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放課後の魔法使い

作者: 笈生

第四回小説祭り参加作品

テーマ:魔法

※参加作品一覧は後書きにあります

 時季は大寒の頃合い――身を切るようなからっ風が砂を巻き上げ、うすく曇った窓の外に広がる町並みも、心なしか凍てついたように色あせて見える季節。


 私 四篠(よしの) 調(しらべ)は、放課後の図書室で机上に広げたカラー写真つき図鑑のページを手持ちぶさたにめくっていた。

 現在時刻は午後2時過ぎ。白く眩しい陽光が大きめの窓から差し込んで、室内はとても暖かくなっている。寒さが和らぐ昼下がりとは言え、この時季外はしっかり寒い。それこそ朝のニュースでお出かけの際はしっかり対策をするようにとニュースキャスターに注意されるくらいには。こんな中、外で練習している吹奏楽部の友人たちには大変頭が下がる思いがするというものだ。彼女らには申し訳ないけど、私はもう少しこの温もりの中でぬくぬくと暖かい思いをさせてもらう事にしよう。


「それで。お前は何故こんな所に居るんだ。調(しらべ)?」 


 私が座る座席の机を挟んで向かい側――さっきからやたらとメガネが輝いている一人の男子生徒がそう尋ねてきた。クラスメイトの光山(みつやま) 一石(ただあつ)だ。

 一石(ただあつ)なんて名前珍しいなと思うかもしれない。その気持ちは私にもわかる。子供の頃の私もそうだった。習いたての漢字から一石(ただあつ)という名前の意味を知った小学校低学年の頃、私は彼をからかったことがあった。こいつ自身はそれをどう受け取ったのかは知らないけれど、その名前が昔の偉人の苗字から取った名前なのだと聞かされて、幼心にへこんだ覚えがある。……まあ、名前の珍しさで言ったら、私もこいつの比ではない自覚もあるけど。


「ちょっと。そのメガネやめてくれない? 太陽が映って眩しいんだけど」


 いい加減きらきら光って鬱陶しいそのメガネについて、苦情を申し立てる。……まあ、本来なら別に気になるほどでもないけれど。


「これか? でもこれ外すと何にも見えなくなるんだが……」

「コンタクトにすればいいのに。メガネ外した方がかっこいいかもしれないし。最近は使ってる人も多いって」

「コンタクトなんて、コストパフォーマンスに合わないだけだからな」

「……それ、ただのものぐさじゃない」


 この辺りは昔からまったく変わらない。下手に几帳面な分物事にいちいち無駄な労力を割いてしまうから、結果としてやるべき事を少なくすることになるのだと一度彼が説明してくれた。なんだっけ……選択と集中(?)とか言っていた気がする。


「それで?」

「……それでって?」


 読書を再開すればいいのに、その男は真面目くさった顔でそう私に尋ねなおしてくる。折角話を別の方向に逸らそうとしたのに、こういう空気を読まない所は大っ嫌いだ。


「だから。何でお前が図書室なんかに来てるんだって聞いているんだよ。何かのついでに来るようなとこじゃないだろ?」


 それだけ言うと彼は本にしおりを挟み、完全に待ちの体勢に入る。もはや誤魔化しは()かないという意思がそのメガネのレンズの向こうに垣間見えた。

 ご丁寧に鉄板の言い訳まで先につぶした上でとは、性格のよろしいことで。でも確かに、うちの高校の図書室は四階建ての校舎の最上階という立地のせいであまり人が足を運ばないため、天空の城などというあだ名をつけられて聖域扱いされている。私と机の向かいに座るこいつ以外には、せいぜい貸し出しカウンターに座る司書の先生くらいのものだ。


「だって暖かいんだもん。静かで居心地も良いし――離れたくなくなるよ」

「違うな。それはここにわざわざ足を運んだ理由になってない。僕はここに来た理由を聞いてるんだよ」


 何よ……とこれは声には出さずにおいて、私は小さく溜め息を吐いた。どうやら腹をくくらないといけないらしい。


「私が図書館に来ちゃいけないっていう訳っ!? あーそう。弓道部末席の私には本なんか似合わないということよねっ!?」

「それちょっと無理矢理過ぎないか? それと調(しらべ)、声大きい」


 口の前で人差し指を立てた彼を見て、私は慌てて口を塞ぐ。

 そっと貸し出しカウンターの方に目を向けると、司書の先生は少し苦笑気味に微笑んで見せただけで自分の読書に戻ったようだ。迷惑をかける相手も居ないから、多少なら構わないという事なんだろう。たぶん。それでも私は大きな声を出さないように声を潜めることにして、一応謝罪の意を込めて一度頭を下げておいた。


「で?」

「……でって?」

「いや、話が進まないからもうその流れはよせ」


 往生際の悪い私に流石の彼も業を煮やしたのか、溜め息混じりにそう言ってメガネを直した。


「年越しから二週間くらいだろ? 冬の大会とか、今は部活もやる事が多い時期なんじゃないのか? それをこんな放課後に図書館(天空の城)まで来てるのは何故だって聞いてるんだ」

