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中編

中編は何もいじってませんので、読んだ方は読み飛ばしていただいて構いません…!

彼…山本明良との出会いは、数ヶ月前

忘年会シーズンで夜の街がにぎわう十二月のことだ。



「らからねー、あれはスメルハラスメントらと思うんれすろ!」

「おーい!さっき頼んだ焼酎、まだかー」

「課長! まぁ、どぞどぞ…」

「かぁーっうまい!」

沖縄民謡を流し、室内をゴチャゴチャと装飾した居酒屋で開かれた忘年会に翔子は参加していた。

開始から二時間で、すでに半数は完全な酔っ払いだ。


あっちこっちをビール瓶片手に行きかう人。

上司の説教を苦笑いで流すグループ。

やんやと合いの手を入れ、盛り上がるお調子者たち。

ここぞとばかりに、お目当ての異性へ擦り寄る猛者ども。


各々がコミュニケーションに忙しく。

いつも静かに大人な飲み方をする人でさえも

一年の締めくくりに浮き足だつかのようにハメをはずしている。



その中で翔子は微妙に孤立していた。


人に嫌われるような性格はしていないが、好かれるほどの個性もない。

毎日毎日家と会社を往復する日々 で、話題に出来るような趣味も事件もない。

飲み会で、ただただ相槌しか打てず、親しい人も作れずにいたら

いつの間にか飲みに誘われることも少なくなって

今では翔子にとって飲み会というもの自体がアウェイのような疎外感の塊なのだ。


今も、社内で鉄板とされている身内ネタに皆が盛り上がる中

翔子は誰に向けているとも思えない笑みを浮かべて、時間が過ぎるのを待っていた。



そんなときだ。


翔子のすぐ後ろでダンッと大きな音が響いた。

忘年会シーズンで、どこも混んでいたのか、完全な個室は取れなかったため

翔子たちを囲う壁は柵のようなもので、半個室といったところだ。

そのため、すぐ隣では別の団体が飲み会を開いている。

大きな音は、そんな柵の向こう側に居る、大学生とおぼしき団体から響いた。



「つまんねぇんだよ。」



凛とした、けれどどこか幼い余韻を残して、その声は翔子の耳に届く。


翔子の周りは鉄板の身内ネタに異様な盛り上がりをみせていて

若干の人がチラリと柵の向こう側に目を向けるだけだ。

だが、柵の向こう側では誰も彼もが、声を発した青年を見て

ピンと張り詰めた空気に戸惑っていた。

茶色く染めた髪を短く刈り上げた青年は

その気の強そうな眉尻を吊り上げ不快感を知らしめている。

彼の前には、大きなジョッキが置いてあり

皆が手拍子の形に手を彷徨わせている様を見るに

どうやら一気飲みを強いられ、彼はそれを断固として拒否したようだった。

そこだけ、酔いによる独特の熱気が薄まって、場は完全に白けている。

その空気は察したのか、青年は柵に手をかけるとバッと立ち上がり

足音も荒々しく部屋をあとにした。


「なんだよアイツー…」

「またアキラの癇癪かぁ…」

「あー、じゃあ、はいはい、コレは俺が飲んじゃおうかな!!」

彼のいなくなったテーブルでは、取り成すかのように一気飲みが始まって、また賑わいをみせる。

きっと今までもこのように空気を壊すことをしてきたのであろう。

大学生たちの表情は怒りより呆れに近い苦笑だ。


なんとも子供染みた青年に、翔子はひっそり尊敬の思いを抱いた。

真似したいわけではないが、どうあっても自分に、あんな行動はとれない。

きっと、周りの顔色をうかがって、ただただ醜態をさらすだけだろう。

あんな毅然とした態度など…


青年の消えた廊下を眺め、翔子は、そっと立ち上がった。


あの、肩で風を切るかのごとく立ち去った青年が

大きな背中をシャンと伸ばして歩く後ろ姿を、もう一度だけ見てみたいと

珍しく行動的な気持ちになっていたのだ。

赤茶色を基調としたフロアを抜けて、死角になっている出口へと向かう。

のれんまで、あと数歩というところにうずくまる障害物を避けて

一歩を踏み出し、ハタと視線を下へ向けた。


そこには

黒いパーカーから中の赤いシャツがのぞき見えるほど首を折り

ヒザに顔を埋めた先程の青年が「あぁ」とも「うぅ」とも取れる呻き声をあげて

うずくまっていた。



「ど、え、あの…えと……」


きょときょとと周りを見渡し、ひとしきり あわあわした翔子は

店員すらも見当たらない人気の無い出入り口で自分と彼しかいないという現状に観念し

青年の近くにしゃがみこんだ。


「あの…大丈夫ですか…?」


聞こえていないのか、聞こえていても返事が出来ないのか

彼の口からは呻き声しか漏れず、身体は支えきれないようにユラユラとゆれている。


「ちょ、ちょっと待っててくださいっ いま人を呼んできますから…!」


そう言って立ち上がった翔子の行動は、ガバリと反射的に掴んだ彼の右手によって阻まれた。


「呼ぶ…な」

真っ青な顔色で、目元だけを羞恥に染めて、彼は駄々っ子のように翔子にすがりつく。


「だれも…呼ぶな…」


今の状況が、今世紀最大の恥辱であるように顔をゆがめて

