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公爵家の財務長官  作者: 多上 厚志
第二章
19/103

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 昼からは、昨日と同じように日本語の授業を聞き、剣術の授業に出席した。剣術の授業は、剣戟の稽古はせずに、自分で決めたとおり筋力トレーニングをこなした。だから、正確にいえば参加したとは言えない。

 何事も、基礎から。

 そう考えて、一歩ずつ鍛錬をすることにした。続く社会の授業も大半は意味が分からないながらも、聞くことができた。

 共用語のヒアリングは、まだこの国にきて、三日目だというのに、かなりできるようになった気がしている。


 ☆


 夕刻、春樹は二階の自室に戻って、懸案となっている帳簿を開いた。

 授業中も、この帳簿のことが気になってしまい、どうやって帳簿をチェックするかを考えていた。


 不正があるかも知れない帳簿を春樹は眺める。


 春樹は、税理士だ。

 税理士の仕事は、税務代理、税務書類の作成、税務相談の三つ。とはいえ法人税の申告書を作成するために、会計帳簿を作成することが多い。その会計帳簿の作成にあたっては、事実を正確に、かつわかりやすく記載することを旨とする。

 つまり、帳簿の不正を見抜くことは税理士の業務ではない。それは、税務署側の仕事なのだ。

 従って、今まで仕事をしていたときとは、別の思考を働かせなければならなかった。


 どうやって、帳簿をわかりやすく実態を把握しやすく記載するか、から、どうやって、この帳簿に、不正を紛れさせわからなくするのか、に思考を変更する必要があった。


 いわば、犯罪者の思考。

 その犯罪者が、何を思い、何を意図するのか、それを考えなければいけない。


 会計不正とは何か。

 それは帳簿が真実を表していない。これにつきる。

 収益を過大にするのか、経費を過大にするのか、資産を過小にするのか、等々、いろんなパターンはあるだろうが、とにかく帳簿が真実を表示していない、これが不正だ。


 では、不正の方向性はどのようなものだろうか。


 これは大きく二つある。

 帳簿を良く見せる、帳簿を悪く見せる、の二つだ。

 わかりやすく言葉を換えよう。

 業績を良く見せる、業績を悪く見せる。この二つだ。

 しかし、業績を良く見せる、というパターンはここでは考えなくていいだろう。理由は簡単。誰かに報告するわけでもないのに、業績を良く見せる必要がないからだ。この帳簿は、あくまで食堂の店主が店の利益を把握するためにつけさせているものであることを、ゲオルグから聞いている。

 業績を悪く見せて、お金を抜いているというのが、一番考えられることだ。いや、もしかしたら、業績を良く見せる動機もあるのかも知れないが、それを考えるのはあとからで良いだろう。


 業績を悪く見せる。

 これを前提として、手元にある帳簿に当てはめて考えてみると、驚くほどできることは少ない。


 まず、書いてある金額は正しいが、計算ミスをしているという方法が考えられる。しかし、この方法がとられていないことは昨夜確認した。


 業績を悪く見せるために、とれる方法はあと二つある。


 まず、収益を少なく記載するというもの。つまり、本当は、売上げが100あるのに、80と記載するのだ。そうすれば、20キルクお金を抜き取ることができる。

 もう一つは、経費を大きく記載する方法がある。具体的に言えば、仕入れが、80なのに、100と記載する方法だ。これでもやはり、20キルクお金を抜き取ることができる。もちろん、そもそも支払いがないのに、あったように見せるというのも、これに含まれる。


 帳簿が非常に単純であるため、業績を悪く見せる方法はこの二つしかない。

 まとめてみると、非常に簡単な話だ。


「とりあえず、明日、食堂の主人と話をして証憑書類があるか確認すれば良いだろう」


 それから、もっとも大切なことは、誰が帳簿をつけているか、だ。

 不正をしている可能性が高いのは、帳簿をつけている人間だからだ。これも含めて、明日ゲオルグと、食堂の主人に確認しなければいけない。


(それも明日の話だな)


 春樹は椅子の上で、伸びをして立ち上がった。

 その時、木を叩く鈍い音がした。


(なんだ……)


 その音が、ノックの音だということに気づくのに、数瞬の時間が必要だった。


(私に来客か……)


 不思議に思いつつ、春樹はドアを開けた。


「おっす、お邪魔さん」


 そこにいたのは、目をくりくりと動かした栗色の髪を持った少女だ。

 相変わらず、変な日本語だが、昨日、今日と一緒に授業を受けたために、大分慣れた。


「なんだ、イエナか」

「なんだとは、ひどい言いようじゃ無いか」


 イエナが右側の眉を斜めに上げる。


「ちょっとお邪魔していいかい」

「かまわないが……用があるなら、授業の時に言えば良いと思うが」


 その春樹の言葉に、イエナはわざとらしく息をついて見せた。


「あんなぁ、どんなことでもそうだけどな、時と場所は選ばないといけないだろうが。人前ではちょっと言いにくいことがあんだよ」


 ぐ、と春樹は息を飲み込んだ。言っていることは正論だ。ただ、妙な姉御口調で、反論されるとむかっ腹が立つ。


「分かった。じゃあ、入ってくれ」

「悪いね」


 イエナは、ピッと顔の前に手をあげると、部屋に入ってきた。そのまま無遠慮に、部屋の中を眺め回した。

 別に見られて困るものはないのだが、その隠そうともしない視線に少々鼻白む。


「それで、話はなんだ」


 不機嫌さが口調に出てしまったが、仕方がない。

 事実、不機嫌なのだから。

 促されて、イエナは春樹の前に座って、居住まいを正した。そして春樹の正面に座る。

 イエナは、少し考えるようなそぶりを見せたが、すぐに何かを吹っ切るように、首を振ってから、おもむろに口を開いた。


「他でもない。今、ハルキが見ている帳簿について、ちょっと聞きたいことがあるんだ」


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