♡ 状況説明:ある誤解について ♡
俺、これまでにいろんなニートを見てきた。……本当に、いろんなタイプを。
で、気づいたことが一つある。だいたいみんな、恋人ができるなら――できるだけ何もしない形がいいと思ってる。
つまりだ。ある日突然、向こうから女の子が現れて、勝手に惚れてくれて、自分は特に何もしてないのに話が進む、みたいなやつ。
……ほら。アニメとかでよくあるだろ。目立たない、冴えない、部屋にこもりがちな普通の男子の前に、なぜか完璧で、なぜか可愛くて、しかもなぜか最初から好意MAXの女の子が現れるやつ。ああいうの。
で、俺から一つだけ言わせてもらうと。――あれ、別に望んでないと思う。少なくとも、俺は。
読者さん。信じなくてもいいけど、それ、今まさに俺の身に起きてる。……でな。はっきり言うけど、全然、良くない。普通に。まったく。
……まあ。俺もあまり偉そうなことは言えない。正直言うと、俺自身、そこまで遠い場所にいるわけでもないし。だからこそ、こんな人生が当たったんだと思う。
母親がよく言ってた。「嫌なものほど、二杯目が来る」って。……本当に、その通りだった。
なんだよこの仕様。誰だよこんなの実装したの。普通に容赦なさすぎだろ。
まあ、いい。たぶん今、「で、お前誰だよ」って思ってると思うし。
俺は――勝永 竜司。中学二年。それだけ。
特別な話はないし、語れるような長所もない。面白いエピソードも、今のところ思いつかない。……本当に、何もないと思う。少なくとも、俺はそう思ってる。
たぶんだけど。今この辺まで読んでる人は、こう思ってると思う。「で、結局。何があったんだよ」って。……なんでそんなに嫌そうなんだ、とか。……なんで、こんな調子なのか、とか。
まあ。そうなるよな。だから、一応、話しておこうと思う。
別に大した話じゃない。英雄譚でもないし、武勇伝なんて、なおさらない。ただ――俺に起きたことだ。それで、今こうなってる。……正直、それだけ。
全部の始まりは、体育教師の、わりと頭おかしい判断だった。
……いや、前からなんだけど。俺、あの体育の先生がちょっと苦手で。別に何かされたわけじゃない。ただ、なんていうか。最初から、あんまり良い感じがしなかった。
で。もしあの人がいなければ、今こんなことにはなってない。この状況も、この面倒も、全部なかった。……だからまあ。嫌い、って言うほどじゃないけど。それなりに、思うところはある。
何をしたかというと。三年と二年で、バレーボールの試合を組んだ。……うん。一見、無害そうだろ。
でもさ。ちょっと考えればわかる。年上と年下を当てるとか、普通にやらない。サイズも違うし、力も違うし。そもそも、条件が不公平だ。
まあ、結果的には。俺たちのチームは、強かった。……いや、正確には、俺のせいだったと思う。
昔からなんだけど、俺、ボールに当てる精度だけは、やたら高い。理由はわからない。正直、嫌だ。上手くなりたいわけじゃないし、目立ちたいわけでもない。
でも――ボールを見ると、勝手に体が動く。手が、自然に、一番いい角度に入る。そこに、一番いい力で、当たる。……そうなるとさ。もう、外せない。静かに失敗するってのが、できなくなる。
「おい、マスター。今日の試合、いけそうか?」
……マスター。誰だよ、最初にそれ言い出したの。……いや、誰でもあるし、誰でもない。気づいたら、みんなそう呼んでた。
正直、これで嫌いなものが一つ増えた。もう二つあるけど。それは、さっき話した通り。
だってさ。俺だけ、名前じゃない。他のやつは、普通に名字だったり、名前だったりするのに。なんで俺だけ。なんで俺だけ、「マスター」なんだよ。
理由は一つしかない。ボールを、ちょっと上手く打てるから。……それだけ。
別に、なりたくてなったわけじゃないし。望んだこともない。なのに、それだけで、名前を奪われる。正直、全然、納得いかない。マジで。
「……あ、うん。まあ、いい試合になると思う」
出る言葉は、それくらい。そもそも、俺はあんまり喋らない。みんなも、もう慣れてる。
「聞いたんだけどさ。向こうのチームに、めちゃくちゃ下手な女子がいるらしい」
「マジで? じゃあ、それだけで有利じゃん」
「だろ。それで上級生に勝てるってわけだ」
「しかも、こっちにはマスターがいるしな」
……はいはい。
「これはもう、勝ち確だな」
正直、毎回思う。なんでそんなに本気なんだよ、って。試合する前から、結果を分析して。勝ち筋を決めて。もう終わったみたいな顔して。
まるでさ。賞金でも出るみたいじゃん。宝くじとか。副賞付きとか。……当然、そんなものはない。ただの、ゆるい練習試合だ。
