哀韻世界
怪をテーマに部活で書いた作品の片割れです。
「ぱぱ、ちはるのままはどうしていないの? どこにいるの?」
小さい頃からずっと投げかけてきた疑問。父の答えはいつもこうだった。
「千春が大きくなったら教えてあげるよ」
そう言う父に、幼いあたしはいつもこう聞き返す。
「おおきくっていつ? ちはるはもうおとな!」
父は困ったように、でも愛おしそうに笑ってあたしを見つめる。そしてゆっくりあたしを撫でながらこう言うのだ。
「もっと大きくだよ。そうだなぁ…千春が20歳になったら教えてあげるよ」
あの言葉を、あたしは今でも鮮明に覚えている。
そして、とうとう20歳となる日が来た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お父さん、今日はあたしの20回目の誕生日。約束、覚えてるよね?」
幾分か白髪の混じった父は深い溜め息をつきながら白衣を脱いだ。
「何のことだったか…。何て言っても、お前は聞かないだろう?」
「当たり前! ずっとこの日を待ってたんだから。今日こそお母さんのことを教えてもらう」
父はまた深い溜め息をついた。だがその疲れきった姿とは裏腹に、あたしを見る父の目は優しい。
「お父さん…」
「分かった。約束は守らなくてはな。だが、簡単に教えるわけにはいかない。それはお前も分かっているだろう?」
科学者である父は昔から謎かけが好きだった。謎かけといってもクイズやなぞなぞ、課題など様々だけど。今もそのことを言っているのだろう。
「今度は一体どういう謎かけ?」
「一年以内に母さんを探し当てるんだ」
……えっ?
「お母さんは死んだんでしょ? そのお母さんをどうやって探せって言うの?」
「これを使って、さ」
そう言って父が戸棚から取り出したのは数粒の小さな種だった。
「これって…完成してたの?」
「先日な。だがまだ未完成だ。一粒で過去に留まれる期間は約三ヶ月。とは言っても実験もしていないからな。三ヶ月とは理論上の結果であって、確実に現代に戻って来られる保証もない」
「つまり…その危険な種を使って過去に行って、お母さんを探し出して来いってこと?」
「流石は私の娘。理解が早くて助かる」
「じゃあこれは謎解きというより勝負ってことだね」
「そうなるな」
そうは言っても、何の迷いもなく実の娘を実験台にしようとするなんて…科学者の性ってやつかな。
「期間は一年。母さんの名前、写真がお前の勝利条件だ。お前が勝てば何でも答えてやろう。だが一年の間にそれらが入手出来なければ、母さんの事を知るのは諦めろ」
「えーっ! それはひどいよ!」
「負けなければいいだけの話だ。だろ?」
そうだ、あたしの父はこういう男だった。
「じゃ、これが一年分だ。それと、制服」
手渡されたのは四粒の種が入った小さな袋と学生服。正直本当にこれで過去に行けるのか疑問だね。それに、何で制服?
