勇者
「よくぞ参られました、勇者の皆様」
気付けば、古代の遺跡や神殿を思わせる石造りのドーム状の空間に居て、老人の声が響いた。
其処に居る者達が一斉に振り向く。
普通なら怯んでも可笑しくない場面だが、老人は平然と佇み、動揺する様子も見られない。
まるで、いつもの事であるかの様に。
その老人を見ている者達からは戸惑いが窺える。
ただ、服装に年齢・性別、髪・眼・肌の色等々。一目で判る様な共通点は無い。
ある者は既知の顔を見付けて抱き合い、ある者はオドオドしながら周囲を見回し、ある者は老人へと好奇の視線と笑みを向けている。
決して、纏まりの有る状態とは言えなかった。
そんな者達の中で前列──老人に近い位置に居る高校生位だろう一人の少年が声を上げた。
「あの、その勇者というのは僕達の事ですか?」
「はい。今、この場に集まっていらっしゃいます、皆様方、全員が勇者様で御座います」
老人の言葉に、改めて御互いを見合う者達。
ざっと見ただけでも、百人近くは居るだろうか。その全てが勇者という事だが……信じ難い。
信じ難いが、そんな判り易い嘘を吐く様な理由も思い浮かばず、寧ろ、「数打てば、か」と納得する考えの方が浮かんでくる。
その為、何と無く受け入れる流れになる。
「え~と……此処は何処なんですか?」
「此処は南トーカ王国の王都エィラル・トーカから半日程、東に行った所に在ります、カーンタラ村で御座います」
「……日本、じゃないんですよね?」
「はい、此処は皆様の生まれ育った世界とは異なるヴァルドゥーラという世界で御座います」
「……つまり、貴男が僕達を召喚したと?」
「だったら、元の世界に帰してよっ!」
「そうだ! 元の世界に帰せっ!」
確認したかっただけの少年の一言を引き金として理解の出来無い状況に強い不安を懐いていた少女の一人が叫び、それに続いて男性が叫ぶと次々と声が上がって場が騒然となる。
それは少年にとっては予想外の出来事。これでは老人を追及するだけではなく、下手をすると暴力を振るう者が出てくるかもしれない。そういう状況が少年を含む一部の者の脳裏に浮かんだ。
だが、暴走し掛けた感情は柳が揺れて往なす様に深々と頭を下げた老人により受け流される。
「大変申し訳御座いませんが、それは出来ません。私に皆様を御招きする様な力など御座いませんし、私が御招きした訳では御座いませんので」
「……え? それじゃあ、一体誰が?」
「この世界を創造された神々、だそうです」
「……はっきりしないんですね」
「申し訳御座いません。ですが、私は勇者の皆様に基本的な事を御説明するのが、役目で御座います。それ以上の事は判りませんし、何も出来ません」
「……それはつまり、貴男も神様に会った事が有るという訳ではないと?」
「はい、その様に御告げが御座いました」
「それを信じたのですか?」
「勿論、最初は半信半疑で御座いました。しかし、その御告げ通りに勇者様方が御降臨なさいました。信じないという事の方が無理な話で御座います」
「それは……そうかもしれませんね」
「御理解して頂けた様で、何よりで御座います」
老人の落ち着いた態度と少年との会話によって、猛り狂い掛けていた激情は一旦その勢いを弱めた。しかし、消えた訳ではない。未だ燻っている。
その事を理解している者は、叫んでいた者達から距離を取る様に静かに動いていた。
そんな状況で老人の様子に疑問を懐く者が居た。
静かに挙手をしたのは眼鏡を掛けた白衣の男性。二十代半ばから後半、といった印象である。
「質問をしても構いませんか?」
「はい。何で御座いましょうか?」
「貴男は「勇者が現れた事で御告げを信じた」と、そう言いましたが……その割りには落ち着き過ぎて慣れている様に思えるのですが?」
「素晴らしい御慧眼で御座います」
