、デニスは、必死に言い訳を繰り返しているだけだ。雰囲気からして、不毛なものに感じ取れた。町の住民も何事かと集まり始めている。
春樹は、周囲の人達の顔色を伺った。
様子を見る限り、かなり深刻な事態のようだが、二人の間に仲裁に入るものは見当たらない。
春樹は、今いる場所の近くで、乱闘をした自分自身のことを思い出していた。
(こんなところで殴り合いをさせるわけにはいかない)
春樹の相手は、見知らぬ相手だったが、デニスとニコは家族のようなものだ。春樹は二人とも良く知っている。その二人が、乱闘をするところは見たくなかった。
「二人とも、落ち着け」
間に入って仲裁する。
こういったとき、言葉が通じなくても、何を言っているのかかなり正確に伝わるものだ。デニスは春樹を睨み、ニコは瞳に安堵の色を浮かべた。
どういったやり取りをしているかが、分からないため、春樹は領主館に戻ることにした。
「ゲオルグ様をお呼びしてくる」
春樹は踵を返した。その背中に声が掛かった。
「待て。ハルキ」
焦ったその声は、ニコのもの。
「それ駄目。ゲオルグ様に悪い」
「だが、日本語が流暢と呼べるのは、ゲオルグ様かイエナぐらい」
そこで、ニコが眉を上げた。
「ハルキ。君、イエナ様といったい……それはいい。通訳、僕がする」
また、イエナ様。
どうやら、イエナは、ただの生徒ではないようだ。
「ニコ、君の通訳はあまり正確ではない。それに当事者の通訳では、公正じゃない」
「いい。とにかく、食堂、行く」
デニスは、すでに食堂に向かって歩き始めていた。
それを追って、ニコと春樹が続いた。歩きながら、ニコから、何があったかを聞いた。
ニコのつたない日本語を組み合わせて、春樹は流れを理解した。
まず、食堂の売上げ金が極端に少ないことに、売上げを集計しようとした者が気づいたのだという。これがつい先ほどのことだ。
そうして店内にいたものが、上を下への大騒ぎをした後で、裏の小屋にあったニコの仕事着の中から、かなりの金額の硬貨を発見したらしい。
それを聞いたデニスが血相を変えて、食堂から領主館に向かうところで、ニコと春樹に出くわした、ということのようだ。
起きたことを要約すると、そういうことらしい。
とにかく、現場を確認しないといけない。
春樹たちが転がり込むようにして、食堂に入ると、騒ぎのためか、客は一人もいなかった。代わりに、いつもより多くの店員がいた。休んでいたものにも声が掛かっていたようだ。
デニスは、店の裏手にある小屋に向かった。
先日、春樹とイエナが、メリッサと話していた小屋の隣にあるものだ。
そこで店員は、エプロンのような仕事着に着替えて、店に出る。
その仕事着の一つから、キルク硬貨が出てきたということなのだろう。
デニスが手に持っている仕事着が、ニコのものらしく、そのポケットは異常に膨らんでいた。
デニスは無言でポケットから、硬貨を出して見せた。
ソル、イグニス、ウェントュス、バスキ、アクワ、五つの公爵家をまとめ上げた初代ロドメリア大公の横顔が刻印された硬貨だ。鉛や、鉄などの混ざりもののない銀貨。かなり信用性の高い、キルク硬貨である。
その硬貨が、十枚。ポケットから出された。
これを盗んだ、というのだろうか。
100キルク硬貨が10枚。すなわち、1000キルクだ。
ニコがこれを盗んで、ポケットに入れたとデニスがいうのであれば、春樹はニコを擁護する言葉を、軽く五つは並べることができる。
だが残念なことに、それは日本語でしか無理だった。
結果、ニコは、売上げ金を勘定する役を降ろされてしまった。