「この種、どうやって使うの?」
「ただ飲むだけだ。イメージは必須だがな。自分が行こうとする時代、場所のイメージが無ければ効果は無効となる。効力が切れれば自動的に現代に戻る。まぁ」
「理論上は、でしょ?」
「その通り」
「制服は何で? てか、何でこんな物父さんが持ってるの?」
「過去には現在の状況のまま行く事になる。母さんを探すとなれば、お前は私が高校入学した時代に行かなければならない。私の母校に潜入するとなれば制服は必須だからな。先日取り寄せておいた。過去に着いたら着替えなさい」
なるほど。絶対怪しまれたんだろうなぁ。でも先日取り寄せたってことは、今日こうなることを分かってたわけね。
「後はイメージだが、お前は一度私の卒業アルバムを見た事があるな。イメージが重要だぞ。いいな?」
「はーい。思い浮かべるだけでいいの?」
「強く、な。だがまぁこれではお前に分が悪い。少しだけヒントをやろう。まず、母さんは黒く長い髪を持った人だった。次に、母さんは生物が得意な男子が好みだった。あとは…ヒントってわけではないが、文芸部は人が少ないからそこを拠点にするといい」
「……それだけ!?」
「少しだけと言っただろう。これだけあればお前ならどうにか出来るはずだ」
そんなに簡単なものかな。いやいや、現実そんな甘くないはず。
「…じゃ、行ってきます」
「あぁ。あっ、言い忘れたが、過去の世界で自分の名前だけは明かすなよ。もし明かせばお前の存在自体が消滅することになるからな。過去での存在消滅は現在での存在消滅と同じだ。絶対、名前だけは明かすな」
「見られちゃいけないとかそういうんじゃないんだね」
「誰かに見られずに潜入なんて不可能だろう。それに、見られたからといって誰もお前が未来から来たとは思わない」
確かに…。ラノベとかSFとは違うんだ。
「しっかりな。行ってらっしゃい」
「行ってきます。言っとくけど、勝つのは私だからね」
手渡されたコップの中には透明な液体。多分、水。意を決して一粒の種を飲み込んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ここは…学校? 本当にちゃんと来れたんだ。
手には制服一式。ポケットの中には種の入った袋。ちゃんと生身で感覚もある。すごーい。
今は…正午前って感じかな。授業中なら潜入しやすいかも。
……って、潜入ってどうしたらいいの? あれ、あたしパニック状態?
落ち着け落ち着け。とりあえず校内に入ればどうにかなるさ。
……って、誰もいない。
いやいやいやいや、誰もいないってどいういうこと! 今日まさか休日?
あ、そういえば校門に入学式って看板あったっけ…。
いっけねー、いっけねー。本当に落ち着かないとこのままじゃ一年あっという間に過ぎちゃうよ。
とりあえず適当にどこか入っちゃおうかな。え~っと、あ、ここ窓の鍵開いてる。教室でもなさそうだし、ここにしよ。ちょっと埃っぽいかな。ん~っと、文芸部? あっ、ここが文芸部なんだ。一発で当たるなんてあたしって天才?
とりあえず人が来るまでいろいろ調べとこ。記録か何かあればいいけど…。
作品発見。へ~、今部員いないみたい。
…よし、あたし今日から文芸部員になろう。んで先輩としてここに居座って、新入部員から情報収集していこう。
先生とかに会うと面倒だなぁ。制服着ててもここの生徒じゃないし。むやみに動けないってつらい。
……誰も来ないなぁ。制服にも着替えたし、することなくなっちゃった。てか、この制服ちゃんと着方合ってる?
ガチャ。
とっさの音に振り向くと、そこには呆然と立ちすくむ少年がいた。制服着てるから…生徒……だよね?
「あれ…? 君、入部希望者? それとも見学者かな?」
「あなた…は?」
あらら、震えちゃって。もしかして怖がられてる?
「あぁ、あたし? あたしは……そう、文芸部員だよ!」
「文芸部は廃部状態のはずです」
「へぇ~、そうなんだ」
あっ、やっぱ廃部なんだ。まぁ、これで他に部員がいたら厄介なんだけどさ。
「そうなんだ、って…。あなた本当に部員ですか? それに何で鍵のかかった部室に?」
「君、よくしゃべるね~」
「……あなた、何なんですか」
「怒った? ごめんごめん、怒らせるつもりはなかったんだよ」
せっかくやって来た新入部員だし。逃がしてたまるか。
「あたしは君の先輩だよ。君がこの部に入部するなら、だけどさ」
「じゃあ二度と会うことはないですね。失礼しました」
荒々しく扉が閉められた。風のような早さで。
……え? 行っちゃった? うそぉぉぉ、逃げられたぁぁぁ!