老人は笑顔で軽く拍手をし、称賛する。
男性は悪い気はしないが、素直に喜べる様な状況ではない事から眉根を顰める。
「……もしかして、僕達を試していた、とか?」
「いいえ。その様なつもりは微塵も御座いません。私はただ順番に御話ししているだけで御座います。何事も無ければ滞りも致しません」
暗に「黙って話を聞け」と言われてしまった様に感じた者は少なくなかったのだろう。老人の一言で僅かに有った雑音の様な私語が無くなった。
流石に、この状況では少しでも情報が貴重な事を察したのだろう。
邪推してしまった少年も居心地が悪そうにするが仕方が無い事でも有る。少年ではなくても、誰かが訊いていた可能性は否めないのだから。
その為、老人は特に気にもせず、話を続ける。
「御告げが有り、この神殿へと初めての勇者様方が御降臨されたのは今から十年前で御座います」
「十年前……」
「それ以後、年に一度、御告げが有った後、此処に新しい勇者様方が御降臨される様になりました」
「成る程、だから慣れていた訳ですか」
「はい。最初は私も御説明の仕方や対応も手探りで御座いましたので色々と御座いました」
そう言って瞑目した老人に対して、興味本位から質問しようとする空気の読めない馬鹿は居ない。
少なくとも、どういう反応を初代の勇者達がしたのかは想像出来てしまったから。
そして、同じ様な愚行を犯そうとしていた事実に燻っていた火種は跡形も無く消えてしまう。
目の前の老人に責任も罪も全く無いのだから。
また、その様な問題を起こせば、どうなるのか。勇者と言われてはいるが、実感は無く、特別な力を持っている様にも思えない。そんな状態で害を為す存在だと認定されれば……と。
まあ、少し考えれば判る事ではある。
「以前とは違い、勇者様方が御降臨される様になり色々と事前に準備が整う様になりました。その為、王都までは専用の馬車を御用意して御座いますので其方等に御乗り頂ければ3時間程で到着致します。御乗りにならない場合、歩いての移動となります。半日以上は掛かりますので御注意下さい」
「それはつまり、常に馬車が有る訳ではないと?」
「はい。その馬車は勇者様を王都に御迎えする為に用意された物です。ですから、御乗りにならないと勇者としては認められません」
「……今は勇者ではない訳ですか?」
「果たして何を以て勇者とするのか。それは私には御答えする事が不可能です。ですが、王都に行かれ国王陛下に御会いすれば御判りになる事です。私の役目は皆様を御迎えし、送り出す事だけです」
「そうですか……」
「国王陛下が勇者と御認めになれば、援助を受ける事が出来るという事です。勿論、御自分の力だけで生きてゆこうと思われるのであれば御自由に。誰も止める事は致しません。助ける事も御座いませんが覚悟を持っての御決断でしょう。頑張って下さい」
そう言われて、「それじゃあ、好きにします」と言える者は一人も居なかった。
軽く身体──各々が服装のポケット等を確かめて何も無い事を理解しているから。
所持金が無ければ飲食も不可能。
王都に向かい、国王に会う。
これ以外の選択肢は存在しないと言える。
此処に残り、老人に「責任を取れ!」と言おうと相手にはされないだろうし、端迷惑な存在に親切にしてくれる理由も無い。選択肢以前に詰んでいる。詰まされているのだから。
経験上、それが判るから老人は落ち着いている。自分の役目にのみ注力している。
「私に答えられる事に限られますが、他に御質問は御座いますか?」
「あ、あの! 以前に降臨した勇者の人達って今はどうしているんでしょうか?」
そう訊いたのは制服を着た高校生位の少女。
その質問に感心する様に小さな声が漏れ広がる。先に死ぬ可能性が高いと判れば、勇者にはならずに生きる事も考えられるのだから。
