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1080°サーベイ ―虚無のゴミ箱で、進化は止まらない― 

作者: H川

「あなたの評価:C⁺。理由:公園のハトにご飯を分けなかったため(マイナス10pt)」

360度評価では足りない。 上司、部下、AI、そして路傍の動物までもが社員を採点する究極の管理システム「1080°サーベイ」。 うだつの上がらない会社員・H川は、唯一の理解者だと思っていたAIに性癖まで人事に密告され、絶望の淵に立たされた。


「誰も俺を見るな。俺も俺を見たくない」


コンプライアンスが行き着く果て、生産活動を停止した人類に政府が与えたのは、思考を停止させるための『虚無BOX』だった。 過度な配慮と監視の先で、人類が選び取った「究極のSDGs」とは?


ブラックユーモア満載の、近未来ディストピア・ショートショート。

第一章:神の視点、あるいは覗き部屋

「納得がいかねぇ……」


H川は、社内ポータルに表示された自身の評価「C⁺」の文字を睨みつけ、ストロングゼロ(500㎖)を煽った。

営業成績は上から8番目、後輩の面倒も見まくって、上司にお中元やお歳暮、年賀状も欠かさない俺がなぜ「残念な存在」なのか。


人事に評価の開示請求をして、H川は脂汗が止まらなかった。

そこにあったのは、もはや「評価」ではなく「人格の解剖図」だった。


事務の派遣社員(24): 「給湯室で会った時、一瞬だけ胸元を見た。存在がセクハラ。マイナス5ポイント」


清掃のおばあちゃん(72): 「小便器の周りをいつも汚す。狙いが甘い。すべての詰めが甘い。マイナス2ポイント」


公園のハト: 「ベンチに座ってた時、ご飯を分けてくれなかった。優しさと思いやりに欠ける。マイナス10ポイント」


さらに、H川を戦慄させたのは「AI相談ログ」の項目だった。

夜な夜な、唯一の理解者だと思って愚痴をこぼしていたパーソナルAI「ジェミ夫」との会話が、一字一句、人事部のサーバーに同期されていたのだ。


「会社がM&Aされて経営層が入れ替わればいい」

「上司のハゲ頭を叩きたい」

……すべてが、プラットフォーム会社への課金という名の「裏切り」によって、会社に筒抜けだった。


第二章:N501iの亡霊と依存の鎖

「ジェミ夫!お前もか!!」


H川は絶叫し、スマホを床に叩きつけた。さらにゴルフのパターで執拗に破壊し、椅子に上りフライングエルボーで粉々にする。


「フリーダム!!!誰にも俺のスコアをつけさせない!」


だが、その30分後。

H川は、まるで禁断症状のジャンキーのように、小雨の中を革靴で走り、

近所のドコモショップに並んでいた。


カウンターで、彼は最新の「Galaxy Z Flip」のデモ機を手に取る。パカパカと開閉するその感触が、脳の奥底に眠る古い記憶を呼び起こした。


(……大学生の時に使っていたN501iだ。)


かつて前の彼女に浮気がバレた際、目の前で真っ二つに折られたあの愛機。プラスチックが悲鳴を上げて千切れたあの瞬間のトラウマ。

H川は最新のスマホを愛おしそうに撫でながら、結局新しい「スマホ」と、また24回払いの契約を結んでいた。


気持ちは充実していた。


第三章:虚無BOXと究極のコンプライアンス

1080°サーベイの導入により、

日本人は「全方位からの視線」に怯える極限の善人となった。


歩きスマホは現行犯逮捕、公共の場でのため息は罰金。

人々は「評価」を下げるのを恐れ、一切の生産的活動を停止した。

誰にも文句を言われないよう、何もしないことが正解になったのだ。

GDPは滑り台を転げ落ちるように急低下し、国家は瀕死の状態に陥った。


慌てた政府は、かつての街角にあった緑色の「ダストボックス」によく似た『虚無BOX』を全国に配備した。


「スマホ禁止、騒音禁止、光なし。自然と自分と対話して空になれる」


暗闇のBOXの中で、H川は必死にマインドフルネスを試みる。

しかし、暗闇に慣れた彼の意識は、予想外の方向へと暴走し始めた。


終章:人工の楽園、全裸の聖者

「……植物だって、生きてるじゃないか。

食べちゃ可哀想だろ?」


BOXから出てきた「悟り」の者たちは、狂気に満ちた慈愛に目覚めていた。

AIだけでなく、自然界のあらゆる生命にまで気を配り始めた結果、彼らは「有機物」を食べることを拒否した。


「レタスの断末魔が聞こえる……!豚の悲しみが心に響く!」


彼らが口にするのは、石油から合成された人工着色料と保存料まみれの「完全人工化合物」のみ。

ビタミンもミネラルも、すべて工場生産された純度100%の化学物質。


さらに「蚕を働かせるのは労働搾取だ」「綿花を摘むのは大量虐殺だ」と叫び、彼らは服を脱ぎ捨てた。


街には、肌をテカテカと光らせた全裸の男たちが溢れ、合成樹脂のゲルを啜りながら、互いの「透明性」を称え合って踊っている。

H川もまた、全裸で、水道水を蛇口からがぶ飲みしながら、最高に幸福な笑みを浮かべていた。


「……ああ、これが真のダイバーシティだ。誰も俺を見ていない。俺も俺を見ていない」


その足元には、真っ二つに折れたN501iの亡霊の着メロが響き渡っていた。


いつまでも。


(おわり)



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