結局あれから誰も来ないし…。このまま誰も来なかったらどうしよう。
って、その前に…これから泊まるところすらないじゃん……。
―次の日―
季節が春でよかった。とりあえず当分は学校に泊まるしかないな。文句は言えないけど、やっぱり毛布の一枚や二枚欲しいよね。お風呂は更衣室のシャワー使ったらいいけど。まぁ、あたしは過去に来てるわけだから、そう言うのは気にしなくてもいいんだろうけどさ。
昨日の子来てくれないかなぁ。このままだとあたし自身が動き回らなきゃいけなくなるし…。名前を言わない限りあたしの存在が消えることはないけど、でもたくさんの人に見られたら面倒くさいことになる。
あの子なら来てくれるような気がするのに…。
ガチャ。
扉が開いた。そこから覗く見覚えのある顔には驚きと絶望の色が浮かんでいる。
「あっ、やっぱり来てくれた! 昨日はいきなり帰っちゃってびっくりしたよ」
自分でもびっくりするほど安堵してる。ただあたしが微笑んでいる分、目の前の少年は眉にしわを寄せていく。
「ねぇねぇ、君やっぱり新入部員だよね! これから仲良くしようよ」
今度こそ逃がすわけにはいかない! ちょっと強引でもいい。絶対新入部員を入れなきゃ!
「さようなら、本当にこれで最後です」
「ちょっと待った! 何が気に食わないのか知らないけど、お願いだから入部してくれないかな? そんなに活動があるわけじゃないし、活動日も自由だからさ」
「……どうしてそんなに僕にこだわるんです? 他にも入部希望者なんているでしょ」
「君が必要だからだよ!」
ヤバい、涙目になってきた。あたしってこんなに涙腺もろかったっけ。
「もう入部届けも出したんだろ? わざわざ退部して入部し直すなんて面倒なだけだって。それに、他の部活は結構人数もいるしさ。君、大人数って苦手だろ」
見たところ図星みたい。開いた口が閉まってないし。
「駄目、かな?」
もしこれで断られたら諦めよう。あんまりしつこくして先生や誰かに話されたら困る。
「……まぁ、どうしてもって言うなら…入部しなくもないですけど」
……キターーーーーーー!
「本当? よかったぁ、断られるんじゃないかって物凄く不安だったんだぁ」
これで一安心。絶対負けない。勝つのはあたしなんだから。
「じゃあとりあえず明日は部活するから、放課後ちゃんと来てね! ばいば~い」
あっ…勢いで部室を出てしまった。少年がいなくなった頃を見計らって戻らないと。でも少年が鍵を持ってるからまた窓から入らないといけないのか。
それにしても、あの少年は優しいなぁ。あんな純粋な子を騙すなんてちょっと心苦しいけど…。でも、たった一年だし…許してくれるよね。
これからが本番…。気を抜かないようにしないと。
―数ヵ月後―
種も残り一粒。なのに全然お母さんの手がかりは掴めてない。少年はお母さんのこと何も知らないみたいだし。せめてお父さんを探そうと思ったけど、お父さんがどの人なのかも全然分かんない。どうしよっかなぁ。
「先輩って悩みとかなさそうですよね」
うわっ! いきなりびっくりするなぁ、もう。思わず本を落としそうになったじゃないか。
「そうかな?」
「そうですよ。常に笑ってるし、テンション高いし…。明るいってよく言われませんか?」
「ん~、どうなんだろうね。あんまり考えたことないなぁ」
「羨ましいです、毎日楽しそうで。疲れとかもないんでしょうね」
「…………」
「……先輩?」
そう言えば、お父さんもそんな人だったなぁ。優しくて、いつも微笑んでくれて。目に見えて疲れてるときもあったけど、あたしといる時は疲れなんて見せようとしないんだ。でも、お父さんは何か大きなものを抱え込んでた。人には見せようとしない心の奥底で、いつも何か悩んでて…。
「そういう人に限って…悩みとか、苦しみとか、たくさんのものを抱え込んでるもんなんだよねぇ」
こんなこと少年に言ったってしょうがないのに。疲れてるのかな、あたし。
「……先輩?」
「ん? 何だい?」
「いや、今の言葉…」
「言葉? やだなぁ、とうとう幻聴まで聞こえるようになっちゃったの?」
ごめんね、少年。八つ当たりなんかして。
「あっ、そうそう。やっぱり一年生でむちゃくちゃ生物が得意な子いないの?」
「それ一週間前にも聞きましたよ。今まで何回答えてきたと思ってるんですか」
「そんなの覚えてないよー。一週間に一度は聞くって決めてるだけだし」
「一週間に一度も聞かないでくださいよ。そんな生徒知りませんし。それに、その生徒が何だって言うんですか」
「別にー、ただ好みなだけー」
あたしのお父さんです、何て言えるわけないじゃん。とっさに好みとか言っちゃったけど、正直何が得意で不得意とかどうでもよかったりする。
……なんだろ、凄く熱い視線を感じる。もしかして嘘ってバレた…?
