繊細系彼女召喚セット
俺、太田将、三十三歳。
世間一般で言うところの「中堅社員」であり、私生活においては「彼女いない歴=年齢」という輝かしい金字塔を打ち立て続けている、THE・平凡な独身男性だ。
そんな俺の枯れ果てた日常に、ある深夜、一筋の光明(という名の毒電波)が差し込んだ。
怪しい通販サイト『damason』。
そこで見つけてしまったのが、『繊細系彼女召喚セット』(税込一九,八〇〇円)なる商品だった。
「強気な女子には疲れ果てた貴方へ。繊細で守ってあげたい、守護欲を刺激する彼女を現実に! 基本的に家事スキルは神。優しさの塊です。※ただし、本バージョンは夜の営みには非対応。また開発途中のため、効果は十日間限定となります」
一万九千八百円。安くはないが、絶望的に高いわけでもない。レビュー欄には「マジで妖精かと思った」「飯が美味すぎて会社辞めたくなった」と、胡散臭い絶賛コメントが滝のように流れている。
「……癒やされたい。俺だって、誰かに震えながら縋り付かれたいんだ!」
俺は酒の勢いに任せ、親指をマッハの速度で動かして「購入」を確定させた。
* * * * *
翌日、届いたのは目がチカチカするようなショッキングピンクのハート型パッケージ。
「……これ、三十男の部屋に置いとくには犯罪的なビジュアルだな」
中には不気味に濁った小さな水晶玉と、一枚の説明書。そこに書かれていた召喚ポーズを見て、俺は愕然とした。
「水晶玉を握った腕を天に向かって垂直に伸ばし、『彼女よ、来い!』と腹の底から叫ぶべし!」
……おい。このポーズの指定、どこからどう見ても『北●の拳』の某聖帝様じゃないか。天に滅せぬ退かぬ媚びぬ的なアレだ。肖像権とか著作権とか、この通販サイトは法律を異次元に置いてきたのか?
だが、背に腹は代えられない。俺はカーテンをこれでもかと密閉し、一人きりの部屋で、天を指差して叫んだ。
「彼女よ…来いッ!!」
直後、部屋中にキラキラとした粒子が舞い踊り、ピンクの光の渦の中から、一人の女の子がふわっと現れた。
栗色の柔らかなロングヘアに、今にも零れ落ちそうな潤んだ瞳。
清楚な白いワンピースの裾が揺れ、彼女は小刻みに肩を震わせながら俺を見上げた。
「ま、将さん…はじめまして…。私、ミユキ。よろしくね…っ?」
声まで震えている! ああ、儚い。儚すぎる。窓を開けたら風で飛んでいきそうだ。
「ミユキ…。ああ、よろしく!」
俺の胸の奥で、三十三年間眠っていた「騎士道精神」が、ドラの音と共に爆発した。
* * * * *
初日は、文字通りの天国だった。
ミユキの家事スキルは、まさに説明書通りの「神」だった。
帰宅すれば部屋はチリ一つなく、空気清浄機すら嫉妬するほど清々しい。晩飯は、肉汁溢れる手作りハンバーグ定食。しかも、俺の好みを予知したかのような、完璧な固焼き目玉焼きが添えられている。
食べている間、ミユキは隣で指をモジモジさせながら、上目遣いで俺を見てくる。
「将さん、美味しい? 私、頑張ったんだから…。もし口に合わなかったら、私、生きていけないっ」
「美味い! 宇宙一美味いよミユキ!」
俺は必死に褒めちぎった。ヤバい、これは当たりだ。大当たりだ。
だが、繊細すぎる一面の牙が剥かれるのも早かった。
食後、何気なくテレビを点けると、迷子の子犬が飼い主と再会する系の感動CMが流れた。それを見た瞬間、隣で「ひっ……ううっ……」という過呼吸気味の声が。
見れば、ミユキが滝のような涙を流して号泣している。
「将さん…このワンちゃん、本当に良かったね…。世の中のすべての迷子が、こうなればいいのに…うわあああん!」
「ミユキ、CMだよ! 十五秒のドラマだから! 落ち着いて!」
慌てて箱ごとティッシュを渡す俺。家事は神だが、感情の起伏が富士急ハイランドの絶叫マシン並みだ。
* * * * *
二日目。惨劇はティータイムに起きた。
ミユキが「将さんのために、一生懸命ケーキを焼いたよ……!」と、満面の笑みでチョコレートケーキを出してきた。