「別にサボってないもの。今日は弓道場に業者が来るから、早上がりだったんだけなんだから」


 古い施設だから、安全性とかを検証して工事をするのだそうだ。防矢ネットとかも古くなってたみたいだし、その辺りも張り替えるのだと言う。


「だとしても、まだおかしいだろ。誰かとの待ち合わせ場所をこんな辺鄙なところにする訳もないだろうし、他に調(しらべ)が目当てにしそうなものもここにはない。……そうなると、目的は僕関連ということになるんだけどな?」

「う……。まあ、そうよ。ふ、ふ、不本意、なんだけどね」

「そこで動揺する心理はちょっと分からないんだけど……何か()()でもあったか?」


 依頼。何の気なしに話題に出てきたその一言が、一瞬私の口を引きつらせた。高校に入ってから間もなくこいつが設立したミステリ研究会なるサークルのせいで、私は殆どその窓口嬢扱いなのだ。


「……はい。これ」


 うなだれたい気持ちで一杯になりながら、私はかばんから二通の封筒を取り出して彼に渡す。()()()()()()は今朝方私の下駄箱に置かれていたばかりの今年の初物だ。


「また、調(しらべ)の所にいってたのか。何で僕のところに直接来ないんだろう?」

「……いや、あんたが毎日の様に天空の城(としょかん)に閉じこもってるせいでしょうが」


 実際はそれ以外にも色々理由はありそうだけど。見ためによらず、校内ではどこか敷居が高いイメージが定着してるし。


「……天岩戸(あまのいわと)伝説か何かかな?」 


 なんとも反応に困る、とでも言いたそうな微妙な表情でその手紙を受け取ると、彼は最初の一通――まさに私の下駄箱に入っていた白一色の簡素な封筒を開いて中の手紙に一通り目を通した。


「……どうやら、三丁目の踏み切り付近に最近出るようになった不審者の事みたいだな」

「それって、この間から学校で話題になってる奴だよね。いつも決まって夕方に、スカウトハットにコートの真っ黒な長身の人影が現れて歩行者を追っかけまわすって言う……」


 もはや不審者というより、変質者(ストーカー)というべきレベルの話だ。中には都市伝説として話している子たちもいる。彼ら曰くその人影は『放課後の魔法使い』。時に影法師から生まれた妖怪だったり、時にどこぞの国家の密命を受けたエージェントだったりと話はまちまちだけれど、刺激を求める彼らがのめり込むには格好の話題だったのだろう。

 正直、高校生が首を突っ込む事件じゃないとも思うけど、そこはまあ――こいつが率いる"ミス研"のメンツなら、いろんな意味で大丈夫かも知れない。


「学校の保護者会や警察でも問題視されているそうだ。……まあ、部に招集かける程の事じゃなし、とりあえず僕だけで適当に調べてみることにする」

「あ、いつも言ってるけど――」

「はいはい。危険のない様に、だろ」


 お決まりの台詞だけにどうやら先読みされてしまったようだ。出鼻を挫かれては二の句に何か別の切り口を用意しないといけなくなる。こういう空気を読まないところは、完全にこの男の短所だ。勝手に自己完結されてしまっては話が盛り上がらないし、沈黙してはこちらが気まずい。結局、この男と話していると疲れるというのが正直な見解だ。


「今の所出ている被害は追い回されただけだからな。こちらから刺激しなければ、さほど危険はないはずだ。逆に、この手がエスカレートする事なく、一定の距離感で犯行を続けているのが気持ち悪いくらいか」

「ふーん……」


 そういう物なのか、と私の中で危険度を一つ下げる。追っかけまわされる程度なら私は気にしないし、家まで着いてくるようなら警察を呼ぶ。そもそもバス通学の私は人通りの多い場所もよく通るし、そんな目立つ格好でいたら人目につくはずだ。


「……で、二通目はあけないの?」


 どうにももう一通の封筒を開ける様子がないそいつに、私はおずおずと声をかける。


「ああ、大体内容分かるからな」

「え? 嘘」


 事も無げにそう言ってくるそいつに、私は素直に驚いて聞き返す。


「いや、だって明日は調(しらべ)の誕生日でしょ? 封筒もわざわざオフィス用のものじゃなく装飾に凝ったもの使ってるくらいだし、その関係なんじゃないかなと辺りを付けただけ。……まあ、そこを指摘してくれないようだったら、読むつもりだったけどね」


 つまりは鎌をかけたということか……油断も隙もない。折角、こいつが好きそうな暗号を考えてきてあげたというのに、答えを先に言い当ててしまっては面白くもないだろう。もったいないことをする奴。後で惜しんでも知らないから。


