鎖五番組
4 水山と夜の丞
『兄さん、御棚の嬢に化ければいいんでしょう?』
『いいや夜の丞。娘は本物がいるらしい。お前は私を助ければ良い。八番組は、男がいないからな』
『男がねぇ。そんな組ないですよ。まぁ本当に特殊な組ですからね。力仕事は不得意だろうけど』
『今回のお務めは、相手が相手だから。それにね、どうやら面倒があるらしい。角明かしの下手人を見つけるだけじゃあないらしいんだ』
『ついでにやっとけって仕事か!ほんとに人使いが荒いったら!』
『いや、その。相手の黒塀は、松平家らしいんです。お上はとうに挙げていた。でも捕まえる訳にいかないでしょう?それでお鉢が回ってきた訳です。要するに、理由いかんによっては、いきなりお仕置きっていう、やっつけ仕事でね。お前以外には頼めなかったんですよ。これから八番組の頭と話して、日時は決めて来ます』
木之本水山は、見せ物小屋で芸を見せて暮らしている。
小屋では看板を書いたり、化け物の化粧を担当したり、そんな仕事も好きであった。
実際になってみたいと思っていた絵師としては、半人前なのである。
しかし、看板となった彼の絵は誰もが知ってた。
要するに水山は、鎖として生きるには持ってこいの職場にいるわけだ。
他の鎖の肉体的な特徴とは違い、水山には、不思議な能力があった。
相手の心の中に潜り込む力だ。
見せ物小屋で出している時は、種も仕掛けもある振りをしてるのだが、実際は、本人から聞いた事を使っている。
当の本人は、聞かれたときのことは忘れているから、顔を赤くして慌てたり、失せ物が出て感謝したり。
看板を書く傍らに始めた芸は、評判をよんだ。
そうこうするうち、大黒屋東次郎の目に止まってしまったのだ。
五年は早いもので、今では五番組の頭である。
この努めに就いてから、水山の部下として仲間になった役者が、夜の丞だ。
仲間が増えるときの習いで、私は彼の心を覗きこんだ。
記憶の中に、母親らしき女の顔が浮かんだ。
それは私の記憶の中の女と同じ人におもわれた。
赤ん坊の時に捨てられたはずの私に、血を分けた身内がいたのには驚いたが、元気そうな弟の顔を見るたび、暖かい気持ちになった。
ある企みを持って、私は今度の仕事を受ける事にした。
厄介な仕事には、それなりの褒美があるからだ。
思ったとおりに、元締めは素直に私の出した条件を呑んだ。
お人好しの私は、深く考えもしなかったのだ。
その昔の話だ。
私はお寺に捨てられていた。
生きられただけ、私はましだと思っている。
寺では飯ももらえたし、読み書きも教えてもらえた。
それからの暮らしは、世間にはよくある話で、面白くもないから、話すのは止しておく。
幸せな時もあったし、不幸だと思う時もあった。
その面白くもない人生の中で、血を分けた身内と偶然に出合い、仲良く過ごせるのを幸運と呼ばずに、なんと言うのだろう?
私はそれで十分と思っていた。
しかし、話はそう簡単ではない。
鎖でなくとも生きていけると思っていた私は、現実と、弟への情に挟まれて、自分の非力を思いしらされた。
元締めは、小遣いをやるから、力を貸せと言った。
ある男の記憶を聞きだす事だ。
しかし、その内容を知た時私は怯え、辻斬り犯は目を覚ました。
私は、身を守りたい一心で、持たされていた小刀で、男を刺したのだった。
男がどうなったかは知らされていない。
男は幾人も殺していたし、私の罪は軽かったはずだ。
今思えば、全てが元締めの企てで、男は何処かで鎖として働く一人かも知れなかった。
私は男を刺してしまった恐怖から、元締めの言葉通りに鎖として働く事を約束したのだ。
しかし、弟は全く違う道を歩きここへやってきた。
しかし今は歌舞伎役者として、舞台に立っているし、人気も上がって来たところだ。
私は、弟には、お日様の下を歩いてもらいたいのだ。
そう願っていたところにこの仕事が回ってきたのだった。
一番組から話がまわり、自分のところまで来たと言う事は、厄介な仕事だと言う事に相違ない。
私は必ず為し遂げ、弟を全うな道に戻してやる。