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記憶


 勇者達が乗り込んだバスの様な大型馬車が三台。護衛である馬に乗った全身装備の騎士の様な格好の二百人に守られながら出発し、遠ざかって行く。



「……ふぅ……此度の勇者様方は物分かりが良くて助かったのぅ……」

「御疲れ様です、村長」

「多少は慣れたとは言え、いつまで続くのか……」

「それも神様次第、ですからねぇ……」



 老人──村長と、側に立つ中年男性が空を仰ぐ。其処に神が居るという訳ではないだろう。飽く迄も気分的なもので、深い意味は無い。

 ただ、そうなる気持ちは判る。突然始まり、意味不明なままに続くのなら、不安にもなるだろう。

 御告げが一方的な物ではないのなら、納得出来る様に質問すればいいのだが。それも出来無いから、言われるがまま、自分達で考えて、遣るしかない。加護によって生きていられるのだから。



「……異世界(・・・)も世知辛なぁ……」



 立ち去る村長達を離れた所──倉庫らしい建物の陰から覗き見ながら呟く一人の青年が居た。

 平野 史成(ミヒラ)

 有り触れた名字だが、名前の方は読み方が珍しく初見間違いは御約束の何処にでもいる大学二年生の十九歳の男。五日前に彼女と別れて現在は募集中。

 最後の記憶は通学中の電車の中。見慣れた光景と満員御礼状態の車内。記憶上は(・・・・)、事故が起きた様な覚えは無い。まあ、消されているかもしれないが。

 正直な所、そんな事は問題ではなかった。


 村長が口にした、南トーカ王国とカーンタラ村。この二つの名前には聞き覚えが有った。

 勿論、現実の世界には存在しない。



「……空想が現実に、か……」



 古い、しかし、忘れられない記憶が有る。

 それは七歳に成る少し前の事だった。何処にでも居るゲームが好きな子供。それは両親や兄姉姉妹も同じで一緒に楽しむ様な家庭だった。

 そんな環境で生まれ育ち、軈て懐いた思い。

 「自分のゲームを作りたい」と。

 そう口にすれば父が使っていなかったパソコンを与えてくれた。

 そして、一から自分でプログラミングを勉強し、小さな事から始めた。

 インターネットに接続してはいなかった為、親も変なトラブルの心配は無く、自由にさせて貰えた。それも今になって思えば大きかったのだろう。

 ゲームをするより、作る事にハマったのだから。


 当時、時代は家庭用ゲーム機の大発展期。

 操作性・映像・音楽・データ容量。あらゆる事が次から次へと新しいステージに変わっている中で。逆行する様に、ドットでコツコツと製作した。

 個人的にも、その感じが好きだったからだ。


 ……ゲームのタイトル? 某超有名ソフト名からパクった様な名前なので封印されましたとさ。


 プログラムを組んでは動かして、試して確認。

 こう遣れば、どう遣れば、ああ遣れば、と。

 上手く行っても、上手く行かなくても、夢中で。兎に角、ゲームをプレイする以上に楽しかった。


 そうして月日が経ち、十歳の時に漸く完成。

 学校に行ったら、直ぐに友達を「遊びに来て」と何も言わずに誘い、いつも通りに過ごしていたが、内心では驚き、楽しんでくれる姿を期待していた。

 しかし、家に帰った時、目にしたのは燃えた家。出火元は自宅ではなく、隣の家だった。

 隣の爺さんが揚げ物をしていた途中で電話に出て長話してしまった事が原因。珍しくもない話だし、全焼したのは自業自得だ。

 だが、そんな事はどうでもよかった。

 その火事で自宅も貰い火し、家の一部が燃えた。使わない物を詰め込んでいた物置部屋と──自分の部屋だった。