見た目は高級店顔負けのクオリティだ。だが、俺はつい余計な一言を漏らしてしまった。
「うわ、美味しそう! ……あ、でも俺、チョコってあんまり得意じゃなくて……」
その瞬間、世界から音が消えた。
ミユキの瞳から光が失われ、顔面が蒼白になる。
「そ、そっか。将さんはチョコ、嫌いなんだ……。私、将さんの好きなものすら、分かってなかったんだね…。ごめんね…。私の存在が、将さんの胃腸を苦しめてたんだね…」
「待て待て待て! 嫌いじゃないんだ! ちょっと甘すぎるのが苦手なだけで、ミユキの愛が詰まったチョコなら、俺はポリフェノール中毒になるまで食べられるよ!」
俺は必死にフォローし、泣きじゃくる彼女をなだめ、直径十五センチのケーキを無言で完走した。胃もたれと、ミユキの繊細さ。ダブルで心臓に悪い。
* * * * *
三日目。俺が仕事から帰宅し、玄関の鍵を開けた。
すると、奥から「将さあああん!」という絶叫と共に、弾丸のような勢いでミユキが飛び込んできた。
「会いたかった! 会いたくて…震えてたの……!」
いや、西●カナもびっくりな震え方だ。しかも、彼女が持っていたスープ皿が、その振動で床にダイブ。
「あ…スープ…。私が、ダメな子だから…床を汚して、将さんの時間を奪って…。私なんて、雑巾になるしかないんだ……!」
再び始まる号泣。俺は床を拭きながら、彼女を抱きしめて励ます。
「大丈夫! 床は綺麗になるし、スープはまた作ればいいんだよ!」
内心で「一九,八〇〇円の価値……あるよね? これ、修行じゃないよね?」と自問自答が始まったのは、この頃だった。
*****
五日目。ミユキの繊細さは、もはや超音波の域に達していた。
俺がソファで五分ほど、うたた寝をしたときのことだ。
ふと目を覚ますと、俺の膝の上でミユキが「ううっ、あああっ」と、まるで今生の別れかのような泣き方で崩れ落ちていた。
「将さん…私を置いていかないで…。一瞬でも目を閉じるってことは、私のいない世界を見てるってことでしょ? 寂しいよ、怖いよ……!」
「寝てただけだよ! 安眠を妨害されたこっちが泣きたいよ!」
さらに、彼女が作っていた「感謝のクッキー」が床に散乱している。拾おうとすると、
「将さんに、こんな泥臭い仕事をさせるなんて……。私が死んでお詫びするしかないわ……!」
「クッキー拾うだけで死ぬな! 重い、重いよミユキ!」
もはや一日の半分を謝罪と慰めに費やしている気がする。
でも…不思議なことに、放っておけないのだ。この、ガラス細工のように脆い彼女を、「俺が守らなくてはならない」という奇妙な使命感が、疲労の隙間を埋めていく。
* * * * *
そして十日目。効果期限の日。ミユキは、消え入りそうな透明感を持って、玄関先に立っていた。
「将さん…私、もう行かなきゃ。十日間、こんな私と一緒にいてくれて、ありがとう。幸せすぎて、身体が溶けちゃいそうだったよ…」
その瞳には、いつもの過剰な涙ではなく、真実の慈しみが宿っていた。俺の胸に、ツンとした痛みが走る。
「ミユキ、ありがとう。お前のおかげで、部屋がめちゃくちゃ綺麗になったし、俺の騎士道精神もカンストしたよ」
「…大好きだったよ、将さん」
最後に最高に可愛い笑顔を残して、ミユキはキラキラとした光の粉になって消えた。
部屋には、彼女が最後に作った「完璧な半熟オムライス」の匂いだけが残されていた。
* * * * *
数日後。俺は静まり返った部屋で、damasonのレビュー欄を開いた。
「繊細すぎて一日三リットルくらい涙を流す彼女でしたが、最後は最高の思い出になりました。家事スキルはガチです。…次は、夜の営みにも対応したバージョンが出たら買いたいです!」
半分冗談、半分本気で書き込んだ。
すると、三日後に運営から通知が。
「開発チームが血眼で調整中です! 近日、営み対応版を『二九,八〇〇円』でリリース予定! 震えて待て!」
…震えて待て、だと?俺は、手持ちのクレジットカードを確認した。
次は二万九千八百円か。……ポチる。絶対に、ポチっちゃうんだろうな、俺。
(終)




