その日暮らし
生きているようで死んでいる。
意思はある。やりたいこともあるし、行きたい場所もある。けれど体はベッドから動けない。
体が不自由なんてことはない、趣味は散歩だ。それでも自分の世界はベッド一つ。
始まりは子供の頃の癇癪。
苛ついて物を壁に投げつけた時、両親の怯えた表情を覚えている。気まずそうな、どうすればいいのかわからないと言った、それまで一度も見た事がない表情。
そこから自分の中の“怪物”に気づいた。
感情に流されて暴走する自分。
そんな自分を認めたくないのは、学校に行って社会を学んだから。社会では自分のモンスターを出してはならない。
出せば怒られる、避けられる、遠ざかる、孤独になる。
自分は自分が怖くなって言葉を発するのを抑えた。
人と話すのが苦手だ。
昔から引っ込み思案で、恥ずかしがり屋だったのもある。新しい環境に慣れない。経験からして一年同じ環境ならどうって事なくなる。
けれどその慣れによる心の油断から、またモンスターが目覚めるかも知れない……思い返せばあの発言や、あの行動は、あの子やあの子に失礼ではなかったか?
思い出すと足が止まってしまう。
そんな人間は弱い人間で、排除対象となる。
イジメられた。
でもそれを家族に打ち明けたことは一度もない。なぜならもう自分のことで迷惑をかけたくなかったから。
高校は知り合いが誰もいない場所を選んだ。
社会人になって自分が間違っていることにやっと気づいた。
モンスターを抑え込み続けて、何もしないのは間違いだった。
自分はもう何もできない人間になっていた。
やりたい事は続けている。
不思議と、金に不自由する事はない。金運が良くて自身が生かされ続けているのだと実感しているが、いつその運がツキるのか。もしかしたらこれを書いた時点が運の突き当たりなのかも知れないが。
自慢できるのはその日暮らしができる金運と、晴れ男だとか、道案内をよくするだとか、そんなところくらい。
なんで自分は生きてるんだろうな。
そう思いながら、唯一の居場所にいる時にも容赦なく襲い来る“何かしなければ”という自ら生み出す罪の意識と焦りで頭を抱えて悶える。
怖い、怖い、怖い。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
いつまた追い詰められるのかわからない恐怖、そしてまた同じ今日を暮らし、夜が過ぎる。




