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電脳世界戦争  作者: 月見だいふく
第一話 はじまりの春
3/4

003

 杏にもあれが見えている?


 今も、と言ったということは、今この瞬間もあのバケモノたちに囲まれているのを体感しているのか。


 考えれば考えるほど、分からなくなる。謎が増える。


 とにかく、杏は玲也などが理解できる領域の人間ではないのだろう。なにか特殊な、特別な事情があるのだ。もともと身元もあまり知らされていない。それだって十分頷ける話だ。

 そう無理矢理完結し、頭痛の名残でぼんやりした思考のまま、五組の教室の扉をガラリと開ける。


 一瞬で自分に集まる視線、視線、視線。


 そうだ、あのバケモノたちが見えなくなったとはいえ、自分にはこの問題がある。


 他人ばかり、知ってる者など誰一人いない。

 この一年、過ごす教室。クラスメイト。

 三年間の高校生活。


 集まる視線とはなるべく目を合わせないように、教板に映された席を確認し、せかせかと机に荷物を置く。

 特に話しかける必要もないと判断したのだろうか、集まっていた視線はすぐに消えていった。

 席は運良く窓際だ。隣に誰もいない空間はあるのはとても助かる。開け放たれた窓から春の匂いが風に乗って鼻をくすぐる。


 ……こんなに気持ちいい天気だけど。


 恐る恐る、さっき杏に渡された腕輪をはずしてみると、先ほど見た胸の悪くなるような奴らが教室にも勢 い良く飛び回っていた。

 慌てて腕輪をつけなおし、詰めていた息を吐き出す。


 見えなくなったというだけで、聞こえなくなったというだけで、いなくなったわけではないんだ。


 腕輪をつけた状態で改めて教室を見渡す。グループになって話しているのもいるが、玲也のように一人で席に着いている生徒も少なくはない。まあ、今はまだ、だが。すぐにそれぞれが気の合う同士で共に行動するようになるだろう。ちょっとしたきっかけや少しの思い切りで、みんな小さな集団にまとまっていく。


 玲也も、何かきっかけがあって根暗から卒業、晴れてクラスの中心に――


 なんて展開、期待していないと言えば嘘だ。けれど、そんなきっかけなんてなかなか上手く転がってくるはずがない。それに、玲也に他人に話しかけることなんてできやしない。

 自分を変える勇気もない根暗は、いつまでたっても死ぬまで根暗なのだ。




 席に座ってぼんやりしていたら、ほどなくして担任が入ってきた。若い女だった。


「はーい、着席してー」


 大人しくグループを解き座っていく生徒たち。その従順さはさすがエリート校といったところ。しかし、玲也の前の席は主のいないまま。


「えっと、高木くんの前……神代(かみしろ)くんはまだ来てない?」


 先生は玲也を見ながら言うが、知っているはずがない。教板の席表だって自分を見つけただけで、他の名前なんて見ていないので、その苗字すら知らなかった。

 黙ったまま首を振ると、先生はまあいいかと呟く。


「じゃあ、もう時間だしホームルームを……」


 その言葉を遮るように扉が開けられる。

 バァンッ、と音を立てて勢い良く開けた(なにがし)が、息を切らしながら教室に滑り込んできた。


「すみませ、……遅れました」


 そのときクラスに漂った沈黙は、初日からヘマをしたクラスメイトへの非難のそれではなかった。


 整った顔の造形とスタイル。穏やかだがきりりとした目。長い手足に灰に近い暗い金髪。

 男の玲也から見ても惚れ惚れする、いわゆるイケメンという枠には遥かに収まらないイケメン。


「あ、ああ……あなたが神代くんね?」

「はい。神代翔吾(しょうご)です」

「つ、次からは気をつけるのよ?」


 先生もたじたじな彼は、はにかむようにすみませんと謝った。その笑顔に女子の列が黄色くざわめく。

 そして席まで歩いてきて、後ろに座る玲也に笑いかけてきた。よろしく、と口だけで言ってくる。

 玲也はそれに少し顎を引くように頷いて返した。



 これまた、やりにくいやつだ。


 その完璧な仕草は爽也を彷彿する。

 こいつは弟と同じ、人に嫌われない無敵主人公タイプだ。


 そして、こういうやつは玲也みたいな扱いにくい根暗は敬遠するのだ。しかし避け方だって露骨にではなく、上手く視界から消し去るような。爽也は例外。あいつは馬鹿正直で根が単純なので、嫌い苦手なんてまず存在しない。

 そんな主人公タイプがクラスにいると、余計にやりにくくなるのはこれまでの人生で経験済みだ。

 幸い、イジメなるものの標的にされたことはなかったが、こういうやつの裏の顔は全くわからないから気をつけなければいけない。


 そんな警戒心が溢れ出していたのだろう。いつの間にかホームルームは終わり、入学式の入場準備が始まっていたがずっと何やら難しい顔で座っていた玲也に、翔吾は話しかけてきた。


「どうかした? そんな険しい顔して」

「あ、いや、別に……」

「もうみんな廊下に整列してるよ」


 早く行こうとなんの躊躇いもなく手を掴まれる。見知らぬ他人、それも警戒対象に触られ、玲也の体は硬直した。ブレザーの袖が少し捲れて、杏から貰った腕輪が見える。


「ん? これなに?」


 そう言って腕輪に触られかけ、なぜだか分からないがそれは嫌だと直感が叫び、玲也は慌てて立ち上がった。


「別に何でもないよ、行こう」


 そして翔吾の顔は見ずに、廊下へ歩いていった。



 *



 なんなんだ、なんなんだこいつは!


「高木くんってさ、どこ中出身?」

「ん、近所の」

「ああ、箕丘(みおか)第一?」

「そう」

「白秋って普通科でも結構難しいじゃん。高木くん、頭いいんだねー」

「まあ、うん」

「うわーヨユウだね〜。頭良さそうだもんね、いいなあ。僕なんかさ、もう受験なんてぎりぎりでさあ」

「そうなんだ……」

「まじ、やばくって。これから心配でさー……ほら、ここって普通の五教科だけじゃなくってコンピュータ系にも力いれてるじゃん。両立できるかどうかすごい不安だよ。まあ、それがしたくてここに来たんだけどね。高木くんはなんでこの高校志望したの?」


 まるで旧知の友のような親しさで、ずっと玲也に話し続ける翔吾。

 わりと疎ましがるオーラを出しているはずだが、どうやら翔吾は全く察していない様子。

 ただでさえ人と話すのは苦手で、その上相手は人の目を引く美男子。周りの視線も嫌というほど集まってくる。


 これはなんの拷問か!


 そう叫びたいのを堪え、必要最小限の言葉で返事を返していく。


「まあ、色々とね」

「ふーん……」


 列が動き出し、会話もそれまでになった。

 歩きながら、自分より少し背の低い翔吾の頭を、自分の長めの前髪を通して見る。サラサラの銀髪。染めてる感じはないし、ハーフなんだろうか。たしかにそう言われても不思議ではない顔立ちではある。


 人懐っこそうな、明るいムードメーカーで美形。それだけで玲也が避ける条件が整ってしまう。苦手なのだ。玲也という人間の不甲斐なさ、情けなさを見せつけられているようで。


 校門で爽也に僻んだ罰なのかも。


 勘弁してくれよ、と翔吾に聞こえないように小さくため息をついた。

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