不安な冬
遥か昔、四方を高い山に囲まれた小さな島国が有った。
島の中央には他の山より遥かに高い山が聳え立ち
その山を囲む様に四つの地方に別れていた。
一つの地方は九つの集落が有り四つの山にはそれぞれ神が住んで居ると云われていた。
北の山地方、季節が冬に変わろうとして居た。
「兄さん、今年の冬は越せるのかしら?」
「難しいけど諦めないで野菜を売りに行こう」
兄妹は畑で採れた野菜を籠に入れ、ゴザを持ち歩き出した。
北の山地方の中心の神社に続く通りの両端でゴザを敷き野菜や魚を売る人々。
此処では自由に商売が出来た。
「武史さん、椿ちゃん、毎日頑張るね」
「叔母さん、こんにちは、野菜どう?」
常連らしき女性と話をする。
「今年は魚も野菜も駄目だね、小さくて少ない。今までこんな事無かったのに」
「本当だね」
一緒に野菜を見ていた老婆が話に入って来た。
「今日もタエさんが買い物なのかい?」
タエは頷きながら
「嫁の腹に赤子が居るからね、外には出せないのさ。他の集落でまた妊婦が襲われたらしいから」
「またかい?幼子が六人、妊婦が四人目。本当に今年はどうなっているのさ」
北の山地方では、今年の初めから不作、不漁に加え五歳未満の幼児と妊婦が襲われる事件が起きていた。
「そりゃお嫁さんを心配で外に出せないな」
「子供や妊婦さんだけ襲われるのは怖いわ」
兄に続き椿も声を上げた。
「山にも食料が無くて狼が人を喰っているって噂だよ」
「血が付いた着物以外見つかって無いのでしょ?」
少ない野菜は直ぐに売り切れ兄妹二人は家に帰ろうと支度した。
家への帰り道
「椿、先に帰っていてくれないか?俺は山に行って来る」
「山は危ないわ」
「中腹より上には行かないから大丈夫」
武史は手を振り足早に山へ向かった。
各山の掟で中腹より上は神の領域で有る為、入った者は罰を受ける。
目印で大きな岩と祭壇が在った。
椿は一人で家に帰り食事の準備をしていた。
夕方に成り兄の武史が帰って来た。
「駄目だ、山にも殆ど何も無いな」
武史は籠を降ろしながら僅かな銀杏を出した。
「銀杏ね、明日野菜と一緒に並べましょう」
武史の申し訳なさそうな顔を見て椿は明るく務めた。
家の外から女性の声がして武史が戸を開ける。
二軒先の花が立って居た。
「少し出て来るよ」
武史は花と一緒に家を出て行った。
武史は二十歳、花は椿の一つ年上の十八歳で武史の恋人だった。
この頃に成ると餓死する者も出て来て居た。
夕食の時に椿は思った事を武史に言った。
「ごめんね、私が早く嫁に行けば兄さんも花さんと結婚出来るのに」
武史は笑いながら答えた。
「俺が十六の時に立て続けに両親が病で亡くなって椿と二人で生きて来た。椿には好きな人の元に嫁いで欲しい、だから気にするな」
武史の優しい微笑みに椿の心は軽く成って居た。
翌日、いつもの様に小さく僅かな野菜と銀杏を籠に入れ売りに出かけた。
「銀杏珍しいわね」
買い物客が並んだ野菜の中に銀杏を見つけ手に取った。
「昨日山で採った銀杏です」
武史が言うと客は
「銀杏が有るなら他の野菜も頂くわ」
小さく育ちが悪い野菜も手に取った。
「ありがとうございます」
道行く人々は並べてある野菜や魚、山菜など少し見るだけで他にましな物が無いかと通り過ぎてしまう。
そんな中、武史と椿の野菜は毎日誰かが買ってくれていた。
籠を背負い家路に着くが集落の異変に気が付いた。
「武史さん、助けて」
花が武史に駆け寄る。
「花さんどうしたの?」
慌てる花を見て椿が聞くと花は涙を流しながら
「姉さんが居ないの」
「咲さんが?」
花の姉の咲は武史の一つ年上で結婚し現在妊娠中だった。
「他の住民は?」
「今、皆で探してくれている」
花は川の方を指刺して答えた。
武史は急いで籠を降ろし他の住人の元に走った。
椿も直ぐに家を出て花と集落の周りを探し始めた。
「洗濯物を取り込みに庭に出ただけなの」
花は泣きながら椿に話した。
ほんの僅かな時間で跡形もなく咲は消えてしまった。
「こっちだ!」
男の声が川の上流でし、住人が集まった。
其処には血に染まった着物の切れ端と草履が片方落ちていた。
「これは咲のだ」
夫の幸生は膝を付き草履と切れ端を抱き締めた。
「姉さん、嘘でしょ?」
花は幸生の抱いて居る草履に触れ泣き叫んだ。
「嘘でしょ?」
椿は泣きながら呟いた。
咲は武史と椿にとっては姉の様な存在で結婚してからも夫婦で花と住んで居た。
「兄さんごめんなさい、私が外に出て居れば、一瞬目を離しただけなのに」
花は取り乱し幸生に縋りついた。
椿は花を抱き締めて一緒に泣いた。
咲の死が分かって三日後には北の山地方の領主が各集落を廻っていると噂されていた。
武史と椿が野菜を売りに行こうとして居た時だった。
「武史さん、今日は私も市に連れて行って下さい」
武史と椿が振り向くと花が立って居た。
「花、どうしたんだい?」
武史が聞くと花は俯いたまま
「今日は私が野菜を売りに行きます、でも一人で行った事が無くて」
声は泣いて居る様だった。
これまで花は家の事を手伝っていた。
