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公爵家の財務長官  作者: 多上 厚志
第一章
11/103

11


 木製のドアを開けて、中に足を踏み入れると、ちょっとした広間になっていた。右の壁に、絵画がひとつ飾られているが、それ以外に装飾は見当たらない。実用一辺倒の建物だ。

 左右に扉があるが、愚直な作りで飾り気はなく、無骨なノブがあるだけだ。

 天井は高く、三メートル程度の高さがあるように見えた。

 正面の扉の左右は廊下になっておりその先見えない。


 老人は、広間を突っ切って正面の扉を開いた。

 中に足を踏み入れると、そこは広いサロンだった。大きな机がひとつ中央に鎮座している。机の上には燭台が二つ並んでいた。

 老人はこの部屋には用が無いようで、右手の扉を開いた。どうにもまどろっこしい作りに、春樹には思えた。生活動線が間違っているのではないか。

 入った部屋は書斎だった。壁にはびっしりと本が並んでいる。茶色い机は使いこまれて年月を感じさせる風貌で、その上にいくつもの書類の山ができていた。壁際には刀が並んでいるが、すっかりと書斎の中に溶け込んでいて違和感はない。


 老人は下げていた太刀を壁に立てかけた。


「座れ」


 簡潔な命令。春樹が示された椅子に腰掛けると、老人も机の向こう側の椅子に座った。


「どうして、あそこにいた」


 堅い口調。こちらを見定めようとする深い茶色い瞳。

 ここだ、ここが大切だ。

 春樹は深く息を吸い込んだ。肺の奥まで、空気が行き渡ったのを確認してから口を開いた。


「実は、私も全く理解できないことなのですが……」


 春樹は、ゆっくりと早口にならないように意識しながら、事実を述べた。

 ひとつ、扉を開いたら見知らぬ場所にいたこと。

 ひとつ、したがって教会は全く見覚えのない場所であること。

 ひとつ、老人がはじめに口にした言語が全く理解できないこと。

 ひとつ、春樹が住んでいた場所は日本語しか話す人がいなかったこと。


「にわかには、信じがたい話だな」


 そう小さく呟くと、老人は視線を机の上に落として、コツコツと指で机をたたき出した。


 春樹は、意図的に抜かした情報があった。

 それは、文明レベルの差だ。この場所がどのようなところか分からないが、たとえ世界一辺鄙な地域なのだしても、あまりにも日本と文明の発達程度に差がある。アフリカの奥地にいる集落にも、スマートフォンを持っている人がいるというのが、春樹が知っている世界だ。

 扉を開いたら知らない場所にいた、というのもかなり突飛な話だ。

 だが、それだけなら、説明のつけようはある。

 後頭部を殴られて、意識を失った間につれてこられた、とか。

 薬を飲まされて、意識を失った間につれてこられた、とか。

 ストレスで、意識を失った間につれてこられた、とか。

 眠気で、意識を失った間につれてこられた、とか。


 ……どれもあまりなさそうな気がする。

 ただ、ありそうもないことが起こったことは避けようがないのだ。気がついたら、あの野原にいたという事実は、気がついたらあそこに連れられてきていた、という事実かも知れないが、春樹は意識をしてあの場所にいったのではないことは、確かだ。あの教会にいた理由を、頭の中でひねくり回して作り出すと、後で絶対にぼろが出るし、嘘に嘘を重ねていくと何が真実だったのかわからなくなってしまう。

 そして、真実を告げないのは、嘘ではない。


「その服装は、住んでいた場所のものか」

「はい」

「紡織技術が進んでいるな」


 老人や、町の前に立っていた兵士の服装と比べると春樹が着ているシャツは、ペラペラだ。これを安っぽいというのか、薄くする技術があると考えるか、は受け止め方だ。これを技術力の差と認識できる老人は、かなり観察眼と知識がある。


「それで……」


 次に、老人が目を向けたのは、春樹のズボンだった。


「折り紙というのは、何なのだ」


 折り紙の説明。

 難題だ。

 だが、この質問は春樹は予測していた。

 春樹は、折り紙を一枚だけ抜き出して、机の上においた。

 老人は、しげしげとそれを見つめる。


「服もそうだが、製紙技術もたいしたものだ」


 老人は手にとって、感心する。


「……素晴らしい。なぜこんなに薄くできるのだ。ウェントゥス公領も、この数年でかなり技術が進んで、市井の合間にも紙が広がっているが……」


 老人は、机の上に折り紙を戻した。そして視線で先を促してくる。


(さて、何を折るか)


 折り紙を持つ手が、小刻みに震えている。折り紙が重なっていないかを確認する。春樹は折り紙を、表にしたり、裏にしたりして、折るべき作品を考える。だが、ずばりこれがいいという作品が思いつかない。

 早くやらないと不自然だ。

 しかし、これが老人の興味を引けなかったら、どうなるのか。言葉も通じず、家も無いそんな場所で、一人で生きていくことはかなり難しい。追い出されたら、間違いなく路頭に迷う。

 春樹は、唾を飲み込む。

 折り紙のレパートリーは、百十三持っている。その全てを手順を見ずに折ることができる。問題は、いま持っている折り紙が、一辺が七.五センチの小さい折り紙だということ。折り紙も複雑なものになれば、一辺三十五センチの大きさが必要になる。一般的に使われるのは、一辺十五センチのものだ。

 七.五センチの小さい折り紙で作れるもので、老人の興味を引ける作品。これが必要条件だ。


 春樹は、覚悟を決めて、折り紙を半分に折った。

 一度、折り出すと、頭ではなく指が順序を思い出していく。指先が繊細な感覚で、折り紙の端と端を合わせて、角を作り出していく。折り紙の基本は、しっかりと折り目をつくることにある。普段はおざなりになる折り目の角を立たせる作業をきっちりとこなしながら折っていく。

 鶴の基本形が出来る。だが、折るのは鶴ではない。ここから応用を効かせていく。

 ただの紙から、徐々に形ができあがっていく。まずは翼。次は、足だ。ここからが、細かくなっていく。折り込み、段折りにして、引き出して、くちばしができる。

 最後に、尾羽を折り曲げた。


 できあがった鷹を、机の上に置く。


 老人は感嘆の声を上げた。


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