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魔眼の王 ~Tierra Azul~  作者: 紺野たくみ


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第6章 その6 過去を無くした少女


          6


 欠けた月の一族アティカの名をフィリクスが聞き及んでいたのは、大陸中央部にあるレギオン王国に仕える者たちとしてだった。

 頑強な身体、高い戦闘能力を持ち、王命とあれば他国へ趣き諜報活動にあたる一族。

 彼らは自ら望んで貴き身分も持たないただの一氏族であり、レギオン王国のどこかに彼らの故郷である村があるというが、村の場所は誰も知らない。一説ではエルレーン公国において近年設置された諜報を受け持つ「巡礼」は、彼ら「欠けた月の一族」の存在に倣ったものであると言われている。

 このことをフィリクスが知っているのは、彼がレギオン王国の王家より発したエルレーン公国の国主、大公の世継ぎであるからだった。

 本来レギオン王国に仕える「欠けた月の一族アティカ」であるノーティスとベアトリスが、これより後、フィリクスとソルフェードラ王女の護衛として付き従うという。

 彼らと精霊セレナンの古えの契約によって。

 その契約とは何か。


「我らは白き太陽神殿に縁ある者です」

 ノーティスが言う。

「太陽神殿? グーリアの?」

 ソルフェードラ王女が尋ねた。

 

「創世記に遡る伝説の古き園、白き太陽ソリスを信奉する神殿は、我らがレギオン王国にも、フィリクス・レギオン殿下のおわしますエルレーン公国にもございます。グーリアの本神殿に比べれば、小規模なものですが」

 ベアトリスが頷いて答えた。


 グーリア王国の最高神は白き太陽神ソリス。第二位の神は真月の女神エリュシアである。エリュシアは他国で広く信奉されているイル・リリヤの別名であるという。

 だが、古き神ソリスを祀るのはグーリア王国発祥の太陽神殿のみ。


 この大陸で古代の白き太陽を信奉するものは多くはない。

 太陽といえば真月の女神イル・リリヤの息子である「青白く若き太陽アズナワク」のことを指す。また、アズナワクは単独で神殿を持たず、母イル・リリヤの真月の神殿に二柱ともに並び合祀されるものであるのだ。

グーリア王国では、古より太陽神殿が王を補佐し、都の民の代表を集め、議会を組織して国政を行ってきた。


「畏れながらグーリア王国では今後、長きにわたり混乱が続くことでしょう。先日、ギア・バルケスが、王位に就きましたので」


 ベアトリスは王の名に尊称をつけなかった。

 ソルフェードラ王女は声もなく、息を呑んだ。


「王女様の帰国の望みはございません」


「覚悟は……していました」 

 ソルフェードラ王女の声が震える。


『じゃあ問題ないわ、王女さま! これからは、安心できる人たちがまわりにいるから』

 沈んでいた空気を破って、ラトが明るい声を上げる。

『そうよね、ノーティス、ベアトリス』

「もちろんです」

 胸を張ったのは女性であるベアトリス。

「それにフィリクス殿下もおられます」

「え、そ…れは」

 ソルフェードラ王女が困ったようにつぶやき、頬を染める。

「その通りですとも」

 騎乗で王女を胸に抱き、フィリクス・レギオンは強い口調で答えた。

『これなら大丈夫よね』

 ラトは終始上機嫌だった。


 白い森の出口で、精霊セレナンの兄妹は歩みを止める。

「精霊様?」

 王女を抱いて騎乗していたフィリクスが、振り返る。

『わたしたちはここでお別れです。フィリクス様』

 レフィスは手をのべ、フィリクスとソルフェードラ王女を乗せた騎竜の、白亜の肌を撫でる。あまり感情をあらわにしない端正な顔に、僅かながら別れを惜しむかのような表情が揺らぐ。

 ラトはと言えば、もっと、いろいろとあからさまである。

『頭の硬い長たちが怒るし、あたし、あんまりおおっぴらに森を出てはいけないのよね。でも安心よ、ノーティスとベアトリスがいるから。それに時々は、様子を見に行くわよ。……元気でね、王女様』

「ありがとうございます。本当に感謝しています」

 騎上から王女が手をのばすが、もちろん届きはしない。

「…あの、もうお一方の…精霊さまにも、助けていただいたお礼を申し上げておりましたと……どうか…」

『わかってるわ。伝えておくね!』

 ラトは両手を大きく振って、フィリクスと王女、護衛の二人を見送った。

 精霊火の群れが、ふわふわと漂いながらついていく。


 一行を見送ってから、レフィスはそっと息を吐いた。

『ラト。わかっているだろうが、きっと、国内は大騒ぎになるだろうな』

『まあそうね。エルレーン公の、頑固で知られる公子様が、若い女性を連れて帰ればね。たとえそれが、他国の王女様でなくとも』

『わかっていてやるのだから人が悪い』

『あら、レフィス。あたしたちは「人」じゃないでしょ?』

 精霊セレナンの少女ラトは、いたずらっぽく笑った。

『たまには楽しみもなくっちゃね!』



 ある年の初夏、エルレーン公国の公子フィリクス・レギオンは一人の、記憶を失った少女を精霊の森から連れて帰った。


 当然ながら公邸に仕える家臣たちも民も大いに驚き、反対したりあれこれと詮索したり調べたりもしたが、少女は自分の名前も出身も家族も知らぬ。

 だが、記憶がないながら立ち居振る舞いも見目も麗しく、おそらく他国の身分の高い姫君だろうと民は噂した。

 少女は太陽神殿の加護を受け、神殿の者が常に傍らにあったという。


 やがてフィリクスは彼女に家宝の指輪を贈る。

 指輪には、大粒の月晶石ルーナリシアが飾られており、過去を失った少女は、新たな名前をルーナリシアとすることにした。

 少女は国立学院に通い、美しく成長し、運命の相手と添い遂げる。


 フィリクスは精霊の森で、生涯の伴侶と出会ったのだ。


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