特に咲は妊娠をしていたから花が中心で家事をしていたが咲が居なく成り幸生は抜け殻の様に一日中ボーっとしているだけに成ってしまったのだ。
「良いよ、花、一緒に行こう」
武史は花に手を差し出した。
花は頷き下を向いたまま歩き始めた。
「花さん大丈夫?この所一人で全部やっているのに野菜売りまで」
椿が話をすると花はやっと顔を上げて椿を見て
「私が姉さんを外に出したからいけないの、兄さんを死人の様にしてしまった。貯えも無いし、野菜を売らないと生活出来ないわ」
目は潤み泣き出しそうな顔をして花は言った。
三人はそれから無言で神社まで歩いた。
神社には買い物客は多いが、買う物が少なく皆、生活に疲れ果てていた。
庄屋町では高くて買い物が出来なかった。
「ちょっと花の様子を見て来るよ」
武史が椿に告げ早足で花の元に行く。
花と話して居る様子を椿は見て少し安心していた。
「おい、其処の者」
武史が振り向くと身なりの良い男達が居た。
「今話をしていた娘は知り合いか?」
「はい」
武史が頷くと男達は花の事を聞いて来た。
今住んで居る集落、家族、恋人の有無、武史は正直に答えると今度は
「あっちに居る娘は?」
「妹です」
武史が答えると男達は武史をじっと見てにこやかに微笑み
「ありがとう、これは礼だ」
一番偉いと思われる男が武史に金子を渡した。
「頂けません」
武史が返そうとしても男は受け取らず
「情報料だ、取って置け」
それだけ言って去って行ってしまった。
椿の元に帰ると野菜は全部売れていて帰りの支度をしていた。
「もう売れたのか?」
「ええ、少ないから」
武史は振り向き花の事を見た。
「椿、花の所も手伝ってくれないか?」
椿は頷き花の元に急いだ。
武史と椿を見て花は泣き出しそうな顔をして言った。
「ごめんね」
「花さんは一人で売るの初めてだもの仕方ないわ」
椿は元気付けようと明るく話した。
妊娠するまでは咲が売りに来ていて、妊娠してからは幸生が畑と野菜売り両方していた。
全てを売った後、家に帰り武史は花を送って行った。
「花、これ」
武史は男に貰った情報料の半分を花に渡す。
「武史さん駄目よ貰えない」
花は首を振り受け取ろうとしなかった。
武史は花の手を取り無理やり金子を渡した。
「これで少しは生活出来るだろう?だから貰ってくれ」
武史はそれだけ言って自分の家に帰った。
「兄さんお帰りなさい」
出迎えた椿に武史は金子の事を話した。
「今日、花と椿の事を聞かれてこれを貰った」
「金子、こんなに?」
武史は頷き
「半分は花に渡したんだ」
椿は武史の話に頷きながら
「花さんの事を聞くのは分かるけど、何故私の事まで聞いたのかしら?」
「それは分からないな、咲さんの妹がどっちか分からなかったからか?」
二人は考えたが理由が分からなかった。
夜、急に寒くなり椿が外を見ると
「兄さん、雪だわ」
「寒い訳だ、本格的に冬に成ってしまったな」
椿は戸を閉めて茶を入れた。
雪は降り続け朝には積もっていた。
「結構、積もってしまったわ、野菜を採って来ないと」
椿は畑に出て野菜を掘り出して居た。
武史も急いで畑に出た。
「兄さん、こっちは大丈夫だから花さん家の畑を手伝って」
「分かった、椿、ありがとう」
武史はそのまま花の家に向かった。
出来ているだけ全部の野菜を採り少し家で使おうと台所に置いた。
心配で外を見ると武史と花が歩いて来て居た。
「花の家の畑も終わったよ」
「ごめんね、椿ちゃんも大変なのに武史さん借りてしまって」
椿は首を振り
「良いのよ、こんなに雪が積もるとは思わなかったもの、幸生さんは?」
「今日は朝、少し食べてくれたの」
花は少し嬉しそうに話した。
三人でまた市まで向かう。
ゴザを敷きながら武史に
「兄さん、帰りに少しだけ米を買いたいの」
椿の言葉に武史は頷いた。
いつもより多く並べたが小さい為か売れ行きは良くなかった。
他の店も同じ様な感じで雪が降ったからか出店も少なかった。
いつもより長い時間出店を出して居て野菜は無事に売り切れた。
「花さんの所に行きましょう」
今日は椿から武史を誘った。
「椿、大丈夫なのか?」
椿の言葉に驚いて武史が聞くと椿は頷き
「兄さん、私に遠慮してない?花さんの事を手伝うのは当たり前だわ」
武史は椿の言葉に微笑み片付けをしていた。
花の店の野菜も売り切れ帰り支度を始めている時
「兄さん、昨日言って居た物、買って帰って来てくれない?」
「椿は行かないのか?」
「うん、家でやる事が有るの、お願い出来る?」
武史は頷き花に話すと、花も買い物が有ると言って居た。
「私は先に帰るから二人で買い物して来てね」
椿が立ち上がると武史は心配しながら
「女一人で出歩くのは危ない」
険しい顔をしながら言った。
「私は妊娠してないし、幼子でも無いから平気よ」
椿はそれだけを言って帰って行った。
残された二人は顔を見合わせて
「もしかして椿ちゃん気を利かせてくれたのでは?」
「あいつは」
椿の気持ちに気が付いた二人は買い物に歩き出した。
椿と花を観察して居る男達に気が付かないまま。