 部屋の殆んどは無事。ゲーム機やソフトは防水のケースに入っていたから問題無し。場所も延焼から遠かったのが幸いした。

 でも、それもどうでもよかった。

 机とベッドが燃えた。

 そんな事もどうでもよかった。


 机の上のパソコンが──燃えてしまった。


 漸く完成したゲームが失われてしまった。

 その時の喪失感と絶望感を超える様な出来事は、後にも先にも一切無い。


 「また作ればいい」と。

 そう家族は励ましてくれた。俺も笑顔で頷いた。保険で新しいパソコンを買えるから。

 だけど、作る気はしなかった──否、無かった。

 確かに、一度作り上げたのだから、再び作れる。以前よりも短期間で、より良くも出来る。

 でも、そういう事じゃない。

 どんなに同じに作っても、それは全くの別物。

 悩み、考え、試し、成功と失敗、苦労を積み重ね作り上げた唯一無二の作品。

 それは精魂込めて鍛練された一振りの刀の如く。決して、同じ物は二つと存在しない。

 どんなに良く出来ても、類似品(・・・)や模造品。

 それが本物(・・)になる事は無い。


 だから、二度とゲームを作る事は無かった。


 苦く、痛く、心に深い傷を刻んだ過去。

 正直、今日まで思い出す事さえなかった。


 それがまさか、こうして異世界という形で繋がるだなんて予想もしなかった事だ。


 遊んで貰えなかった当時の友達は勿論、家族さえゲームの内容は一切知らない。

 世界で唯一人、自分だけが知っている。

 だから、こうしてトイレの後、姿を隠して一人で村に残っている。知られると面倒だからだ。


 しかし、当然ながら違いも有る。

 自分が作ったゲームの主人公は村の少年。神様の御告げで村を旅立つが、異世界召喚物ではないし、勇者は一人だけだった。

 プレイヤーが操作するのは勇者のみ。仲間を集めパーティーを組むタイプではなく、アクション型のRPGだったからだ。


 パッと見た感じで言えば記憶には無い景色。

 だが、全体的に(・・・・)なら見覚えが有る。

 神殿を礼拝堂(・・・)とするなら村長の家の位置を始め、道の形や位置も概ね重なる。隙間(・・)を埋める様に他の建物や田畑等は有るけれど。

 此処は確かに、あの(・・)始まりの村だ。


 ゲームでは道具屋を設置していたが、商隊が来るのであれば有るのかも。現実的には雑貨屋みたいな感じかもしれない。

 ただ、この村ではゲームではプレイヤーの自宅を無料の宿屋として利用出来ていたが、村人ではない以上は寝泊まりする場所は大きな問題だ。


 考えれば他にも色々と有るが──先ずは目立たず村の中を移動する。


 ゲームでは、礼拝堂にて神様の御告げを聞いたら王都を目指して旅立つ。

 ゲーム内には時間設定が有り、村から王都に移動していくと半日が経過するが、この辺りは現実にも反映されている様だ。


 王様に会うと支度金と割引券を貰える。しかし、御告げを受けてから、二日以内に会わなければ貰う事が出来無くなる様に設定していた。

 その辺りが少し似ている様にも思う。


 ゲームはスクロールタイプで作ったので、移動に地味に時間が掛かるが、其処にリアルさを求めた。だから、マップは全て一繋ぎとなる。


 この村は画面四つ分で作った。その右下には家は一件も無く、田畑と道のみ。

 だが、右下に広がる森林の中に二周目(・・・)以降から入れる様になる隠し要素が有った。



「…………よし、今なら人目は無いな」



 現実では鬱蒼とした森で、村人が普段から出入りしている様には見えない。通り道が無いからだ。

 この森も加護で守られている範囲内の筈だから、モンスターは居ない筈だ。歩き難くは有るが。

 移動の途中に建物の裏で見付けた放置されていた錆びた鎌。借りて(・・・)くれば良かったかな?

