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魔眼の王 ~Tierra Azul~  作者: 紺野たくみ


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第5章 その5 兆し(改)



 エルレーン公国立学院では、夏の終わりに行われた進級試験で、ほぼ半数の学生が進級し、残りの半数の学生達は、そこで学院をやめるか、専攻科目を変更して残る、または留年する、などの進路の選択をすることになった。


 シャーリーやチャスカが学んでいた、「精霊科」別名「魔法師養成所」では、基礎科目の終了時に行われた、「試しの儀」が、それに相当する。

 試験の結果は公表されることはない。

 同じ学年にいる生徒の数が減っていることで、それと知るのである。


 シャーリー、チャスカ、セラニスは三人ともめでたく進級した。


 学生達は互いに、精霊と出会ったのか、どのような精霊であるのか、を口外することは禁じられている。個人の胸の内と、指導する老師だけが知ることだった。


 そして季節は巡り、それぞれの進路や抱く夢に、否応なく変化が訪れる。


 シャーリーは精霊科で、自分の精霊の性質や付き合い方を学ぶ。

 チャスカは彼女と同じクラスだが、午後は老師に紹介された剣の師について学ぶこととなり、実戦型の戦闘訓練を受けていた。

 セラニスは、ときおり友人達と会いはしたが、学舎に現れることは減っていた。



「なんだと? シャーリー、もう一度言ってくれないか?」


 彼女がそのことを最初に打ち明けたとき、チャスカは「信じられない」と言って、受け入れなかったものである。


「ええ。わたしは学院をやめることになったの。今まで仲良くしてくれて、ありがとう。チャスカ、セラニス」

「先日、老師は、そなたに期待していると言っていたぞ! ここまで研鑽を積んできて、学院を辞める!?」

 ひさしぶりに友人と食事を一緒にしたいと言われ、喜んでやってくればこの報告である。チャスカは戸惑いと驚きを訴えた。

 だが、いつものように彼女たちとテーブルを囲んでいたセラニスには、ある程度、このことは予想がついていたのかもしれない。

「チャスカ、彼女にも事情があるのよ」

「事情だと!?」

 なおも納得がいかないふうのチャスカに、セラニスは笑顔で返す。

「時として、事情というのも、いろいろあるの。たとえば、すっごく嬉しいことだったりしてね」

「なにを言ってるんだ? 二人とも、どうかしてるんじゃないのか!」

「シャーリー、この子には、わかりやすく言ってあげてくれない? あなたが学院を出るのは、おめでたいことの準備をするからだ、って」

「わかったわ!」

 彼女はこくこくと頷くと、左手の指にはめられた金の指輪を見せた。一粒の石が留められている。透明な結晶の内に奥ゆかしく神秘な輝きを宿す、月晶石ルーナリシアだ。それなりに高価であることと、鉱石の中で最も硬いということでも知られている。


「……な!」

 真っ赤になったのは、チャスカの顔だった。


「これは、こここ婚約指輪とか、いうものではないか!?」


 大声を出したのでこんどはシャーリーの方が慌てた。

「そうなの。でも、まだ他の人には言わないでね」

 ひとり落ち着いているのは、セラニスである。

「もうみんな知っているわよ。噂でもちきりだわ」

「噂? なんだそれは」

「え! そうなの?」

「知らないのは、シャーリー、あなたと、チャスカくらいよ。北の国の王女様はこの学院で良い人と出会って結婚も間近だって学内では有名な話よ。でも、そんな幸せなお相手はどなたなのかしら?」


 その幸運な相手は誰なのか。

 セラニスに尋ねられ迷ったあげく、思い切ったようにシャーリー姫が相手はフィルという青年だと告白したとたん、

「待った、初耳だぞ?」

間髪入れずにチャスカが鋭く切り返す。


 シャーリーの頬が赤くなった。

「あっ…二人には話していなかったわね。ごめんなさい」


「彼はフィリクス・アル・エルレーン。わたしの数少ないお友達のひとりなの。最初はよく図書館で出会って、そのうち少しずつ話すようになって……一緒に街でお茶を飲んだりして……そのうち、ずっと一緒にいたい人だと思うようになって」

「で、それだけか?」

 つまらなそうにチャスカは紅茶を飲む。

 話している間にぬるくなっていた。

 ちなみに彼女たちが頼んだのは女学生定食である。

 セラニスが女学生というのは年齢詐称ではないかと思ってしまうチャスカだった。


「えっ……」

「図書館? お茶? それだけで、婚約指輪を交わす仲になるのか? それなら、わたしやセラニスの方がずっと、そなたと親しいと言っていいのではないか。なのに、そっちの方がいいのか?」