勝ったところで、体育教師が満足そうに肩叩いてきて。で、いつもの調子でぎゅって抱きしめてくる。……それだけ。
というわけで。休み時間を、ほぼ全部。ついでに、数学の授業もちょっと削って。体育教師にとっては、今が最高のタイミングだったらしい。……なんでだよ。
どうやって話つけたのかもわからないし、何を考えてるのかも知らない。でも、もう後戻りはできなかった。
気づいたら、全員、配置についてた。……配置、ね。
いつものやつだ。前に三人、後ろに三人。で、一番後ろの端。右奥。そこが、最初のサーブ。俺は、そのすぐ隣。右奥の、一つ横。
理由? 簡単だ。うちのチームの戦略は、いつも同じ。俺が、最後にサーブを打つ。そのために、ローテーションを一つずらして、最初は俺を外す。
で、一回だけ相手に取らせる。「ちょっとだけハンデ」らしい。……そのあとで、俺の番が来る。三本、連続で叩き込む。そういう計算。
なんなんだよ、それ。別に、公式戦でもないし。大会でもない。なのに、あいつらのノリは完全に決勝戦。なんかもう、混合スーパーバレーリーグみたいな気分でいる。……意味わかんない。
俺たちの向かいには、三年の連中がいた。あっちも、ちゃんと配置についてて。前に三人、後ろに三人。
でも――雰囲気は、全然違った。こっちみたいに、余裕そうな笑顔とか、自信満々な感じはない。どっちかっていうと、最初から負けを覚悟してる、そんな顔だった。……いつも、ああだ。
理由はよくわからない。ただ、そういう空気を出してる。
それに、ちょっと意外だったのが。見た目が、俺たちとあんまり変わらなかったこと。正直、もっと違うと思ってた。
三年生って聞いたら、もう少し背が高くて、体つきもしっかりしてて、「先輩」って感じがあるものだと。……いや。冷静に考えれば、一歳しか違わないんだけど。
それでもさ。勝手に、もっと大人に見えるって思い込んでた。でも、目の前にいるのは、普通の中学生だった。今のところは。
体育教師が、開始の合図を出した。いつものやつだ。「いくぞー!」って、無駄にでかい声。体育館中に、反響する。……うるさい。
で、最初のサーブは三年のチーム。下からだった。まあ、無難だよな。うちのチームも、よくやる。下手にミスらないし、ネットは越えるし、変に目立たない。そういう意味では、一番安全。
ボールは、普通にこっちのコートに入ってきた。あとは、いつも通り。受けて、繋いで、回す。
俺は、あんまり動かないつもりだった。でも、結局――ボールは、俺のところに来る。……毎回。
小さく跳んで、タイミングを合わせて。で、叩く。それだけ。
最初の一点。……いや。正確には、二点目。
「ツーポイント! ハイ、ハイ、ハイ!
一本ずつ! ハイ、ハイ、ハイ!
流れ来てるぞ! ハイ、ハイ、ハイ!」
……うるさい。
うちのチーム、本当に、よく歌う。試合になると、急に声が揃う。手拍子も、タイミングも、やたら完璧で。正直、かなり苦手だ。音が大きいし、逃げ場もない。
それに、ああいうのって。なんて言えばいいのか。勢い、っていうより――相手を押し潰しにいってる感じがして。俺は、あれが嫌いだ。普通に。
次は、こっちのサーブ。……案の定、下から。特に変わったこともない。無難。安全。
向こうも、普通にレシーブした。何も起きない。本当に、何も。ボールは、そのままネットを越えて、こっちに戻ってくる。
で、あとはいつもの流れ。繋いで。回して。俺のところ。
最近は、だんだん雑になってきた。パスも、前より適当で。……まあ、いい。どうせ、俺が打つ。
また跳んで。また叩く。……ドン。 また点。また、二点目。最悪。
また、こっちのサーブ。今度は、味方がミスった。ボールが、俺に当たって。自陣。……向こうの点。
三年の連中は、ちょっとだけ笑った。全員、ちょっとだけ。……エビ三匹、もらった時みたいな。以上。
そんな感じで、何分も、何分も、何分も続いた。終わらない感じの、一番どうでもいい試合。
授業を削って。休み時間も削って。そのくせ、何の意味もない。完全に、無駄。楽しくもないし。盛り上がりもしない。
誰も、楽しんでない。誰一人。
それでも、続ける理由があるとすれば――体育教師が、やたら楽しそうだったこと。クリスマスプレゼントをもらった子どもみたいな顔で。……それだけ。
だから、俺の、三回目のサーブ。点差は、もう大きかった。だいたい、十八対七。普通に、ボロ勝ち。もう、決まってるようなもんだ。
二セット目なんて、やらないだろ。もしやるって言われても、誰も賛成しない。……というか。……いや。ない。普通に、ない。
