狗族のふたり
銃逸
「クドリャフカ……あの時の仇かっ! 殺せぇっ!」
大婆様との会話をするより前に、蟻が号令をかけた。アルベルト元狩猟隊長が死んだあの時のように、地面からどんどんと蟻が出てきた。
クドリャフカはそれを、的確に一撃で屠って行く。
「早く! 早く殺せっ!」
大婆様が怯えた声でそう叫んだ。この言葉で、クドリャフカの気持ちはかたまった。
「待ってろてめぇら。全員殺してやるから」
そうクドリャフカは低い声で唸った。
蟻との対峙ははじめてではないが、あの時はひとり仲間がついていてくれた。今はそれが無いだけで、なんと心細い事だろうか。
それに、蟻の数が多すぎる。このままじゃ、逃げようとしている魚族と、大婆様を逃がしてしまうどころか、自分の命が危ういかもしれない。
せっかく落ちこぼれが自分の命を賭してくれた情報を逃してしまう上に、まるで後を追うように死んでしまったら、あの世であいつになんて言われるのだろうか。
そんなことを考えていたら、下流から銃声が響いた。それとほぼ同時に、荷物を纏め逃げようとしていた魚族が地面に転がった。
「いてぇえええ! 帰る! やだ! 帰る! 絶対に! どうしてくれんだ! 誰が治すんだ! 役立たずの糞ババアが!」
相変わらず言いたい事は定まっていないが、無駄に喚くので生きているのはわかった。そして、情報の整理がつかないまま、もう一度銃声が響いた。今度は大婆様が転がった。ふたりとも的確に足を撃ち抜かれており、殺す気はないが、逃がす気もないという狙撃だった。
この狙撃の腕を持っているのはクドリャフカの知りうる限りひとりしかいない。それに、このタイミングにこの銃声。
「クドリャフカ。援護に来た」
リヒャルトが、やってきた。その手には、普段の狩りで使っているところを見たことない、小さな銃があった。
「アルベルトの時は私は役立たずだったからな。ちょっとした恩返しだ」
リヒャルトは普段の狩りでは、相手から距離を取って、ライフルのような射程の長い銃で獲物を狙撃していた。しかし、今のリヒャルトはずんずんと敵陣の真ん中にいるクドリャフカ目掛けて歩いてきている。
「リヒャルト! 危ないぞ! このあたりにはまだ蟻が……!」
そう叫んだ時には、既にリヒャルトの足元の土は盛り上がり、地面から蟻の牙が見えていた。
クドリャフカはリヒャルトを助けようと、走り出した。どう見ても間に合わなそうな距離だが、彼はそういう事を頭じゃなくて、反射で行ってしまう。恐らくそれも蟻に読まれていたのだろう。
「知ってるよ。そこまで間抜けじゃない」
銃声が響いた。何発だったかはわからないが、放たれた銃弾は、リヒャルトの足元の蟻、そして、クドリャフカを狙っていた蟻を的確に撃ち抜いて絶命させていた。
「蟻がやっかいなのは、学習して、的確な対応をしてくる事だ。だから、今はあえて、誰にも見せたことのない武器を持ってきた」
そういって、リヒャルトは銃を放り投げた。小さい銃だったので、弾が切れたのだろうか、銃だと動きを見切られると思ったのだろうか。そしてすぐさま、リヒャルトは剣を抜いた。
「クドリャフカ。話は後だ。頭だけ生け捕りにして、他は全部殺すぞ!」
そう言って、リヒャルトはまさに後ろから襲いかかろうとしていた蟻を剣で切り裂いた。
クドリャフカは何も言わず、己の牙と爪で蟻と戦った。




