孫娘
9 孫娘
再び足袋をはかされ、やんわりと縛られると、私は別の場所に運ばれた。
一度庭に出た後、小さな庵に連れていかれた。
そして、駕籠のなかに入れられ、また、薬を嗅がされた。
『紫ちゃん?やっと会えたね。君が来てから、今日で二日め、何か分かったかい?』
聞いているのは、夜の丞さんだ。
私は、ここに来てからほぼ眠った状態だったから、情けないけど、話すこともあまりない。
『ずっと寝たままだったでしょ?娘さんを探す手がかりだけは分かったわよ!足の裏を何度も見られたから、特徴が有るのね。ほくろとか、痣とか』
『あっとそれからね、やっぱり駄目だったか、では身寄りのない娘をって。やっぱり誰かを拐うつもりね。悪い人には思えないけど、悪さには変わらない。元締めに知らせれば、お仕置きになるのかしら』
『訳は分かるかい?娘をどうするつもりなんだ?』
『夜まで頑張るわ!今夜、大黒屋に運ばれるみたいだから』
『あいよ。ほんとに安全な仕事だったね。ただ御武家の事だから、跡継ぎを探してると考えて間違いないでしょう。どうして、男子じゃなく、娘なんだろうね?』
『大概は、無宿者に金をつかませ、後で始末する。そんなとこだろうに、探し続けるってのは、やっぱり、宛があるからだろう。今聞いた事は、八番組の組頭に報告するよ!じゃあもう少しの間頑張って』
夜の丞さんは今日も綺麗だった。
それに、頭も良いんだな。
私は、あんまり仕事も出来なくて、少し落ち込んだ。
もう少し何か出来ないかしら。
でも聞き耳をたてて待つ以外、私には何も出来ない。
また、溜め息だ。
おじいちゃんの溜め息。
何がそんなに気掛かりなんだろう?
私の他にも、おそらく八人の娘の足の裏を調べて、それが徒労に終わったから。
誰でもいいって言うことなら、溜め息なんか出ないだろう。
がっかりして、溜め息ばかりが出るのは、会いたいと思っているから。
おじいちゃんのお孫さん?
孫娘は、十六、七で江戸の大棚の娘として育てられた。
足の裏には特徴的な印を持っている。
探しても、探しても見つからない。
それは、どこかが間違っているから?
おじいちゃんは、悪い人じゃないから。
お仕置きなんか嫌だ。
そのお孫さんが、見つかればいい。
本当にお孫さんなんだから、なんの咎めを受けることもないわ。
足の裏に印か。
そう報告を受けて、鳶は安堵した。
関係ない娘は、いつも無事に帰されてきたからだ。
それが、残された形見の手がかりって言うことか。
そうとう変わった印だが、噂に聞いたこともない。
その子の母が、大棚の娘だって言う事なのだろう。
しかしこれだけ探しても見つからないのは、もう江戸には居ないか、印が間違っているかだ。
年や所は間違い難い。
印の場所、あるいは形はどうか?
しかし、仮にも血の繋がった赤ん坊の特徴を間違うものだろうか?
答えは否。
だとしたら、誰かが、故意に違う情報を流したとしか思えない。
ここは、人読みの出番だろう。
私は、まだ日の高いうちに、見せ物小屋を訪ねた。
私の考えは、正しいと確信できたからだ。
見せ物小屋の水山も、何か話を聞いているかもしれない。
そうでなくとも、密かな動きから、すべてを知るのは無理なようだ。
事情を知ることも仕事だが、悪さの代償も払ってもらわなくてはならない。
紫には、また嫌われる事になるが、仕方のないことだった。
人読みは、役者絵を描いている所だった。
紫が入っただけで謎が解けたなら、彼の出番はないわけだから、当然元締めから連絡がなければ、絵描きとして働いていても不思議ではない。
『しばらくです、水山さん。紫は安全にいるらしいが、仕事はようとして進んでいない。私はあなたの力を借りたいと思います』
私が話しかけると、彼は筆をなめながら、こちらを見た。
『これはこれは、わざわざどうも。忍びと風聞きがいて、進まない仕事が有るとは。私も物知らずでした』
人を小馬鹿にした物言いは、相変わらずだ。
強い物言いになるそのわけは、容易に想像がついた。
私も、その点では、彼と同じだからだ。
まだ、人であることを止めていないのだ。
私は、紫を守ると言う事においては、元締めすら怖いとは思わない。
それくらいに無謀で恐れ知らずな勇気を、彼にも感じていた。
『私たちは、元々調べものが仕事でね。潜入自体が珍しいことなんです。まぁそれは、そちらも同じことでしょうが。川蝉からの情報では、くの一がいるだけの裸所帯。幸い、中元の開きもあるらしい。明日、幾つか届け物が有ると聞いています』