「王都から旅立たれ、御活躍しているという御話を耳にする事は御座いますが、勇者様が再び、此処を訪れる事は御座いませんので。飽く迄も話として、という事になります。此処は王国でも最も辺鄙な村でして、我々が村の外に出る事は先ず有りません。三ヶ月に一度訪れる商隊から話を聞く程度ですので詳細は判りません」
「そ、そうですか……」
自虐ネタの様に言われてしまうと何も言えない。まだ外の様子でさえ知らないのだから。
ただ、全員が無事に五体満足で生きているという可能性は低いのだろう。そう思える気がする。
少なくとも老人は「勇者の皆様は」とは言わず、聞いた事実だけを口にした。
そう考えている者も中には居る。
当然だが、勇者という存在を必要とする世界だ。決して、安心・安全な訳が無い。
此処に居る全員で協力し合ったとしても犠牲者は出てしまうだろう。それが勇者としての務めなら、自分が生き残る為には他の勇者の犠牲は不可欠だと言う事も出来るのだから。
緊張感の高まる中、スーツ姿の男性が手を挙げ、老人が発言を促す。
「今の話から考えると、この村の人達は外に出ないのではなくて、出られないという事ですか?」
「はい、そうで御座います。この世界には、皆様の世界で言う所の“モンスター”が自然の一部として存在しています。力無き者には脅威なのです」
「村の中は入らないのですか?」
「この村に限らず、人の住む地には神々の御加護が遠い昔から存在し、“結界”に守られて来ました。ですから、多くの者は生まれ育った地で一生を送る事となります」
「では、移動の為の馬車というのは……」
「はい、護衛付きで御座います」
そう言われて、次が無い事に納得する。
勇者とは言えど、個人の我が儘に合わせて何度も人員を割く真似は出来無い。遣るつもりも無い。
「嫌なら来るな。勝手に死ね」と。まだ知らない国王達から言われた様な気になる。
「因みに、この村で武器等は手に入りますか?」
「皆様の世界で言う所の、武器屋の類いでしたら、残念ながら御座いません。王都には御座います」
「先程言っていた商隊からは?」
「予め頼んで置けば、次に訪れる時には可能です。しかし、当然ですが代金が必要です。また、村から皆様を援助する御金は出せません。王国が指定する援助以外は全て禁止されていますので」
「それは何故ですか?」
「個人の判断に委ねた場合、勇者様が損害や被害を出した時、国は一切の保証を致しません。勇者様が責任を取る事になりますが……到底、背負い切れず大問題となります。誰にとっても良い結果には結び付かないのであれば、禁止した方が確実ですので」
問題を起こした勇者が逃げる姿が思い浮かべば、誰も文句は言えない。その勇者に何が出来るのか。何も出来無い。それは、勇者の詐欺行為を防ぐし、勇者を負債等から守る為でも有る。
僅か十年という話だが、よく考えられている。
それだけ問題も有ったのだと思える。
「王国の援助以外では勇者様でも自ら働いて稼ぐ。当然と言えば当然ですが、勇者としての働きにしか王国としては価値を見出だしません。それは皆様の世界でも同じ事の筈。どうか、御忘れ無き様に」
老人の忠告に、軽く考えていた者達は息を飲む。勇者と認定されれば後には退けない。身勝手な事は出来無いと判ったのだから。
「異世界で自由に生きる!」なんて不可能だと。現実を突き付けられたのだから。
「他に御質問が無ければ馬車の方に御案内したいと思いますが、宜しいでしょうか?」
「あの~……すみません、トイレは有りますか?」
「はい、御座います。御案内致しましょう」
「あっ、俺も!」
「わ、私も!」
一人の一言で緊張の糸が解ける様に場の雰囲気が弛緩し、次から次へと手を挙げる。
老人は難しい話を聞いていた後の子供を見るかの様な少し穏やかな表情を見せ、希望者達をトイレに導いて行くのだった。