「あれ、どしたの? あたしに何か用?」
「い、いえ。何でもないです」
絶対怪しんでるよ…。ここは変に会話を続けちゃ駄目だな。気を抜いたらボロ出しそうだし…。ひとまず退散退散。
「じゃああたし帰るね。戸締りよろしく」
「あ、え、はい」
しばらく部室には顔出さない方がいいな。そう言えば学校の裏に空き家があったっけ。今日からそこでひっそりしておこう。
数週間後には種の効果が切れる。今のところちゃんと現代に帰れてるからもう問題ないはずだ。
また帰ったらお父さんに笑われるんだろうな。そろそろ本気で手がかりの一つ二つ見つけなきゃ。
現代に戻ったらまず卒業アルバム見ておこう。名前くらいは載ってるだろうし。反則? いや、何言ってるのかよく分からないな。
とりあえず、このままだと確実に負け決定。それだけは阻止しないと…。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ただいまぁ。…お父さん?」
返事がない。もしかしてお父さん今出かけてる? なら今がチャンスだ。確か、卒業アルバムはお父さんの書斎の棚にあったはず。
あ、でもお父さんはいつも出掛ける時書斎に鍵かけてたっけ。お父さん、書斎に入られることすごく嫌がるから。
「お願い、どうか鍵がかかってませんように…」
あっ、ラッキー! 開いた! お父さんそれだけ急いでたんだなぁ。うわぁ、ぐちゃぐちゃ。綺麗好きのお父さんがここまで書斎を汚すなんて。どうしたんだろう。
って、それよりもアルバムアルバムっと。
あれ、アルバムがなくなってる。確かここにあったはずなんだけど。あたしの考え…お父さんに見透かされてるみたいだなぁ。でもこのまま引き下がるわけにもいかないし、何か手がかり掴まないと。
おっと、何か怪しいもの発見。古いノート。記録? ううん、日記みたい。何だろう。
え、ちょっと……これって…。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
どうしてまた過去に来ちゃったんだろう。ここに来たって意味ないことは、昨日思い知ったはずなのに。
あたしが行くところって常に鍵開いてるような気がする。運がいいだけって思ってたけど、もしかしてこれも何かあるのかな。まぁ、過去のことをいろいろ言ったって無駄か。
どんよりした曇り空しちゃってさ。最期に見る空がこんな空なんて…。
なんて、あたしらしくて気持ち悪いんだろう。
「あは、あははははは、ふふ、ふはっ、ははは、あっはは」
気持ち悪い。髪が、肌が、目が、鼻が、口が、血液が、あたしを構成する全てが気持ち悪い。嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
「ふふふ、へへっ、あはっあははっはははは! あ、少年」
真後ろで少年が呆然と突っ立っている。怯えてる。いつからそこにいたんだろう。こんな天気の日に屋上なんか来ちゃ駄目でしょ。
何も知らない哀れな少年。あたしが誰かも知らないで。
「分かんないものなんだね。こんなに近くにあったのに、こんなにあたしに語りかけてきてたのに。あたしは愚かだなぁ」
「な、何を言ってるのか分かりません。とりあえず中に戻りましょう。このままじゃ風邪引きますし、一旦落ち着かなきゃ」
「風邪? そんなのもう関係ないよ。あたしは何も感じない。あたしはここにいないんだからさ」
「先輩はここにいるじゃないですか! しっかりしてください。こっちに来てください。僕、先輩に謝らなきゃいけない事があるんです」
……バカだなぁ。謝らなきゃいけないことなんて君には一つもないのに。変な子。どうしてそんなに必死なの? そんな必死になられたら、どうしていいか分からなくなるじゃんか。このまま何も考えずにいたかったのに…。君はいつもあたしの心を掻き乱してくれるね。
「謝らなきゃいけないのはあたしの方だよ。あたしは君を利用した。あたしは、君の前で〝先輩〟という役を演じてただけなんだよ」
そう、あたしは君を騙してた。あたしにとって君は、ただ情報を持ってくるだけの存在でしかなかったんだよ?
