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少女のコクハク

 アイサキ ヨシノ

 愛崎佳乃について、ぼくは正直あまりよく知らない。第一印象は将来が楽しみねぇと近所のおばさんから言われていそうな子。他の女子生徒と比べても、飛び抜けて美人だった。昔からよく笑う子で、クラスの中心にいたのを覚えている。小学校という小さな社会の縮図の中でも、彼女はまさに偉いポジションにいた。人を見下すこともなく、悪口ではやし立てることもない。本当に「いい子」なんだなぁと思った。

 あくまでそれは五年前までの佳乃の印象だけど。

 今となっちゃあ話は別だ。


「すごく痛そうっすねぇ」

「……実際に痛ぇよ」


 グルグルと適当に頭に巻かれているのは包帯ではなくトイレットペーパーだ。

 先ほど、小一時間ほど前。ぼくは佳乃に後頭部を殴られた。卵焼き器で。

 遠慮も容赦もなく殴られて、見事に血が出たわけだけど。今殴った張本人に大人しく手当されている。ものすごく雑だ。


「星田くんが逃げようとするから」

「危険を感じたら動物は逃げるものなんだよ」

「キケン?キケンなんて感じたの?おっかしいの」


 トイレットペーパーに滲む血の量を見てみろ。笑えねえよ。

 グルグルグルグルグルルルルル。

 ずり落ちて視界を遮るけれど、お構いなしに佳乃は巻き続ける。これぼくの不都合とか全然考えてないよなぁ。血は止まってないみたいだけど、大丈夫なのかこれ。


「ぼくをこんなところに連れてきてどうするつもりだったの」


 授業が終わって早々と帰る準備をしていたら、いきなり佳乃に腕を引っ張られた。あまりの突然の出来事に驚いて、カバンを机の上に置いたまま、学校からそう遠くないマンションまでのこのこ着いてきてしまったけれど。結果、いきなり殴られそうになって(その後無事に殴られて)、こんな時間までこの部屋に滞在することになっているわけだ。

 この部屋……マンションの一室なんだけれど、ひどく殺風景だ。家具も必要最低限のものしか置いていない。佳乃の家……なんだろうな。たぶん女の子の部屋をじろじろ見るのは一般的に失礼にあたるはずだ。でもぼくとしては女子の部屋に入るなんて小学生以来だからさ。鼻の下も伸びるわけだよ。

 ピクリとも動かない表情筋を動かしたつもりになりながら、ぐるりと部屋全体を見物する。さっきなにか質問した気がするけれど、ぼくはなにを佳乃に聞いたんだっけ。数分前に自分の言ったことが既に記憶層からはみ出ている感じがするんだけど、本当に頭は大丈夫だろうか。


「五年前の続きだよ」


 ざわりと胸に引っかかる、五年前。

 佳乃を見る。彼女はやっぱり笑っていた。……五年前。五年前ねえ。

 さっきも聞いたけれど、もう少し具体的な説明がほしい。いや。説明もなにもぼくはしっかり頭で理解しているはずなんだけれどな。心がそれを拒絶しているらしい。


「んーもう少しわかりやすく言ってくれないかな」

「わたしの恋人になってほしい」

「はぁ?」


 素で聞き返した。しっかり聞こえていたけれど。嘘だろ冗談だろマジかよやめろと笑い飛ばしてやりたかったけれど、体が硬直してできなかった。

 佳乃の恋人。

 ああ、なんだ。そういうことか。なるほどなるほど。五年前の続きということはそういうことか。

 頭の片隅で納得した。綺麗に合点したのだ。佳乃がなにをしたいのかもぼくはわかってしまった。五年前の続きという意味も。

 とりあえず、ぼくは佳乃に逆らえない。ほんのひとかけら残っているぼくの良心が、この子の拒絶だけを許さない。それに彼女はぼくが断るだなんて思っていないだろう。万が一断ったとしても、今は佳乃のほうが有利だ。ぼくを脅して無理やり恋人の位置に置くだろう。なんてタチが悪い。卑怯だ。ぼくは悲しい。デメリットしかない。


「聞こえなかったのなら、もっかい言うけど」

「言わなくていいよ」


 砂嵐みたいに彼女の声がまとわりついてくる。

 恋人かぁ。

 青春ぽくていいじゃないか。帰宅部のぼくにはピッタリだ。


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