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公爵家の財務長官  作者: 多上 厚志
第二章
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 春樹から見て、シータが右手に、ニコが左手にすわる座席位置となった。シータが春樹の隣に座ろうとするのは、心細いというのがあるのだろうと気にはしなかったが、最近ニコも隣に座りたがる。

 その理由も、ちょっとわかり始めていた。


 単純に、ニコは春樹の数学と日本語の知識に興味を示しているのだ。授業に出ていれば、その二つの教科に関していえば、春樹がゲオルグを上回っていることが分かるのだろう。

 特に、ニコは数学をしっかりと学びたいと考えているようだ。


 デニスの食堂での売上げの計算をしているのは、数人いるが、その一人がニコだ。

 ニコの計算能力では、単純に金額を数えるだけでもまだ覚束ない。正直、春樹が店長であれば、絶対にニコに売上げ計算を任せたりしない、というレベルだ。


 デニスが言うには、数字が読めるだけで十分、らしいのだが、正直ひやひやものだ。

 日本でも、パートの募集で、小数点の計算できない、或いはかけ算がまともにできないという人がくると、顧問先の食堂の店主が嘆いたのだから、あまりこの国の状況を嘆いてばかりもいられないらしいのだが。


『よ、ニコ』


 そのニコの前に、目つきの鋭い少年が座った。ニコといくつか会話をかわしたが、早すぎて春樹には正確なところが理解できなかった。

 少年は、かなりの痩身だ。

 名前をカルロといい、ニコと同じくデニスの奴隷である。

 ニコと比べると、授業を受ける態度はすこぶる悪く。私語は当然のこと、平気で授業中に寝ていたりする。それなのに、元々頭のできが良いらしく、当てられてもそつなく答えたりする。

 計算はニコよりも数段早く、正確にできる。そのため、どうもニコを見下すような態度をとることが多い。デニスの食堂の売上げを計算している一人で、ニコが計算をしようとすると、取り上げしまうようなことがよくあるらしい。


 そもそも計算なんて、何度もやって覚えるものだろう。

 と、春樹は思う。

 同じ問題を何度も繰り返して、基本的な計算を確認するという過程をこの国ではやらない。ニコにどうすれば、計算速度が速くなるのか、と聞かれたので、とにかく同じ問題を繰り返すようにアドバイスをしたら、すこぶる嫌そうな顔をされた。


 カルロにいたっては、分かっているものを、再度解くことに意味はない、と言わんばかりで、小馬鹿にされた。

 ただ、計算は、頭で考えてその上で結果を出しているようでは役に立たない。計算の過程を飛ばして、結果が頭に浮かぶレベルにならないと道具としての価値がない。そのことを、ニコに説くと、最後には納得してくれた。

 こうなると、現金なもので、春樹は桁の繰り上がり、繰り下がりを含んだ計算問題を百題ほど作って、ニコに渡した。

 最近、ニコはその問題を毎日、一度解いているらしく、みるみる内に計算する力がついてきた……ような気がする。


 昼からの授業の流れに、春樹もかなり慣れてきた。

 剣術の授業も、筋トレをメインでこなしつつ、剣を振っても肘を痛めることなく参加できるようになった。これは筋肉がついたというよりも、剣を振ることを体で理解し始めたからだろう、と春樹は考えていた。更に、地理の授業でこの国の形が徐々に見えるようになってきた。

 なにしろ、シータの兄を捜す手伝いをする、という目的がある。

 一つ一つの授業をどのように捉えて、その目的に活用するかを考えていると、退屈をする暇は無かった。


 夕方、春樹はニコと一緒にデニスの食堂を向かった。

 あるお願いをデニスにするためだ。

 このまま帳簿と睨んでいても、不正の原因を発見することができないから、次の一手を打たなければならない、と春樹は考えていた。


 西日を受ける二人の後ろには、カルロがついてきていた。同じところに向かおうとしているのだから、当たり前のことだが、わざわざ離れて歩いているところが、彼らしい。

 カルロは、教室でも他の子供と打ち解ける様子を見せない。

 どこか、鼻をつくような発言をすることが多く、他の子供たちも、カルロとどのように接していいか分からず遠巻きに見ている。


 そのカルロに向かって、ニコが手を振って、こちらに来るように呼んだ。だがカルロはそれに答えることなく、殊更に無視すると、道路を曲がってしまった。

 ビエントは小さな町だ。

 デニスの食堂に行くには、間違いなく春樹たちの歩く道が一番の近道なのだが、それを敢えて逸れて別の道を行ってしまった。


『すみません』


 ニコが謝ることではないが、頭を下げられる。春樹は手を振った。


「いいよ」


 日本語と、共用語で片言の会話を始める。

 今日の授業のことや、天気や、シータのことなんかを話す。いま春樹が、一番気楽に話すことができるのが、ニコだ。

 イエナは変な日本語を使うし、ゲオルグは春樹が気を遣うし、シータはまだ心に壁があるようだ。

 その点、ニコは何の気兼ねもなく、話すことができた。

 年が十歳程度、離れた友人のようだった。


 ニコとたどたどしくやり取りをしていると、すぐにデニスの食堂が見えてきた。

 春樹はデニスに頼む内容を事前に、ニコにも伝えておいたほうが良いだろうと考えて、足を一度止めた。

 ニコもそれに合わせて、足を休ませた。


 ちょうど、その時だ。

 食堂のほうから、大きな体を揺らして、デニスが走ってきた。大きく目を見開いたまま、転がるようにこちらに向かって走ってくる、その目が血走っていた。


 息を切らして、春樹とニコの二人の前に立つ。

 そして、ニコの肩をつかむと揺さぶった。


『お前、店の金を盗んでいたのか』



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