だから、上から打った。
上からのサーブ。やるやつは、少ない。左手で、ボールを放って。落ちてくるのを、待って。……で。ドン。
まただ。手が、勝手に動く。本当に、嫌なやつ。だから、詳しくは書かない。
普通なら。ここでまた二点。それで、終わり。……のはずだった。
でも。何かが、おかしかった。速すぎて。なのに、やけにゆっくりで。打った感触だけ、残って。
次の瞬間――視界の端で、影が動いた。――顔。直撃。避ける暇も、何もない。
向こうの、女の子。ツインテールで。茶色の髪で。少し、子どもっぽい。……あの子が、前に出た。
たぶん、取れると思ったんだと思う。でも。結果は、一つ。完全に、受けた。全部。
その子は、床に倒れた。……それで、終わり。
いや。終わりじゃない。俺が、やった。
大した怪我じゃない。たぶん。そういうやつだと思う。……でも。相手チームの選手を、一人、倒したのは事実だ。それだけで、十分だった。
「マスター」って呼ばれるだけでも目立ちすぎなのに。今は、完全に――注目の的。
……いや。正確には、二番目。一番は、床に倒れてるその子。でもさ。その次に見られてるのは、俺だ。……最悪。
これ、もう。完全に、俺のせいだ。
でも、頭の中はそれどころじゃなかった。考えてたのは、一つだけ。……人に、怪我させた。それだけ。
ちゃんとした人間なら、こういう時、やることは決まってる。……たぶん。
心臓が、胸の中でうるさくて。今にも飛び出しそうで。それでも、近づいた。もう、やらかしてるし。これ以上、悪くはならない。……そう思った。
走って。一番に、その子のところへ。
倒れたままの、彼女を見た。頭を、そっと押さえて。痛そうに、顔をしかめてた。
「……い、い……いたい……」
そう言いながら、その子は頭を押さえてた。指の間から、髪がこぼれてて。……変なところを見る余裕はなかったはずなのに。やけに、整ってた。変に、きれいで。
女の子って、もっとぐちゃっとしてるもんだと思ってたから。……いや、今はそれどころじゃない。
「……だ、大丈夫?」
できるだけ、普通に。できるだけ、優しく。そう言ったつもりだった。
すると、その子がぱっと俺を見た。目が合って。……止まった。口が、少しだけ開いて。
なんでかはわからないけど、驚いた顔をしてた。
数秒。たぶん。でも、体感だとやたら長い。
誰も、何も言わない。ただ、周りからひそひそ声だけが聞こえてくる。
気づいたら、人が輪になってた。いつものやつだ。学校で、ちょっと変なことが起きると。必ず、こうなる。
周りの空気が、どんどん重くなっていく。それに、この距離での視線。……全然、落ち着かない。
だから、そろそろ目を逸らそうとした。さりげなく。自然に。
――その時。
その子が、少しだけ目を閉じた。
あ、って思った瞬間。涙が、こぼれた。一滴。二滴。口が、きゅっと歪んで。
……次の瞬間。泣いた。完全に。止まらないやつ。
「……え?」
声、出てたと思う。正直、何もわからなかった。
すると、その子は床をじりじり後ろに下がった。……カニみたいに。俺から、離れるように。
で、隙を見て。立ち上がって。そのまま、全力で走っていった。更衣室の方へ。
……逃げる、って感じだった。まるで、何か見ちゃいけないものを見たみたいに。
その場にいた全員が、固まった。俺も。
正直、かなり変な出来事だった。試合のあと、誰もその話をしなかった。というか、できなかった。
ちなみに、試合はその場で中止。……まあ、そうなるよな。
あとで、噂が回ってきた。噂って、本当に広まるのが早い。校庭の種より、早い。
三年のチームが、あの子と一緒に更衣室に入ったらしい。泣き止ませるため、って話だった。
……で。その泣き声が、こっちの更衣室まで聞こえてきた。だから、噂っていうより。普通に、事実だった。
その日一日、ずっと気分が悪かった。理由は、はっきりしてる。俺が、泣かせた。完全に、無関係な女の子を。
……理不尽だとは思う。正直、おかしい。でも。最初の原因は、俺だ。そう考えると、責任は――ある。理屈の上では。
だから、その気持ちを抱えたまま。
人によっては、「立派」って言うかもしれないけど。俺にとっては、ただの面倒なやつ。
それでも、一つ決めたことがある。……かなり久しぶりに。ちゃんと、謝りに行く。それだけ。
正式に。余計なことは言わない。
だって、そうしなかったら。これから先、あの子を見るたびに後悔する。絶対に。
こういうのってさ。一回何かあると。不思議なくらい、その人がどこにでも現れるようになる。廊下とか。階段とか。校門とか。
