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魔眼の王 ~Tierra Azul~  作者: 紺野たくみ


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第7章 その2 エステリオ・アウルの巡礼堕ち


          2


「あなたのイーリスは、もう、どこにもいないわ。ここにいるのは、アイリス・リデル・ティス・アンティグア・エレ・エルレーン」


 女が名乗ると、ケイオンは、驚きを隠せないようすで、目を見開いた。


「エルナトと結婚したのか?」


 すると女は、微かに目を伏せる。

「ばかね。アウル」

 屈み込んで、倒れているケイオンの顔を、細く白い手で、撫でる。


「エルナトさんじゃないわ。家庭教師をしてくれてたヴィア・マルファ先生が、わたしを養女にしてくれたの」

「そうか。ヴィーが」


「アウルが「巡礼堕ち」したおかげでラゼル家は取り潰し。お父さまもお母さまも、一家で飢え死にしてもわたしを売るようなことはしないって頑張ってくれたけど。借金のかたに、わたしを愛人によこせと迫る貴族や資産家から、アンティグア家が後ろ盾になって守ってくれたの。みんな、あなたがいけないのよ、エステリオ・アウル。あなたが、あのとき浚って逃げてくれていたら」


「そうするわけにはいかなかった。わたしでは、きみを守って逃げおおせることはできなかった」


「アウルは変わらないのね。わたしのことばっかり。それより何。こんなにボロボロになっちゃって。……これを」

 懐から取り出した絹の小物入れから、小さなかけらを取り出して、ケイオンの口に押し込んだ。

「食べて。回復を早める魔法を入れておいたの」

 ポリポリと音を立ててケイオンは口に押し込まれた砂糖の欠片を噛み砕く。すると、ケイオンの身体が、ぼわっと、ほの白い光に包まれる。

「……スミレの砂糖漬けだ」

「そうよ。あなたの好きな」

 嬉しそうに、微笑んだ。


 波打つ長い髪は、プラチナブロンド。瞳は明るい緑だが、ときおり、水精石色に見える。二十歳くらいに見える美貌の乙女。清楚にして豪奢な美女だ。



「も、ものすごい美人だな」

「師匠が若い女と話してる……」

 キールとジークリートは妙なところで感心していた。


「悪いな少年たち。彼女が、わたしのパトロンだ。エルレーンの巡礼に出会ったら教えることになっていた。しばらく付き合ってくれ」


 赤の巫女王は、面白いみものだと、楽しんでいるようだ。


「しかしあの巡礼。ただならぬ関係か? 相手はエルレーン公国の国母、白銀の聖女。ここには彼女の親衛隊もいる。命で償うくらいですめばマシな方だぞ」



「巡礼くずれが。世迷い言をほざくな!」

 牢の外から、罵声が浴びせられる。


「この御方はアンティグアの白銀の聖女、アイリス陛下だ」

 兵士達がものものしく身構えている。


「エルレーン公国を長年守護してこられた聖女であられる。大公母陛下に何を親しげに。人違いでもしているのだろう。不敬罪だ!」


「陛下、ご命令を! 不埒者の巡礼崩れを成敗するお許しをいただけますれば、我ら白銀親衛隊は今すぐにでも」


 その場の様子を見ていた赤の巫女王チャスカは、エルレーン人の兵士たちの言動から、事情らしきものを察したが、手勢に命じて、エルレーン兵を抑えさせる。


「白銀親衛隊には敬意を表するが。我らはこれからグーリア王宮に向かい大事を行う身なれば。幸先を血で穢されるのは願い下げだ。殺しはやめておいてもらいたい。従わねば、同盟も返上することになるぞ」


「むうう。だが陛下の御身に万一のことがあれば、国が滅びる。なんとしてもお守りいたさねば」


「忠義は敬うが、彼女に、護衛など必要かな?」


 牢の中で、夥しい数の精霊火に包まれ、青白く光り輝くアイリスを指し示す。

 光っているのは精霊火か、彼女の存在そのものか。

    