「……忘れてると思った」

「……忘れててもいいけど?」


 少し知った風な得意げな顔でそう言った彼に、私は慌てて食い下がる。


「お母さんが楽しみにしてるんだから、ちゃんと来てくれないとバチがあたるよ」


 多分、物理的に。


「おばさんがそう言っているんなら、確かにお呼ばれしないと罰が下るね。よくお世話になってるし、行かない理由はないけど」


 地域でも一角の弁当屋を経営している私のお母さんは顔も広く、彼に何かと力を貸しているらしい。彼も私のお母さんには頭が上がらないから、こういう時の殺し文句にしている。


「あ。でも勘違いしないでね。乙葉や庄治も呼んであるんだから、特別一石(ただあつ)だけ呼ぶわけじゃないからね」

「わざわざ言うほどのことでもないと思うけど……全員に招待状を用意したの?」


 その質問に一瞬言葉が詰まる。


「そ、そりゃそうよ。他のメンバーにはもう配ったの」

「ふーん……」


 我ながら他のメンバーには招待状を送っていないのがバレバレの態度になってしまった。彼は彼で何事かを納得したような顔をしているし……それはどっちの納得だと問い質したいけれど、それをしてしまったらばれていなかった時に藪蛇だ。流石にそれが分からないほどバカじゃない。なんにせよ、後で口裏を合わせるようにメンバーにメールをしなければ。


「まあ、依頼の調査もそんなに時間かけるつもりはないし、明日はちゃんと行くよ。おばさんの料理も楽しみだからな」

「え……」


 彼の何気ない一言に、私は一瞬固まる。


「さ。これで用は済んだだろ。調(しらべ)はさっさと帰ったほうがいいんじゃないか?」

「…………」


 私の呟きは聞こえなかったようで早く読書に戻ろうと言った一石(ただあつ)の言葉に、私は黙り込んでしまった。


「? まだ何かある?」


 まさか、いまさら私が料理を作るなんて――ましてや、今日私がここに来たのはそのための買い物に付き合わせようとしたからだなんて、言い出せなくなってしまった。

 いいや。お母さんの料理だと思わせといて、感想を聞いてから私の料理でしたってばらす方向で行こう。そう考え直すことにして、私は彼に返事を返す。


「別に何にもない。お母さんに伝えとくね」

「?」


 怪訝そうな顔をした一石(ただあつ)に、私は「また明日」と手を振って、早々に自分のカバンと部活の用具入れを手に立ち上がった。私の振った手に、腑に落ちない顔をしつつも手を振り返してきた彼を見て、何となくやる気が湧いてきた。あいつにこんな顔させられたのだから、今日のところは御の字だ。

 明日、絶対美味しいと言わせてやろう。私も弁当屋の娘なんだから、それくらいは出来ないと。

 明日のレシピをあれこれと考えながら学校を後にした私は、周囲に人気がないのをいい事に、いつも射場でやるように弓を引く真似をしてみた。矢を射って姿勢を正すところまできちんとイメージした後で、私は興奮で震える両腕を服の上からさする。いつもは文句を言いながら身を縮こませる冬の冷たい風も今この瞬間だけは苦にならないような気がした。妙な高揚感に促されるままに、私はそのまま鼻歌混じりに近所のショッピングセンターへと足を向けた。


 背後からその様子をそっと見つめる、長身の男性に少しも気づくことなく――。

何とも尻切れ感の強い上に題名と本文があまり関係ない作品になってしまいました(泣)

少し言い訳を……。最初こそミステリ調のちゃんとした短編にするつもりでしたけど、結局分量が足りず、右往左往するだけして序盤だけを掲載することに。願わくば、恩田陸著『ピクニックの準備』みたいに長編のスピンオフのイメージで読んでくれましたら……。その内一つの話として掲載しますのでorz


*――――――――――――――*――――――――――――――*


第四回小説祭り参加作品一覧(敬称略)

作者:靉靆

作品:煌く離宮の輪舞曲(http://ncode.syosetu.com/n4331cm/)


作者:東雲 さち

作品:愛の魔法は欲しくない(http://ncode.syosetu.com/n2610cm/)


作者:立花詩歌

作品:世界構築魔法ノススメ(http://ncode.syosetu.com/n3388cm/)


作者:あすぎめむい

作品:幼馴染の魔女と、彼女の願う夢(http://ncode.syosetu.com/n3524cm/)


作者:電式

作品:黒水晶の瞳(http://ncode.syosetu.com/n3723cm/)


作者:三河 悟

作品:戦闘要塞-魔法少女?ムサシ-(http://ncode.syosetu.com/n3928cm)


作者:長月シイタ

作品:記憶の片隅のとある戦争(http://ncode.syosetu.com/n3766cm/)


作者:月倉 蒼

作品:諸刃の魔力(http://ncode.syosetu.com/n3939cm/)


作者:笈生

作品:放課後の魔法使い(http://ncode.syosetu.com/n4016cm/)


作者:ダオ

作品:最強魔王様が現代日本に転生した件について(http://ncode.syosetu.com/n4060cm/)



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[良い点] 主観キャラクターの特徴のわかる内容と、リズムの良い文章のおかげでテンポよく読み切る事ができました。 わかりやすい単語を中心に展開されている文章はミステリーが苦手な人でも触れやすいのではない…
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