 勇者ではなくても盗んでは駄目。ゲームの中では盗んだら即捕まってゲームオーバーだったけど。


 記憶だけを頼りに奥に進んで行くと……草の中に埋もれている何かに爪先が有った。草を掻き分けて退かすと高さ50センチ程の岩が姿を見せる。

 ただ、その表面の一部には彫刻が施されている。四つの二等辺三角形の頂点が中央に向く形で十字を描き、その底辺の外側に円が一つずつ。その左右に縁取る様に括弧の様な模様。



「現実だと、こんな感じになるのか……」



 それらはパソコン用のコントローラーのボタン。十字キーと、四つの円は下から左回りにABCD、そしてLとRを表している。

 周回要素として、クリア時に所有している物から最大で三つまで引き継ぐ事が出来る。それに加えて最終ステータスの一割を初期値に加算も出来る。

 昔のゲームの様にパスワード式で、内容によってパスワードは変わるのは当然。面倒臭いが、それが面白かったから採用していた。

 その上でセーブデータは一つのみ。

 CD‐ROM一枚に一つ。自動上書き(・・・・・)システム。リセットはデータ消去(・・・・・)になる。

 但し、ゲームの中断(・・)は可能だった。


 ゲームだからと安易には遣り直せない。

 本気でプレイするからこそ、楽しいし、悔しい。全てを受け止める事で、自分も成長出来る。

 そう考えていたからこその仕様だった。


 パスワードは全部で67文字。

 パスワードの入力は一度のみ。

 間違えたら無効。

 遣り直しは出来無い。

 ……滅茶苦茶、緊張する。


 深呼吸し、覚悟を決めて右手を伸ばす。


 R上AA左C右上LLBAD上下下BARRR右D右左左下CADDL下上上右上LDLB左ACC左上BRCBCL上右右R左上下DBLR右A上。


 入力後、ゲームだと自動的に進むが、現実でだと判らないので余計な事はせずに待つ。

 すると、周囲が──世界がモノクロに変わった。聞こえていた木々の枝葉が揺れて鳴らす音が消え、経験した事が無い感覚になる。

 戸惑っていると、岩から光る球体が四つ現れた。その内の一つが身体の中に入ってきたので、今のがステータスの加算なのかもしれない。

 残る三つは形を変え、古文書の様な巻物に成り、空中に浮かんでいる。

 それを全て取ると──世界が元に戻る。

 ……今のは時間が止まっていたのかもしれない。そうとしか思えなかった。貴重な経験だな。


 そう思いながら、手元の巻物を見る。

 多彩な装備品やアイテム、便利な魔道具等、色々ゲームには登場するが、この三つは特別。

 一周に一つしか入手出来ず、使用してしまったら引き継ぐ事は出来無い。引き継ぐ為には使用せずに三周しなくてはならない。

 だが、この三つが揃わないと真のエンディングに辿り着く事は不可能。そういう仕様だった。



「……我ながら面倒臭い仕様で作ったよなぁ……」



 ただまあ、その分、作った本人も楽しかったし、今も最後の──最強に慣れるパスワードは忘れずに覚えているのだから、それだけ自分の中に強く深く刻み込まれていると判る。

 だから、こんな状況でも、前向きに考えられる。



「何処だろうが、異世界だろうが、楽に生きられる人生なんて高が知れている。それなら、一発逆転のハイリスク・ハイリターンの新しい可能性に人生を懸けてみるのも有りだよな」



 それは自分に言い聞かせる言葉であり、ゲームの世界に自分が生み出した主人公に向けた言葉。

 平凡な村人で一生を終える人生も良いだろう。

 だが、切っ掛けは望む・望まぬに関わらず、村を出て広い世界を旅をした。

 その人生は決して悪い物ではなかった筈だ。

 何しろ、主人公()を通して見てきたから。

 だから、知っている。

 だから、言う事が出来る。


 どうせなら、命を燃やす様に生きてみないか?


 元の世界に居たままだったら平凡な人生を送り、一生を終えただろう。

 結婚し、子供も生まれ、軈ては孫も出来て。

 そんな有り触れた平凡な幸せも良いものだ。


 ──でも、もしも、人生を選べるのなら。


 見飽きた世界の、見飽きた人生よりも、知らない世界の、どうなるのかも判らない人生を歩みたい。

 それが勇者という柵や責任を背負うとしても。



「まあ、裏技(チート)有りなんだけどな」



 それも自力(・・)だから文句を言われる筋合いも無い。この世界(現実)との因果関係は解らないが、これは自分が努力の先に得た力なのだから。


 尤も、他の皆さんには勇者として頑張って貰い、自分は好き勝手に生きさせて貰うんだけどな。



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