第5章 その3 月と日と星と (改)
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「ところでセラニス。少し尋ねたいのだが」
「なにかしら、チャスカ?」
「そなたは、いつの間に若返ったのだ?」
公国の首都シ・イル・リリヤ。
エルレーン公国立学院。
学舎から宿舎へと向かう、並木道を歩むチャスカとセラニス。親友同士のように肩を並べ、親しげに語り合う二人の美少女。
他の学生たちにはそうとしか見えないだろう。
「あら、なんのこと?」
右足に重心を移し、つま先立ちでくるりと身を翻すと、セラニスの腰まで届く深紅の髪が揺れる。
十三歳のチャスカと同じ年頃に見える、幼い面差し。
ときおり浮かぶ、年齢に似つかわしくない蠱惑的な笑みを知る者は、学院ではチャスカだけだろう。
どんな伝手を使ったものか、学院関係者は、学長や側近といった責任の重い立場の者ほど、彼女たちに対して下へも置かないほどに丁重に扱うのをチャスカは幾たびも目の当たりにしている。
辺境の名も無き小国の出身にすぎない自分に対する通常の対応ではあり得ないことであると、チャスカはよくわきまえている。
また、彼らの前では、セラニス自身も、一国の代表の意向を顕現する者として振る舞う。
「最初に会ったときはもっと年上だと思ったが。そなたは全く変幻自在だな。まるで夜ごとに姿をうつす夜空の月だ」
「言ったでしょ? わたしは真月の申し子、養い子なのです。そしてあなたは太陽の巫女。このわたしにとっては、自ら光を放つ太陽が必要なのですわ」
一転して、いたずらっぽく幼い表情で笑う。
「だから、あなたを誘ったの! 夜の空から、あなたがいつも一人で悩んだり運命に憤ったりしているのが見えた。わたしも、お母様のほかには誰もいなくて、ずっと一人だったから。あなたと友だちになりたいって思ったのよ」
「空から見ていた……か。わかった、わかった。そういうことにしておこう」
「やっぱり信じてないのね? 悲しいわ」
チャスカの肩に腕を回して、ぎゅっと抱きしめ、ころころと笑う。
「そう言われても、ぜんぜん悲しんでいる風ではないなぁ……」
ほおずりされ、すべすべで柔らかな頬やしなやかな細い腕の感触に、ふと思い出す。最初に出会ったときには触れることもできなかったはず。確かにあの時のセラニスとどこか違うような。
次第にチャスカも彼女がそばにいることに慣れてきた。
真月の申し子だなどとははなから信じてはいないが、やはり普通の人間ではないし、といって精霊と呼ばれる存在でもない。強いて例えるならば……
(魔女? とでもいうべきか……?)
そうしてエルレーン公国からすれば遙か異国の地から、はるばる公国立学院で学ぶためにやってきた二人の少女、チャスカとセラニスは、大勢の、他国からの留学生たちの中に、紛れて目立たなくなって……は、いなかった。
少なくともチャスカは、自分など地味な異国人にすぎないと考えていたのだが。
セラニスに至っては、完全なる確信犯であった。
学院に留学している外国人は多いが、飛び抜けた美少女であれば、それだけでも際立つ。自分たちが二人でいれば、人目を引かないわけはないと。
いずれ数年後に故国に帰れば女王になるチャスカの事情は、自分で言わなくともいつの間にか周囲の学生たちの間にも広まっていた。
常に親友として側に居るセラニスの存在もあり、あえて彼女たちとお近づきになろうという勇気のある学生は、入学してほぼ1年が過ぎても、ほぼ現れなかった。
この点は、チャスカも内心、残念に思っていた。
しかし、唯一と言っていい例外があった。
それは、今、激しく手をひらひらと振りながらこちらへ駆けてくる女学生だ。
銀色の長い髪が風になびいている。
華奢で、上品で優しげな顔。
このあたりではちょっと見かけないほど色白でほっそりとしている。高等部の学生である。
彼女もまた、一般学生とは一線を画していた。人か、はたまた精霊かと、一般の学生たちは近寄れずに遠巻きにして、それでも目を離すこともできず注目しながら、見送るのである。
「ごきげんよう、チャスカ、セラニス。もう基本授業は終わった? この後の予定なんだけど、コマラパ老師のところへ行くわよね? ご一緒しましょ!」
「当然、我らも共に行くと信じ込んでいるだろう、そなたは」
「あら、ちがう?」
小首を傾げる。
「……違わないが」
チャスカは不服そうだが、目的地は同じなので頷くしかない。
あまり積極的でない彼女に比べ、セラニスは嬉しそうに笑って、やってきた女学生に飛びつく。
「もちろんご一緒しましょ! シャーリー」
シャーリーは高等部から編入してきた、人なつこい美少女だ。北方の国の高貴な生まれだと、本人は自分のことを語らないが、好奇の目で見られ、人の注目を集めていた。
彼女たちの接点は、学部外に設けられた特別講座で顔を合わせたことにある。
東の森林地帯に住むクーナ族の出身であるコマラパ老師が、学院に招かれ、魔法師養成部の学生を対象にした護身術の講座を受け持っていたのだ。
体術を重点的に極めたいと公言しているチャスカがまず参加を申し込めば、セラニスも当然のごとく同行した次第。
その教室で出会ったのがシャーリーだった。歳は少し上だったが、転入生ということもあり、みんなと同じ一年生だという。
講座の第一回目、全員が順番に自己紹介をした。
「寒いところの出身なんで暑さは苦手ですけど、がんばります」
北国生まれでおっとりした優雅なものごし。人なつこい爽やかな笑顔が印象的だった。
「それにしてもシャーリー、王女様に護身術など必要なのか。護衛がいるのでは」
「あなたこそ。チャスカは故国では沢山の護衛がいるんじゃない?」
「護衛など要らぬ! 自らが強くあればよいのだ!」
「これですもの、シャーリー姫。この子は何か根本的に間違っているような気が致しますわ。あなたを見習って、これからもう少し娘さんらしくなるとよろしいのに」
「うるさい!」
魔法師養成部では、最低でも5年、人によっては10数年もの間、厳しい学科や武術、医療修行に励んだ後にようやく魔法師となる道が拓かれる。
注意すべきは「道が拓かれる」にすぎないことだ。
卒業の際に行われる試験で「精霊」に選ばれなければ、魔法師にはなれない。
それまで学んだ学問や技術を生かした、別の職業に転職するしかないのである。
シャーリー姫、少女の頃の話、もう少し続きます。
おつきあい頂けましたら幸いです。
2016/01/31 改稿