さっきまでシャンと伸ばした背を大きく丸め唸っている。

顔に出ないが、酒には弱い、そんな性質だったのだろう。

それを誰にも告げず、醜態をさらすまいと、彼はこの出口まで歩いて来たのだ。

そんな見栄っ張りな彼の姿に何だか親近感がわいて

翔子は再度彼の横にしゃがみこむと、珍しく落ち着きをはらって答えた。




「肩を貸します。外へ出れますか?」






季節は真冬。ビュービューと冷たい風が吹き荒ぶ中

青年の苦しそうに呟く微かな指示に従って

二人は居酒屋から数分歩いたところにある喫茶店へと入った。


「これはこれは…。今日は随分と男前な形相ですね、山本様。」


「うっせぇ。くそじじい。」


店仕舞いをしている最中だったのか

奥のテーブルを吹き掃除していた初老のマスターは

青年に親しく話しかけると、すでに片付け仕舞われたグラスを

嫌そうな素振りも見せずに取り出し、リンゴジュースを薄めて注いだ。


カウンター席に突っ伏すように腰掛けた青年は

グラスを受け取ると勢いよく飲み干し、一際大きく息をついて

空になったグラスを頬にあてる。


「お客様は何を飲まれますか?…と言っても、当店ではアルコールを扱っておりませんので、紅茶や珈琲…」

「あ、わたしお金を持ってきていないので…っ」


公園のようなところで彼の酔いが醒めるのを見届けたら居酒屋に戻るつもりで

鞄などは持ってこなかった。

まさか喫茶店に入ることになるとは思わず、翔子は所在なさげに立ちすくむと

暇をつげるタイミングを見計らって、青年に目をやる。


「おごるよ。さっきは……助かったし。」


どこか拗ねたような声色で、青年は隣の席へと翔子をうながす。

だが、肩をかしたぐらいで奢られるようなこともしていないと

翔子は戸惑いながら立ち尽くしていた。


チッ…という青年の舌打ちに翔子が身をすくませるのを見て

マスターは温かいおしぼりを翔子に差し出す。


「ふふ…それなら、まかないのモカジャバを淹れましょう。」


聞きなれない単語に翔子が顔をあげると

マスターは、その人生経験を刻んだシワにおどけた表情をのせて言う。


「うちのモカジャバは、カップの底にコーヒーシュガーを敷き詰めて、

 生クリームをたっぷり乗せ、チョコレートをかけるんです。

 ココアほど甘くなく、珈琲の香りも楽しめて私のお気に入りなので、

 店には出さずに独り占めしているんですが、

 この寒い中、コートも持たずにお越しいただいたお客様ですからね。

 特別に淹れてさしあげますよ。 」


もしかして珈琲がだめだったりしますかと聞かれ

大丈夫ですと翔子が答えると

それを肯定とみなしてモカジャバを作り始める。


その柔らかな気遣いに、翔子は肩の力が抜けて、静かに椅子へ腰をおろした。


ほぉ…と、どこか安堵したような息をついて、青年はマスターにおかわりを頼む。



静かな、とても静かなひとときだった。




三十分ほどであろうか。

珈琲の感想をひとことふたこと交わしたくらいで、あとは特に会話もなく

珈琲を飲み終えた翔子は、そろそろ飲み会も場所を移すのではないかと思い、立ち上がった。

マスターに感謝をのべて、青年にそれじゃあと会釈をすると喫茶店を後にする。

特になにがあったとい言うわけではないが、翔子にとっては久しぶりのイレギュラーな非日常。

どこかフワフワする感覚をたずさえて居酒屋ののれんをくぐろうとしたところで

つよく、肩を掴まれた。



「………ケータイ…は?」



振り返ると青年が眉根を寄せて翔子を睨んでいる。


「おい。アンタのケータイどこだよ。」


「え?…あ、かばんに……」


不機嫌をにじませているのに、なんだか翔子は彼のことを怖いとは思えなかった。

ただ、その行動の意味が分からず、とってきてと言う彼の言葉に従って席に戻ると

その時になってやっと翔子の不在に気付いたような同僚たちと、挨拶程度に言葉を交わして

ちょっと電話してきますと席を立った。


彼の元へ行くと、待ちわびたように携帯電話を奪われる。

彼も自分のスマートフォンを持ち上げ操作をしてるのを見て

アドレスを交換しているのだと気付き、翔子の胸はドキリと高鳴った。


「礼するから。」


携帯電話を返され、アドレスの交換はお礼のためかと何故か少し落胆する心を隠して

翔子は首を横に振った。


「お礼は、もういただきましたから…」


「あれはマスターからだっただろ。ちゃんと俺から礼はする。」


「でも…たいしたことは……」


チッ…と、また舌打ちが聞こえて、翔子は、しまったと顔を上げた。

青年の眉間はこれ以上ないほどシワが刻まれていて、機嫌を損ねたことを知る。






でも何故だろうか






「やなの?」






そう肩をいからした青年の声は何だか泣きそうにも聞こえて














「……嫌じゃありません」





翔子は、ゆるやかに微笑んだ。






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