「チャスカ。論点がずれているわ」

 笑顔でセラニスは言う。

「本心では、あなたは、シャーリーが異性と交際していたことを話してくれなかったから面白くないのでしょう?」

「……そっ、そんなことはない。知らなかったし、相手に会ったこともないから、賛成も反対も判断しようがない、それだけだ」

「ちがうのよ! 交際なんてものでは……ただの、お友達だったんだから!」

 真っ赤になってシャーリーは打ち消した。

 くすくすとセラニスは楽しげに笑う。

「実はね、わたしはシャーリーの婚約相手が誰なのかということは知っていたの」

「なんだと!」

 こんどはチャスカの頬に赤みが差した。湯気が立ちそうだ。


「ということは……何も知らなかったのはわたしだけか!?」


「まあそうなるわね。ちなみにわたしも、彼女から直接聞いたわけではないわ。常に耳を澄ませて、情報を手に入れるよう心がけているだけ」

「……セラニスは本当に人が悪いな」

 チャスカはセラニスを睨む。

「出会ってもう何年かになるが、いまだにわからぬことばかりだ」

「あら、そのほうが面白いでしょう?」

「そなたは、まったく……」

 どういう女かと嘆息するチャスカ。


 セラニスは話を戻して、

「フィリクス様は、見目麗しく性格も家柄もよき殿方。内心狙っていた女性は多かったのよ。さっきも言ったように、婚約のことは、もう学院じゅうに広まっているわ」

 落ち着いた対応を見せれば、

 対してチャスカは、。

「だが、わたしは聞いていなかった!」

 いまだ興奮冷めやらぬ様子である。

「二人とも、なんで教えてくれなかったんだ!」

 突っかかるチャスカに、セラニスは穏やかに笑ってこたえる。

「チャスカ、あなたははまだ十四歳。政治的駆け引きや大人の恋愛話などは興味がないようでしたもの」

「それでも一言あってもよいではないか」

 水くさい、とこぼす、年下の親友に、シャーリーは慌てる。


「本当にごめんなさい、急なお話だったのよ!」


故国くにの兄が急にやってきたの。兄は以前この学院に留学していた時にフィルと友人だったとわかったのよ」

「……ええと、それはシャーリーも知らなかったというのか?」

 なんてのんきな娘だ。とチャスカは思わずにいられなかった。


「わたしもそのときになって初めて、フィルがエルレーン公の甥だってことを思い出して。兄たちはすっかり誤解して。わたしが結婚を前提として交際してるとか、彼なら身分的にも申し分ないとかいうの! そんなつもりではなかったのに……」

 あきれ顔で年下のチャスカが口をはさむ。

「しかし、そなたも王家の者なら、結婚は政治だとわかっていたと思ったが」

 自分もそれくらいはわきまえているとチャスカは言う。

「それはわかってたの。でも」

 シャーリーは頬を染める。

「フィルのこと、政治的な交際だとか思っていなかったのよ。ただのお友達だって……それなのに兄ったら、故国くにには自分も二人の姉もいるから跡継ぎは大丈夫だ、自由にしなさいなんて言って! 追い詰めるのよ。ああもう……何から言えばいいのかしら。わたしも混乱しているの! 何もかも初めてで」

「おめでとう、シャーリー」

 セラニスが答えを出した。

「結婚したいと思うくらい好きな人に出会えるなんて、幸運よ」

「そうだな。考えてみたが、シャーリーが幸福なら、いいか。しかし……めでたいことだが、なにもそんなに急に……学生のうちから」

 納得しきっていない顔をしているチャスカに、セラニスはからかうように言う。

「あなたも、故国に許婿いいなづけがいるでしょう」

「そっ、そんなの……!」

 こんどはチャスカが真っ赤になった。

「あんな朴念仁! バカで不器用で、なんにもうまく言えなくて真面目だけが取り柄で、だいたいちょっとばかり自分の方が背が高くて筋肉があるからって」

 くすくす笑い出すシャーリー。

「何を笑ってるんだ!」

「ごめんなさい、だって……なんだか、あなたのお話を聞いていたらその人、わたしの兄に感じが似ているんだもの」

「…そうなのか?」

 意外そうにチャスカはシャーリー姫を見る。

「ええ。だから請け合うわ、その方は誠実な人よ。よかったわ、チャスカにも、そんな人がいるのね」

「………うう。まあ、そなたが言うなら……そういうことにしておいてやっても、いい」

 なおも納得がいかなそうに頬を膨らませるチャスカを、シャーリーとセラニスはほほえましく見やった。

「あっ、そういえばセラニス、あなたのほうは……」

「心配ご無用よ。わたしは将来の就職先がもう決まっているの。当分は、仕事に打ち込むことになるわ」

「それはどこに? 聞いてもいいのかしら?」

「かまわないわ。わたしの故国、サウダージ共和国よ。首都から少し離れた、ルイエという街に勤めるの。いいところよ、温暖で、暮らしも安定している国。ねえ、いつか機会があったら、わたしの国にも遊びに来てね」

「ええ! きっと、いつか訪ねるわ」

「じゃあ、うちにも来てくれ。小さな国だが。このエルレーンからグーリアへ向かう途中にある。水晶のキスピだ。わたしの名前を告げてくれれば歓迎するぞ」

「約束するわ。わたしは彼とここに、エルレーンに家を探すもりなの。ぜひ遊びにきて。わたしも二人が卒業したら、きっと訪ねていくわ」


 三人はテーブルの上に伸ばした手を取り合い、約束を交わした。


 ……いつか、きっと、いつか。


 けれど彼女たちの約束が果たされることはない。

 そのとき、セラニスだけは知っていたかもしれない。



 シャーリーは気さくな人柄だったが、北の王国アストリードの王女という生まれが災いして、学内で親友と言えるのはチャスカとセラニスだけだった。


 三ヶ月後に行われた結婚式は、この二人と、担当講師だったコマラパ老師、兄と、姉たちの名代と、ごく内輪の者ばかりを招いた、つつましいものだった。

 まるで、ただの学生同士の結婚のように。




第5章、あと一回続きます。2015/09/05改稿しました

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