          ※


「エルナトさんは、昔、大規模な人身売買組織を摘発していたときに、助けられなかった子供たちのことが忘れられなかった。無力だって感じたといって、わたしを養女にしてくれた。でも、二人とも後悔してたわ。名目だけでも、わたしをエルナトさんの正妻にしておけば、エルレーン公の后にと迫られても断れたのにって」


「エレ・エルレーン!? エルレーンの国母!?」


「心配しないで。わたしは……その、だいじょうぶだから!」


「だいじょうぶって! まさか、エルレーン公に無理矢理……」

 うっかりなことを口走るケイオンに、アイリスは、顔を赤くした。


「されてないもの! わたしは名高い魔法使い。アンティグア家の白銀の聖女。手を出したら精霊火スーリーファに襲わせるって脅したの。ちょっと疑ってたから、実際に精霊火スーリーファをたくさん召喚して、まとわりつかせてあげたの。怯えきって、手出しはしなくなったわ。エルレーン人って、本当に、おかしなくらい精霊火を畏れるのよね」


 思い出し笑いをするように、アイリスは、小さな唇に、笑みを浮かべる。


「とんでもない聖女だな」

「ついでに『聖堂』のくそじじいも脅しておいたわ。あなたを追い出すなんて」

「かなわないな、アイリスには」

「そうでしょ?」


「……だが、エルナトも、ヴィア・マルファも死んだ」


「ええ」

 アイリスはうつむく。

「グーリアが仕掛けてきた戦争に出征して、二人とも戦死したわ」


「……エルナトは七年後に、また死んだと……ヴィア・マルファは、子供を残したという。だが年齢が合わなかった。ヴィーの子供にしては大きすぎた。その子供とも、はぐれてしまったが」


「報告は聞いたわ。奇妙なこと。調べさせてはいたけど……でも、思い悩んでいる時間はなかった」

 

「再び後ろ盾を失ったわたしはエルレーン公の跡継ぎ、太子の后になった。実際には関係を持つことのない白い結婚よ。太子には、すでに后がいたの。名前をルーナリシア。本当の素性は、現グーリア王ギア・バルケスの末妹ソルフェードラ。わたしは、国政の表舞台に立てない彼女の代わりを務めるだけという契約で国母になった」


「そんなことを、淡々と言うな。アイリス。……すまなかった」


「そんな辛そうな顔しないで。国民は、わたしが国を救ってくれるって思ってる。でも。疲れちゃった。エルレーン公国がどうなったって、ほんとはどうだってよかった……わたしは殺されたの。グーリア王バルケスが放った刺客に。彼は大公后が自分の末妹だと知って。それで、一度は死んだの」


「アイリス!」


「死ぬはずだったの。でも、ある少女に会った。その子は、スゥエって言ったわ。死にたくないと願うなら、生かしてあげるって。わたし、アウルに、ひとめだけでも会いたかった。だから願った。そうしたら、精霊火が、身体に入ってきたの。傷をふさぎ、流れ出た血を補って、わたしを生かしているの」

 アイリスの身体から光が漏れる。

 精霊火が、彼女にまつわりつき、漂い、離れる。


 アイリスは、ケイオンに、両手を差し伸べた。

「抱いて」


 まわりで聞いている者にとっては突然の爆弾発言だが、ケイオンは動じず、半身を起こすと、アイリスを、こわれものを扱うようにそっと抱き寄せた。


「抱っこして。おじさま。昔みたいに」


「無理を言う。もうずいぶん大きいのに」そう言いながらアイリスを持ち上げたケイオンは、ぎょっと、驚く。

「なのに、軽いのだな。妖精みたいだ」


「もうほとんど中身は精霊火だもの。もうじき、わたしは、ぜんぶ精霊火になってしまう。とっくに人間ではなくなっていたのよ。……へんね、あなたに会えたから、もう消えてもいいって思ってたのに……わたし……」


 ケイオンの衣の胸もとを、ぎゅっと握りしめた。


「まだ、アウルと、いたい……消えたく、ない」


 身体から、あとからあとから、青白い光の球体が離れていく



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