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「これはすごい」
老人は、春樹が作った折り紙の鷹を手に取って、丹念に観察する。
「赤い色と、裏側の白い部分が、自然なコントラストを作って……これは、鷹か」
「そうです」
春樹は、心の中でガッツポーズ。きっと、いま会心の笑みを浮かべているに違いない。作った折り紙が、何であるか、それを当ててもらうのは、折り紙を折った者への最高の賞賛だ。
そして……、春樹は冷静に一つの情報を胸に落とした。ここにも鷹がいる。
「折り紙とはこういうものか」
老人はためつすがめつ折り紙の鷹を眺めてから、春樹のもとに戻した。
「さて、と」
老人の声音が変わった。就職活動をしていたときの面接を思い出させる、人を値踏みすることを隠さない視線。
面接のときと違うのは、面接官の年齢と、瞳の奥にある芯の強さ。老人が放つ眼光は、あたかも熱をもっているのかのように、春樹を射貫く。
老人が口を開いた。
「お前は、ここではない場所からきた、と言った。私はその言葉を信じる」
春樹は、強く手を握りしめる。手の中には、粘る汗があった。
正直なところ、こんなに簡単に信じてもらえるとは考えていなかった。
春樹は、嬉しくなって老人に向かって頭を下げた。
老人はその礼を、鷹揚に受け止める。
「だが」
そらきた、と思った。
「お前の人となりまで信じたわけではない」
「それはもちろん」
何か無理なんだいでも、ふっかけるのかと思っていた春樹は、逆に胸をなで下ろした。
春樹も、そこまですぐに信じてもらえるとは考えていない、春樹がこの場所を知らなくて、言葉も不自由なことを理解してもらえれば、それ以上のことは望まない。
「お前はこの場所に身よりもなく、また住む場所もない。そういうことだな」
はい、と春樹は肯定した。
身よりがない、ということや、住む場所がない、ということは春樹から一言も話してはいない。老人が、春樹の説明から推論づけたことだ。
(この人はかなり切れる)
当たり前のことを、当たり前のように導き出す能力というのは、実はとても貴重なものだ。少なくとも、春樹にはない。
「そこで、だ。しばらく私の仕事を手伝ってもらえないか。そうすれば、部屋と、食事を提供しよう。お前にとっても、悪くない話ではないか」
提案のような物言いだが、春樹に選択の余地はない。
行くところがないのだ。しかも、言葉が分からない。
「私にできることであれば、精一杯やります」
「よし」
老人は机を回って、春樹の前にたった。そして、手を差し出してくる。
「私の名前は、ゲオルグだ」
「春樹です」
春樹は差し出された手を、強く握り返した。