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魔眼の王 ~Tierra Azul~  作者: 紺野たくみ


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第6章 その1 フィリクスと精霊火(改)

     第6章 



 その日、彼、フィリクス・レギオンは愛用の白い騎竜に鞍を置き、遠乗りに出かけていた。


 退屈を紛らわすためである。


 祖父の代に大陸全土を吹き荒れた戦乱の嵐も彼の代で収束に向かい、近隣諸国との国交も結ばれ、長く平和な時代が続いている。

 それ自体は非常に善き事であるが、彼のような腕に覚えが在り、自ら道を切り開きたいと望む若者にとっては、物足りなさを感じる状況であるのは否めない。


 生まれた時から、敷かれた道の上を歩むだけ。

 変化も将来の展望も無い。

 領地を継ぎ繁栄させていく責務。

 いずれそう遠くない未来に、用意された相応しき相手との婚姻を結ぶであろうことも、義務として跡継ぎをなすことも、子が成人するまでの養育と身の振り方を用意してやることも、そしていつかは老いて死すことも。

 全ては、定められたまま。

 彼の生まれに於いては致し方ないことだった。


 幼い頃には反発もした。

 少年の頃には、武術の師と仰ぐ賢者と共に領地の東に広がる奥深き精霊の森へと旅をし、余人の恐れる精霊火スーリーファの大河の中に身を置いたこともある。フィリクスの国では、そのような経験のある者はそう多くはない。

 帰国して後は、責務を果たすために国立学院の学舎に籍を置き、最も優秀な学生と賞賛を受けて卒業した。

 青年となった今、彼は周囲の状況を見通し、自身に期待する人々の願いを知り、課せられた役割を果たしている。


 ただ、彼はまだ充分に若い。

「たまには気晴らしの遠乗りくらい、させてもらおう」

 騎竜を疾走させながら彼は独りごちた。

「フィリクス様! お待ちください」

「追いつけませぬ!」

 従者たちはすぐに音をあげ、しだいに遅れ気味になり、はるか後方に置き去られてしまう。

 遠乗りに誘った従者は、どれも彼に仕えてから日が浅い者ばかりだ。わざと、彼の走りについてこられないような、若く、騎乗に慣れていない従者たちを選んだのは、フィリクスの、重圧に対するささやかな反抗だった。彼ら、新参の従者たちは、最近、騎士に取り立てられて、ようやく騎竜に触れることを許されたばかりであったから。


 エルレーン公国では王侯貴族や騎士、高貴な者の乗り物として訓練され、育てられてきた騎竜。

 それに対してグーリア王国では、もっぱら国王バルケスの求めで、より強く頑丈で身体も大きい個体が選別改良されていった結果、鎧のように硬い灰色の皮膚、腹部が赤い、怪物とも見紛う種類だけが残り、グーリア軍に配備されているという。

 エルレーンでは、むしろ高貴さ、美しさが最優先で求められてきた。このため原種は同じ《騎士の龍》だが、エルレーン種は《白亜竜》グーリア種は《灰色龍》である。エナンデリア大陸全土で、別名を『灰色蜥蜴』とも呼ばれ忌み嫌われるのは、グーリア軍の容赦ない蛮行に由来する。

 

 フィリクスの駆る騎竜に付いてこられる者はなく、気がつけば彼一人が草原を疾走していた。


 そこで彼は手綱を緩め、騎竜の歩みを止めた。

 従者たちが追いついてくるのを待たねばならない。


 主人であるフィリクスに追いつけず任を果たせなかったとなれば彼らが責任を負う。

 それは彼の意図するところではない。


 白い騎竜を止めたのは、草原の果て。

 東の大森林への入り口となる境界の、ほど近くだった。


 フィリクスの領地では森林族と呼ぶ、クーナ族の領域だ。


 むろん彼ら森林クーナ族とて大国の領地に組み入れられているのは言うまでも無いが、先祖代々、森林族たちには自治権が与えられている。


 彼らは森から得る恵みを活かし、自然と共存して生きている。

 精霊の統べる聖域の森に足を踏み入れて無事でいられるのはクーナだけと巷で言われるのは、そこに由来するのだ。


 聖域の森には、精霊の魂である精霊火スーリーファが漂い遊ぶ。

 時には幻のように、半ば青白く透き通った精霊の姿を見ることもあるという。


 そして、まさにこの時がそうだった。


 フィリクスの駆る白い騎竜の周囲に、精霊火スーリーファが漂いはじめ、その数はみるみるうちに増えていく。


「フィリクス様!」

 追いついてきた従者たちの声が、遠く、聞こえた。


 このような場合、狼狽え、慌てて逃げだそうとする者は多いだろう。

 その者たちは精霊火に惑わされて森の奥へと進み、そのままどこへ迷い込んだものか、帰還することはないという。または、幻を見て、気が触れたり自ら河や水辺に落ちる者も少なくない。


 フィリクスは無論、そうしなかった。

 幼少時より、クーナ族である武術の師、共に精霊の森へ入ったこともある老師から聞いていたのだ。

 精霊火スーリーファを恐れるべき者はよほどの悪人だけだ。なぜなら精霊は、人の心を映すものであるから、と。

 よって、彼は、ともすれば怯えて逃げ出しそうになる愛用の白い騎竜をなだめ、落ち着かせて、おびただしい数の精霊火が大河となって流れていく光の奔流の中を、しっかりと踏みとどまっていた。


 従者たちは逃げ出したかもしれない。

 彼らがフィリクスを呼ぶ声もいつしか聞こえなくなっていた。

 音の消えた世界で、フィリクスは、不思議なものを見た。


 精霊火の大河の中に、一人の少女が佇んでいる。


過去に遡っています。生前(?)のラト・ナ・ルア登場します。

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