「何言ってるんです? 先輩が何言ってるのか全く分からないんですけど」
「分からなくて当たり前。これからも分からなくていい。むしろ君は分かっちゃいけないんだ」
君が全てを知ってしまったらどれだけ傷つくか…。あたしが出来る唯一の償いは、君をこれ以上傷つけないようにすることだけなんだ。だから、勝手に現れて、勝手に消えていくあたしを許して。
「ごめんね」
本当に、本当にごめんね……。
「…どうして、あれから部活に来てくれなかったんですか? ずっと、ずっと、待ってたんですよ?」
「変なの。あたしのことあんなに嫌ってたくせに」
「嫌ってなんか……」
知ってるよ。君があたしのこと慕ってくれてたことくらい。そうじゃなきゃ、あんなに一緒にいてくれるわけないからね。
「僕は…嫌いだなんて一度も」
「あたしは君が嫌いだよ」
嘘…。嫌いなわけないよ。嫌えるわけない。
「いつもぶっきらぼうで無表情で皮肉しか言わない。周りのことを冷めた目でしか見ないで、自分のことばかり正当化しようとする。なのに何かしていないと落ち着かなくなって、勝手に責任感背負って、必死に部活を成り立たせようとする君が…あたしは大嫌いだった」
そのくせ、君はものすごく優しく笑うんだ。大切な人の前ではいつも笑顔で、相手のことを第一に考える。本当の君は、そんな人。
「これでやっとおさらば出来る。二度と会うことはないよ。会っちゃいけないんだ、あたし達は」
もし叶うなら、どうか更に過去の君が、あたしと出逢いませんように……。
「おさらばって…。どういうことですか! 何でそんなこと言うんです! 僕が悪いって分かってますから。もう二度とあんなこと言いませんから。お願いだからそんなこと言わないでください!」
君は悪くないよ。悪いのは全部あたし。あたしの…存在。
「泣きそうな顔しちゃってさ。でも、もうどうしようもないんだよ。……そうそう、まだ名前言ってなかったよね。あたしの名前は千春。ありがとう松戸彩斗、そして…」
生まれてきてごめんなさい。現れてごめんね。でも…生きていて楽しかったと、あなたと、そして君と過ごせてよかったと思うことを、どうか許して…。
「さようなら…〝お父さん〟」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「 先輩がいなくなって、文芸部員は僕一人になった。この記録は完全に僕の日記となってしまったわけだ。まだ先輩がいないことが理解出来ないでいる。先輩は…どこに行ってしまったんだろう」
「 部室に先輩のものであろう髪を発見した。やっぱり先輩はここにいたんだ。そうだ…先輩に会う為にも、僕は僕に出来ることをしなければ…」
「 研究は上手くいっていない。何がいけないというんだ。先輩、どうしたらあなたに会えます? 先輩、この研究の果てにあなたはいるんでしょうか。心が折れそうになります。先輩…どうして消えてしまったんですか」
「 長い年月が経った。先輩、今や僕にもひげが生えてきましたよ。もういい大人です。今の僕を見たら、きっと先輩は涙が出るくらい笑うんでしょうね。その日も近いです。先輩、もう少しであなたに会えます」
「 先輩。あぁ、先輩。とうとうこの日が来ました。先輩、また会えましたね。この日が来ることをどれだけ待ち望んだか。これからは千春と呼ぶことにしました。いいですよね? もう、これからはいきなり消えたりしないでください。」
「 あの子がとうとう20歳になってしまった。どうにか過去に行くことでごまかしたが、万が一あの子が真実にたどり着いてしまったらどうしたらいい。いや、あの子がたどり着く可能性は限りなく低い。あの子に真実を知られるわけにはいかない。あの子が、
先輩の髪から生み出した〝クローン〟であることは……」
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