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第3章 その2 禁忌の魔道エクリプス(改)

          2


 ラスクの案内で通り抜けてきた小道は、村の裏手の山道につながっていた。

 ごつごつした黒い岩の切り立つ間をぬって、細い道が延びている。この道をたどれば、三日程で、一番近い大きな街に着く。

 母と子は、ここでラスクと別れた。

 ラスクはその後もすぐに村へは戻らず、ジークリートたちを見送っていた。


 シャンイエラは辺りに注意深い視線を向ける。

 静かすぎる。それとも思い過しか。

 自分の恐怖心が判断を迷わすのか?


 暗い空に貼り付くように光る《魔眼》が、地面に赤みがかった淡い影を落す。

「ジークリート、あまり離れないで……」

 危機が去ったという安心からか、ともすると先の方へ走っていってしまう息子に、シャンイエラが呼び掛ける。

 ジークリートが足を止めて振り返る。

 と、その時、かれの背後で岩影が動いた。

 いや、岩からふいに、骨と皮のような青白い二本の手が伸びてきたのだ。

 シャンイエラが息を呑む。

 母親の様子に気づいたジークリートは振り向き、それを見た。

 反射的に身をかわし、母のもとへ駆け戻ろうとすると、今度は地面から、ぬうっと骨だけの腕が突き出て、その足を掴む。

 思いきり足を蹴り上げると、それは意外な程にもろく折れ、砕け散った。

 が、破片は宙に浮かび、ジークリートをめがけて飛んでくるのだ。


《エクス・フィアー!》 

 シャンイエラが叫ぶ。

 白銀の炎があがり、少年を包み込む。

 その炎は熱くなかった。

 降り注ぐ骨の破片を、瞬時に焼き尽くす。

 ジークリートは不思議そうに母親を見、まばたきをする。

 シャンイエラが駆けよろうとする。

 その目の前で、地面から真っ黒な影が立ち上がる。

 前に二人。後ろに二人。

 黒衣の人物が立って彼女を取り囲んだ。

「精霊をその身に降ろす精霊巫術師の末裔、北の都の巫王の娘よ。兄王子も姉王女たちも死んだ今となっては、おまえが王家の最後の生き残りだな」

 皮肉な響きを込めて魔導士が言う。

「兄や姉たちを殺したのは、あなたたちじゃないの! わたしを欺き、利用した! この子だけは、誰のものにもさせない」

「呼ぶがいい、精霊を。我等がグーリアの闇の魔道に抗うがいい」

「その前に面白いものを見せてやろう」

 魔導士の黒衣の裾が分かれてちぎれ、一匹の獣になった。

 全身を毛に覆われ、四ツ足で立っている。

 猫のような小さな顔は、奇妙に平たく、どこか人間に似ていた。大きさも人間と同じくらいだ。

「これは元は人間、この村の者だ。だがもはや人には戻らぬ。おまえたちが来なければ、このような姿にならずにすんだのに、哀れよな」

 笑い声がこだまする。

 人獣が牙を剥き、ぐるる……と低くうなる。

 瞳の底が新しい銅貨のように光る。

 宙に踊り上がった獣めがけ、シャンイエラの手のひらから、白銀の炎がほとばしる。闇に属するものだけを焼く聖なる炎だ。

 ギャア! 炎に包まれて、獣が転げ回る。

 やはり、もはや人ではない。闇のものなのか。シャンイエラは唇を噛んだ。

「ひどいことをする」

 魔導士が楽しそうに言う。

 黒衣の裾から、次々に同じような獣が生み出されてくる。

「彼らを殺すのは我らではない、おまえだ! シャンイエラ」

 魔導士の冷たい声に、シャンイエラは動けなくなる。


 自分がここに、来さえしなければ……

 深い悔恨に苛まれて、目を伏せる。


「おかあさん!」

 ジークリートの声に、目を開ける。眼前に一匹の獣が迫っていた。

「くっ!」

 腕を振り降ろすと、そこから炎が噴き出てムチのようにしなり、獣を打った。

 ……これで、いい。

 村の人を殺してでも……どんなことをしても、ジークリートだけは守ってみせる!

 覚悟を決めた彼女が獣たちを倒していく。

 ふいに、背後に冷たい空気が動いた。

 四人目の魔導士が彼女の後ろに回ったのだ。

「あれぐらいでお前を惑わせられるとは思わぬ。今まで手こずらせてくれた礼にすぎん」

 黒い衣の中から、魔導士の顔と腕が現れ、骨だけの手を伸ばす。

 肉も皮もない手の平に埋まった、半透明の白く濁った石が、生き物のように、ドクン、と脈打つ。

 シャンイエラはその場に縫いつけられたように身動きもできなくなっていた。

 彼女の目の端で、獣に変えられた村人たちが、溶ける。

 始めから何もなかったかのように、丘の上には赤い月の落す暗い影が揺れているばかりだ。

 幻だったのか? それとも……

 彼女は唇を開いた。

 が、声は出せない。先ほど放った炎の精霊を、呼び戻せたなら。

「おかあさんを放せっ!」

 ジークリートが体当たりをする。

 だが、黒衣には何の手ごたえもなく、突き抜けてしまう。

 と、その時、

「この野郎っ!」

 声がして、魔導士の顔に石が投げつけられた。

「おばさんに何しやがる!」

 ラスクだった。

 不意打ちをくらった魔導士を、手にした木の枝でむちゃくちゃに殴りつけ、蹴り倒す。黒衣の魔導士は、ぐにゃり、と崩れたと思うと、ふいに溶けて消えうせた。

「ラスク!」

「ジーク、だいじょぶか」

 木の枝を握りしめ、立っているラスクの手はかすかに震えていた。

「おのれ……」

 残る魔導士たちが、怒りに顔を歪めた。骨と皮だけのその顔に、表情というものがあるならば。

「邪魔をするか!」

 初めて、激情をあらわにした彼らが、声を合わせ、ひと言、

「ムエルテ」

 と叫ぶ。発せられた呪文がそのまま、黒い塊となって飛んでくる。

 まぎれもなく、ラスクに狙いをさだめて。

「危ない!」

 シャンイエラがラスクをかばうように身を投げ出す。

 その瞬間、”死“の呪文がシャンイエラとラスクの胸に突き刺さった。


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