♡ 変装 ♡
今日は――美雪に、絶対に気づかれない。
そう、俺は完全にそう思ってた。学校の正門に近づきながら。
フードは深め。前髪は全部隠した。変な伊達メガネ。リュックも、なぜかマントで完全防御。……普通に怪しい。というか、どう見ても不審者。ほぼ、キャラ。
そのうえ、マスクまで着けた。別に体調が悪いわけじゃない。ただ――顔を隠すには、これ以上ない。これで、完璧だ。
美雪に見つかる要素は、ゼロ。そう思ってた。……思ってたんだ。
「……ふ、ふふ」
ほとんど聞こえないくらいの声で、そう言った。周りの生徒に紛れながら、ただの――ちょっと変な生徒として。誰も、俺だなんて思わない。疑う理由も、ない。
そして――作戦は、完璧に機能した。……よし。
階段を上って。廊下を抜けて。視線を感じない。美雪の姿は、どこにもない。このまま行ける。何事もなく。問題ゼロで。教室に、辿り着ける――はずだった。
その時。背中に――何か、当たった。……物体。俺の胴に、回ってる。
次の瞬間。背中の、下のほうに――じんわり、熱。脳が、理解した。〇・五秒で。最悪の形で。
首だけ、ゆっくり後ろに回す。
――見えた。……いた。
抱きついてる。普通に。当然みたいに。
「……美雪」
最悪だ。
「み、み……美雪。な、なに……してるんだ……?」
「おはよう、りゅーじくん」
……本気で、最悪。
誰も、俺にこれをやれなんて頼んでない。給料も、出ない。
「……どうして。どうやって、見つけたんだ。美雪」
「え? だって、分かるでしょ?」
一拍。
「いいお嫁さんはね、自分の旦那さんのこと、ちゃんと分かるの」
……待て。待て待て待て。知り合って、まだ二日だ。たぶん。いや、絶対。
「……えっと。その……でも……どうやって……?」
「簡単だよ」
美雪は、にこっと笑って――視線を、下に落とした。
「りゅーじくんだけだもん。こんな靴、履いてるの」
俺も、つられて見た。……かかと。黒いマントから、そこだけはみ出してた。しかも。
削れてる。ピンポイントで。
星みたいな形。五つ角。……いや、星っていうか。五歳児が描いたやつ。それも、途中で飽きた感じの。完全に、俺の靴だった。
「勝永。その格好、やめなさい」
……は?
気づいたら、横に立ってた。教師。完全に、割り込み。
「……なんで、俺の名前……」
「何言ってるんだ。分かるに決まってるだろ」
先生は、俺と美雪を見て、ため息を一つ。
「学校中で有名だぞ。松永が、べったりなのは――お前だけだ」
……否定できない。
「他の誰に、あんなことすると思う?」
そう言われながら、俺はマスクを外して、フードを下ろして、メガネを取って――マントも、剥がす。一枚ずつ。無駄な抵抗。
……はい。普通の俺。
「ほらな」
先生は、勝ち誇った顔をしてた。
……まだ、救いはあった。美雪は、俺の胴から腕を離してくれた。マントを脱ぐための、ほんの一瞬だけ。
その最中。
「それ、持っとこうか? ……はーにー」
――ぐっ。
胸の奥が、一気に、焼けた。
「い、いや……! だ、大丈夫……!」
……言葉だけ。反射で。本当は。何も、言えてない。
美雪は、俺たちが――付き合ってるって、思ってる。……たぶん。いや、ほぼ確実に。
違う。それは、違う。ちゃんと。いつか。タイミングを見て。……言う。言うつもり、ではいる。……間も置かずに。
美雪は、また俺に――ぴったり、くっついてきた。今度は、顔。でかい顔を、そのまま――俺の胸に。
……近い。近すぎる。息、できない。甘くない。全然、甘くない。
その時。廊下の奥に――二つの影。……ベアーと、マウス。――最悪のメンツ。
やめろ。今じゃない。本当に、今じゃない。心臓が、急にうるさくなる。
俺は反射で、美雪の肩を掴んで――少し、強めに、引き離した。
「……え?」
その声を聞いた瞬間、俺はもう――教室に向かって、走ってた。振り返らない。説明しない。ベアーとマウスが気づく前に。それだけ。
俺は、席に座った。たぶん――人生で一番、ぎこちない座り方で。
で、祈った。何か。超常的なやつ。奇跡とか。神様とか。なんでもいいから。
美雪が、さっさと――自分の教室に、戻ってくれますように。
……無理だった。むしろ、逆。
美雪は、教室の入口で――立ち止まって。
そして。――むくれた。完全に。誰の目にも、分かるやつ。
「りゅ、りゅーじ……わ、私……置いてかれるの……?」
……やめて。
視線が、集まる。一気に。
――俺、何した。
考える前に――扉が、開いた。
いや。正確には――割り込んできた。
「おいおい、どうした?」
「マジで。教室の前で、女の子が泣いてるんだけど」
……終わった。
床が、そのまま――口を開けてくれたらいいのに。
三十秒で。問題が、三つ。意味わかんない。人生、ほんと。
……だから。
完全に、追い込まれて。これ以上、評判を沈めないために――俺は、立ち上がった。
早足で。一直線。美雪のところへ。
そして――いつも、あいつがやるやつ。
予告なし。勢いだけ。
……抱きしめた。
がっちり。明らかに、不自然。
(地面、今すぐ開いて)
「ち、ちがう! ほら、見て! 俺たち、だいじょうぶだから!」
……何を見せたいのか、自分でも分からない。
とりあえず。力を、込めた。強く。さらに、強く。
……効果があると、信じたかった。
……効いた。確かに、効いた。
ただし。俺が期待してた方向とは、真逆で。
数秒。教室が、静まった。
――で。
ひそひそ。くすくす。視線が、刺さる。
そして、美雪はというと。
……もう、許してた。
早すぎる。信じられないくらい。
ぎゅっ、と。今度は、向こうから。腕に、力。体重、全部。また――胸に、顔。
……近い。近すぎる。
……はぁ。
一番ひどかったのは――その、最中。
ベアーとマウスが、普通に――写真、撮り始めた。
やめろ。本気で。
俺は、片手を必死に伸ばして。
「だ、だめ! だめだめだめだめ!! 撮るな!!」
完全に、叫んでた。
でも――美雪は、気にしない。一ミリも。
ただ。抱きしめる腕に、力を込めて。幸せそうに。それだけ。
その時。ベアーが、俺の肩に――ぽん、と手を置いた。
で。こっちを見る。
あの顔。
――「おめでとう、チャンピオン」。
言ってない。一言も。
でも。全部、伝わった。
……終わりだ。
これはもう、死刑宣告。
今日から。ここにいる全員にとって――俺たちは。
完全に、両想い。
…………
………………
……お、俺。
……終わってる。
――やめろおおお!!




