かける
君へ
嘘みたいな話だが、聞いてくれるか?
ある魔法使いの男の話なんだ。
その男が一人の少女に恋をした。
ただ魔法使いのいるような世界だから、その少女は普通の人間じゃない。
彼女は、人間に姿を変えることが出来る、世にも美しい“鳥”だった。
魔法使いの男はそんな彼女の、大空を映す澄んだ青い瞳に一瞬で心を奪われてしまったんだ。
大空を自由に舞う彼女。
いつしか魔法使いの男はこんな思いを抱くようになった。
“彼女を私だけのものにしたい…”と。
この頃からだった。男の心の中で、悪魔が甘い言葉を囁き始めた。
“そうだ、彼女に禁断の魔法をかけよう。魔法にかかって初めて目にする男に恋に落ちる魔法を…そうすれば、彼女は私だけのものになる…”
逸る気持ちを抑え男は彼女を捜すために家の外へ出た。だが、彼女を見つけるのにそこまで時間はかからなかった。
彼女は男の家のすぐ傍にある湖の畔で、人間の姿で羽を休めていた。
男は気付かれないように、腰を降ろしている彼女の背後にそっと回った。
そして、男は人差し指を彼女の方へ向け静かに呪文を唱えた。男が最後の呪文を唱え終えようとしたその時だった…
男の気配に気付いたのか、彼女がバッと後ろを振り返った。
だが、それと同時に呪文を唱え終えたので、彼女はその場に倒れこんだ。
男の心は歓喜に満ち溢れていた。
そして、男はその時を待った。
しばらくしないうちに、彼女が小さい声で呻り始めた。男は喜びで胸が高鳴った。
“いよいよだ…とうとう、彼女を私だけのものにできる…。”
彼女はゆっくりと体を起こした。
“あっ…”
男はしばらく声を失ってしまった。
男に優しく微笑む彼女。
だが…なんだろう?
彼女を手に入れて嬉しいはずだ。
嬉しいはずなのに…。
彼女の瞳から光が消えていた。男が恋した彼女の澄んだ瞳に光はなく、暗く陰っていた。心の自由を奪われた彼女は、虚ろな瞳で男にとろけるような笑みを浮かべた。
もう男が想いをかける彼女はどこにもいなかった。男は愕然とした。
男は優しく微笑みかけてくる彼女を見つめ、人差し指を向けた。
消え入りそうな声で一言、呪文を唱えると、男は目を伏せた。
すると彼女の瞳から陰が消えた。
彼女はしばらく不思議そうな顔で、うつむく男を見ていたが、男に背を向けると鳥に姿を変え、優雅に翼を上下させながら、大空の彼方へ飛び去っていった。
…魔法使いの男は、彼女の姿を、はるか遠くみえなくなるまで見つめていたんだ。
呆れた男だね。でも彼は本当に好きだったんだよ。大空を自由に駆ける彼女が。
だからいまだに、大空を舞う鳥の姿を見ると胸が疼くそうだ…。
つまらない話だったね。
君とはまた、お茶でも飲みながらゆっくり話したいものだ。
ではまた会う日まで。
君のよく知る老魔法使いより
読んでくださってありがとうございます*
初めての短編です!ドキドキしています笑
評価、感想をいただけたら嬉しいです(^-^)/