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公爵家の財務長官  作者: 多上 厚志
第二章
21/103

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 翌朝、春樹はゲオルグと共に、食堂の店主であるデニスと面談していた。

 場所は、デニスの食堂だ。

 木造の机と椅子が並び、椅子を数えたところ、最大で三十人が入ることができる。ビエントの町の規模を考えれば、十分な広さの食堂だろう。

 開け放たれた窓からは、朝陽が見える。季節柄なのか、窓が開いたままでも、それほど寒さを感じなかった。

 そもそもこの国に四季があるのか、春樹は知らないのだが。


 朗らかな笑みを浮かべながら、店主のデニスが二人に向かい合うようにして座っている。

 デニスは大柄な体格で、春樹よりも肩幅が一回り大きい。立ち上がると、百九十センチはありそうだ。仕事柄というべきなのか、腹回りはかなり太い。食堂の主人というのが、ぴったりな体型と、愛想の良い顔つきだった。

 デニスはニコニコと、ゲオルグと春樹に順番に視線を送っている。こちらが口火を切るのを待っているのではなく、どちらに話かけたらいいのか確認しているようだ。

 春樹も、いろいろと聞きたいことはあるのだが、残念ながら共用語が話せない。

 そのため、まずはゲオルグが口を開いた。


おはよう(サルウェー)、デニス」

「おはようございます、ゲオルグ様」


 春樹も朝の挨拶ぐらい覚えた。

 だが、続いて語られた言葉は、春樹には分からなかった。ゲオルグとデニスが共用語で、会話を交わす。

 特に重たい雰囲気になることはない。

 不正の話をしているのだから、深刻な内容なのかとも思うが、どちらも眉をひそめることも、声のトーンを下げることもなかった。たぶん、世間話が八割で、あと二割が本題といったところなのだろう。


「ハルキ、今、聞いたことを伝えるぞ」


 あとでいいです、と言いかけてやめた。

 そうなると、結局、あとからデニスに質問する必要が出てくる。そうなると、ゲオルグやデニスにとっても二度手間となる。


 ゲオルグはポイントをかいつまんで話していく。

 ひとつ、帳簿をつけているのはイエナである。

 ひとつ、売上げ、経費の金額は、店員がイエナに報告している。

 ひとつ、現金の残高は、店主であるデニスが毎日確認している。

 ひとつ、この食堂の料理は最高である。


 最後のは、なんだよ、と毒づいてから、他の情報を吟味する。

 イエナがつけている、というのもすでに知っていた。

 現金の残高をデニスが毎日確認している、というのは重要な情報だ。つまり、現金残高から現金を抜き出すという単純な方法での不正ではない、ということ。


「何かデニスに聞いておきたいことはあるか」

「そうですね」


 春樹は、昨日の夜のうちに決めていた確認したいことのリストを頭の中に広げる。

 そして、その中から漏れている情報をピックアップした。


「まずは、イエナに売上げや経費の報告をしているのは誰か、さらにその人と話すことができるかということですね。次に、その売上げや経費を証明する書類があるのか。最後に、そもそもデニスさんが、なぜこの帳簿を不審に思っているのかその理由をお伺いしたい」


 ゲオルグは、頷いてデニスに話しかける。

 話している内容が、春樹から出ていることを知っているデニスが、話の間で春樹に視線を投げては、ゲオルグに言葉を返している。

 数度の会話の後、ゲオルグが春樹に向き直った。


「まず、売上げの報告している者だが、日によって変わるらしい。店員は毎日固定ではなく、輪番制で変わるらしいのだ。一方で経費については、決まっている。デニスの奥さんだ。そして、証明する書類ということだが、売上げにはない。毎日、手元に残っている現金に、経費として支払ったお金を足し上げて、おつりとして持っていた現金を引いて、売上げを出しているらしい。経費については、奥さんに確認すれば、何かしらは出てくるだろう。後、帳簿を不審に思っているのは、なんとなく、らしい」


 なんとなく、って何だよ。

 そんな理由で、調べさせられていたと思うと、こめかみがズキズキと痛んだ。しかし、デニスを責めることはできない。デニスは数字も分かっているし、数えることもできるが、計算はできない。

 なんとなく、おかしいというのは、まさにデニスの心情を如実に示しているものに違いないのだ。

 売上げは、報告というレベルではないが、残金の確認をデニスがしているという以上は、そのひとつ前の時点で何らかの確認を店員がしているということなのだろうか。


(売上げは輪番制で、経費は奥さんが担当か……。……んんっ?)


「では、今日にでも、売上げの報告や経費の書類について確認いたします」

「それなんだがな」


 ゲオルグが言葉を継いだ。


「なるべく、他の者には分からないように、調査をしてほしいのだ」

「帳簿のことを調べていると分からないように、ですか」

「そうだ」

「それは、かなり難しいと思います」


 なぜ、そんな私立探偵のようなことをしないといけないのか。


「デニスとしても、しっかりとした証拠をつかむまでは、店員を疑うようなことはしたくないらしい」

「……はぁ、なるほど」


 春樹は腕を組む。

 簡単に言ってくれるが、調査をしていると分からないように調査をするのは、不可能ではないのか。

 売上げにしろ、経費にしろ、自分の立場を明かさずにどのように確認すればいいのか、さっぱり分からない。


 しかし与えられた課題には、できる限り答えなければいけない。


 それから春樹の心の中に、ひとつの疑問がある。それを解消するためには、身分を明かさないほうが良い方向に転がる可能性が高いような気もした。

 とにかくも、まず身分を明かさずに調査をしてみよう。泣き言をいうのはそれからだ。なにしろ、春樹はいまゲオルグに雇われている身なのだ。ゲオルグがやれといったこと以外に、時間をとられることは何一つ無いのだ。全身全霊をもってこの過大に当たれば、それで良い。


「売上げはともかく、経費の支払先の方に確認を入れるのは良いでしょうか。それと奥様に内緒で証憑書類を確認することはできますか」


 ゲオルグの通訳にデニスは笑みを浮かべて頷いた。

 どうやら、了承してもらえたようだ。


「デニスから取引先に言っておくそうだ。あと書類を持ち出すことは難しくないらしい」


 売上げのことは、まず横に置いておくことに春樹は決めた。

 経費は証憑書類があるということなので、それを取引先に持っていって内容をつきあわせれば信憑性のある情報を得ることができるだろう。

 一般的に、反面調査といわれる手法だ。


(さっそく、かかるとするか)


 さっきまで勢いのある日差しを太陽が投げかけていたが、いつの間にか厚い雲が空に掛かっていた。


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