『これは。渡りに舟と、そういうわけですね。話しは、元締めに聞いてはいますが、相手は?』
『屋敷の主ですよ。探しているのは、左足の足の裏に印のある十六、七の娘。しかし、噂の一つも無いし、母親の宛もない。そこらがあやだと思います』
『母親の宛か…。わかりました。本物の跡継ぎを探してやれば良いわけですね…』
左足の宛か…。
少し気にかかったが、その事は直ぐに頭の角に消えた。
老兵の、縁者の手がかりか…。
上手く探り出せれば良いが。
私は口入れ屋には少しだけ変装して行った。
元締めの口利きだから、確実に入り込めるんだが、少々顔が売れている。
道すがら、誰かに見咎められないとも限らない。
綿でこけた頬をふくらませ、鼻の横に黒子を付けた。
腹にも晒しを巻き、体格もごまかした。
口入れ屋主人は、私だとは思いもしていないようだった。
『お前名は何という?』
『はい!与平と申します』
『では、これを頼むぞ!殿はもうすぐ御城下に戻られる。挨拶の大切なの品じゃ!失礼のないようにな!』
『はい承知しました!お届けものでございますね』
『終わったら私に言って参れ、給金を遣わす!仕事がないなら明日も来ぬか?荷造りならたんとあるぞ』
『はいありがたい事です。御武家の方は大変ですね。お供での旅では、楽しみなどございますまい。ご機嫌悪く御家来を成敗なさるお殿様もいらっしゃるとか』
『それどころではないわ!疫病で、とうのお殿様が…。とにかく早く行って参れ!』
『は、はい!行って参ります』
やはり、世継ぎの代わりを探してると考えて間違いないな。
悪さの代償は、大きいぞ。
私は、その足で、元締めに報告をしに行った。
元締めの答えは予想外だった。
その的を調べろと言うのだ。
その娘に何があるのだろう?
これは長くなりそうだ。
御隠居の知っている事は、少ないんだろう。
どこまでも遡れと言うのか?
まったく人使いが荒いったらないな。
でも、弟を早く解放するためだ。
そう思えば、やる気が出る。
私は、仰せ遣った届け物を終わらせ、屋敷に戻った。
挨拶の品には、お返しが付き物。
私は、そのうち、その日に使われそうな物に薬を仕込んだ。
皆がその饅頭を食うわけではない。
ましてや、くの一は口にするわけもない。
そこは、八番組の忍びに任せた。
的の御隠居は、すやすやと眠っていた。
ここを足ががりに、その姫君までたどり着けるのか?
まぁ手始めに、八番組の姫君に挨拶を。
『今から、御隠居に話をする。君も聞いていてね』
小さな姫君の名前は?
御隠居に話しかけてみる。
御隠居は、眉の間に苦し気な皺を寄せながら、答た。
『知らぬ。忠保か?いや、そんなわけはない。お前は、もう戻らぬと、道庵先生が…。誰じゃ、お前は?』
『私は、あなたの心。姫の名前を聞いたはず、怒りのあまり、忘れた振りを。思い出すのです。探しているのですから』
『知らぬ。どこにおるのだ?忠保亡き後は、お前しか居らぬものを…』
『私の母親の名を聴かせて下さい』
『上総屋、おまき 』
『上総屋おまき。おまきをどうした?』
『どうもこうも、しょうがない。赤ん坊と一緒に、どこかに隠されてしまったんだ。どこにいる?我が孫よ』
『では、聞こう。上総屋とは、どんな商売をする御棚です?』
『お茶屋だったか。そこの女だ。まさかそんな女に捕まるとは』
『では、私のことを聞きましょう。私は、女の子ですか?』
『そうじゃ、女の子じゃ。忠保が、おまきと同じところにホクロのあるかわいい子だと』
『かわいい子?女の子とは言わなかったのか?』
『男子をかわいい子と言うと言うのか?それに、女の子のような呼び名であった』
『おじいさま、私の名を思い出して下さいましたか?』
『さち。そんな名だったな?違うか?』
『さち?さちですか?』
『いや、さちではない。さの。そうじゃ、さのそれがお前の名じゃ』
『さのですね。さのと言う、母親と同じところにほくろのあるかわいい子。わかりましたよ、おじいさま、必ず探してあげます。だから、もう誰もさらったりしてはいけない!そんなことお上に知れたら、おとりつぶしの良い口実になってしまいますよ。わかりますね』
『佐の助。分かった。早く帰って来い。待っているぞ』
子供は男の子だった。
しかも、私の近くにいる。
おまきと言う女を探さなくては、弟を生む前に、私を生んで、寺に預けたはず。
そこから、探し当てる。
出来るはずだ。
このあたりの寺と言ったら、妙見寺位しかない。
一度だって、訪ねたことなど無かったが、