……あれ、なんなんだろうな。科学的に、説明されてないのがおかしいくらいだ。
不思議なんだけど。謝りに行くって決めた瞬間から、妙に落ち着かなかった。
別に、好きとか、そういうのじゃない。本当に。
ただ――女の子を呼び止めて、「ごめん」って言うだけ。それだけのことなのに。……なんか、気まずい。
で。帰りの時間。
ようやく、人の流れの中にあの子を見つけた。その中に――いた。すぐ、わかった。あの、子どもっぽい髪型。
風に、少し揺れてて。周りが全部、背景みたいで。一人だけ、置いてある。フィギュア。アニメの。そんな感じだった。
だから、少しだけ距離を取って。後ろから、歩いた。
最初は、人がたくさんいた。それが、半分になって。通りを一つ抜けるたびに。交差点を一つ越えるたびに。周りの人数が、少しずつ減っていく。
で。その頃には。もう、偶然とは言いづらかった。
途中で、気づいた。……たぶん、バレてる。俺が、後ろにいるって。
それでも、そのまま歩いた。何事もない顔で。ただ、帰ってるだけ、みたいな。
その子、何回か後ろを見てた。でも――怯えてる感じは、なかった。それが、逆に怖かった。正直。俺だったら、普通に怖い。
気づいた時には、もう他の生徒は誰もいなかった。
残ってたのは、一本の道。前を歩く、あの子。その後ろを、歩く、俺。それだけ。
……もう、偶然って言い張るのは無理だった。この場合、「誰か」は俺だ。間違いなく。
だから、急に――止まった。道の、ど真ん中で。
俺は、ぼんやりしてて。
「……え?」
そのまま、固まった。
背中を向けたまま。地面を見つめて。
「……あの」
「……きみ」
小さくて。低くて。でも、恥ずかしそうだった。
「……なんで ついてくるの?」
その瞬間、体が勝手に動いた。
「――っ!
す、すみません!! 本当に、すみません!!
あの……! 決して、その……怖がらせるつもりじゃなくて……!
ほ、ほんとに……申し訳……申し訳ありません……!
ち、違うんです! 変な意味じゃなくて!
ただ……ただ、謝りたくて……! 試合のことで……!
それだけなんです! それだけで……!
あの……その……ボール……だ、大丈夫でしたか……?
……さっき、泣いてたから……」
……途中から、敬語とか、丁寧語とか、全部ぐちゃぐちゃだった。
居心地の悪さが、じわじわ体に回ってきた。……もう、耐えられなかった。
だから、つい。一歩だけ、前に出た。
「……ちょっと、やりすぎた……かも」
…………。
「……すみません」
それで、もう一歩。
……反応がない。だから、さらに。三歩目。四歩目。少しずつ、歩き出した。……三メートルくらい、かな。
その時。
「……ま、待って!」
俺は、その場で完全に止まった。
「……え? な、なに……?」
彼女は、指先をもじもじいじってる。
「……わ、私も」
「……言いたいこと、あるの」
「……な、なに……?」
「……勝永、竜司……だよね?」
「……あ、うん。そうだけど」
「……ここ最近、ずっと……」
「……追ってた、の」
「――私、竜司が好きです!!」
その瞬間、頭の中に二つだけ疑問が浮かんだ。……なんで、女の子が俺なんかを好きになる。……なんで、ほとんど知らない女の子が、俺を。
顔が、一気に熱くなった。言葉が、出てこない。……こういうの。普通に、効く。
「……愛してる」
「……初めて見た時から」
現実感が、一ミリもない。
「……私だけは知ってる」
「……マンガ」
「……百合」
「ちょ、ちょっと待って!!」
「……私も、好き」
完全に、制御不能。
彼女は、両手を胸の前でぎゅっと合わせた。少し、頭も下げて。
「……付き合って、ください」
「……お願い」
「……お願い、お願い、お願い」
完全に、固まった。
「……あ、ああ……えっと……そ、そう……」
「……そう……?」
「……う、う……」
断ろうとしてた。でも、言葉が出てこなかった。
「……み、みゆき……俺……」
――そこまでだった。
強い感触。胴体に、どん。気づいた時には、彼女が抱きついていた。動けない。
「……み、みゆき……な、なにして……」
「……これ、ちが……み、みゆき、俺は……!」
着信音。彼女のスマホ。
「……あっ」
「……お母さんだ。もう、すごく遅い」
「……じゃあ、また明日。学校で、ね?」
答える前に。
ほっぺに、ちゅ。……軽い音。でも、重すぎる。
そのまま、走っていった。
歩道に、一人。
俺は、自分の手を見た。……まだ、感触が残ってる。
遠ざかる背中を見送りながら。
「……なに……今の……?」




